大嫌いな兄上へ、貴方が消えてから偽物が見当違いに頑張ってるよ

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 最近、義理の兄が変わった。
 今までどうしようもないほど愚かで善良だった兄は、どうやら少しは頭でモノを考えるって事を覚えたらしい。
 素晴らしい進歩だ。
 だから俺は荷造りを始めた。

 始まりは母が運よく侯爵様をモノにしたところから始まった。
 父は母を大層気に入ったらしく、平民だったところをどっかの潰れかけの貴族家の養子にしてから、前妻が死んだ後結婚した。
 結果俺はただの平民から今や侯爵家の息子。
 顔がよくて男を手玉に取るのが上手い性悪な母と、金と権力があって実の妻と息子を簡単に捨てた薄情な侯爵に感謝。

 前妻と結婚してから出会ったくせに、野心と打算と悪意しかない母を選んだ侯爵は、前妻が生きてる頃から母と俺を屋敷に住まわせていた。
 母を自分の妻より大切にしてたし、母にそっくりな俺の事も気に入ってくれたらしい、実の息子よりも可愛がってくれている。
 俺と侯爵に血の繋がりなんてないらしいけど、俺の父親はもっと顔の好みな男って母が言ってたけど、そのことを知ったらどんな反応をするんだろ。
 可哀そうな夫人と息子、馬鹿な侯爵、悪魔が天使の皮を鞣して被ったような母。

 俺と兄の仲は良くはない、兄の方は俺と仲良くしたかったらしいけど。
 自分の母親が死んだ原因は父親かもしれないなんて、考えなかったのかな。
 自分の母の屋敷での立場が最悪だったのは、俺の母が原因だと思わなかったのかな。
 どうして侯爵夫人と嫡男なのに使用人にすら軽んじられるのか、疑問に思わなかったのかな。

 本当に、兄貴は愚かな人だった。
 愚かで善良で、性善説を心底信じてるような人間。
 だから俺は、そんな兄が大嫌いだった。
 そんな大っ嫌いな人間を、いじめていびって殺すと心に決めていた。

 だから兄の母親が死んだ後、兄の部屋を屋敷の隅の物置きに変えた。
 知識や教養を身に付けさせないように、教師から引き離した。
 兄を気に掛ける使用人は冤罪被せて追い出して、他の使用人が兄を気にかける事の無いように、兄が孤立するように。
 食事を抜いたり、池に沈めたり、閉じ込めたり、二階から突き落としたり。
 兄の母親の形見を盗んだときは必死に探していた、とっくに売ったけど、あの時どこに捨てたって言ったんだっけ。

 それでも兄は俺を恨まなかった、ただ悲しんで、怖がって。
 本当に愚かな人間だった。

 俺はきっと母に似ているし、兄は兄の母親に似たんだろうな。
 だから母は兄の母をいじめたし、だから俺が兄をいじめても何も言わない。

 前妻をひたすらにしつこく苛め抜いていたくせに、死んでから途端に穏やかになった母、最初は人でも変わったのかと疑ったな。
 兄から奪った形見を売った後母が買い戻して引き出しの奥に大事に仕舞っていたし、侯爵が見向きもしない前妻の肖像画を捨てると言いながら大切に取っていて、前妻の部屋を一切変えることなく趣味じゃない家具も小物もそのまま使っている。
 だからきっと、俺は母にちょっと似ているんだろうな。

 侯爵は本当に愚かで、だからこそ扱いやすかった。
 侯爵はきっと、愛する母に似た俺を跡継ぎにしたかったんだよね。
 本当は血なんて一滴も繋がってないのに、唯一の息子である兄を排除して他人の息子を大切にする、まるでカッコウの托卵だ。
 愚かで、扱いやすい、馬鹿な男、だから母に気に入られてたんだろうね。
 もうちょっと考える頭があったら、きっと母は前妻が死んだらさっさとこの家を出て行った。

 そんな兄が、最近人が変わったように俺のやることに怒りの感情を浮かべ始めた。
 屈辱、恨み、憎悪。
 実に人間らしい。
 ホント。

 誰だよお前。

 アイツは兄じゃない。
 困ったら取り敢えず笑うのをやめた、何かを堪える時に後ろに回した親指を握る癖がなくなった。
 俺を睨みつけるようになった、侯爵に反論するようになった、母を憎たらしげに見るようになった。
 使用人に自分の味方を作るようになった、学園で味方が出来るようになった、街に抜け出すようになった、父の書斎に忍び込むようになった。

 兄の姿をしているのに、兄とは似ても似つかない人間は、兄の代わりとでも言うかのように俺たちに復讐とやらをするつもりらしい。

 人間らしくて、まだまだ愚かではあるけど、ほんの少し、ティースプーン一杯分程度には賢いアイツ。
 その姿を見ても、誰も違和感を抱いていないらしい、誰も兄が別人になったとは思わはいらしい。

 ねぇ、ソレをこっそり庇うようになった使用人、お前は最近のソイツは優しくなったっていうけど、兄は元から優しいよ。
 優しいからお前たちに関わらなくなったんだよ、俺が家から追い出したから、お前は自分に金を渡して気遣いの言葉を掛けるのがいいんだろうけど。
 ねぇ、ソレの周りを取り囲む方になった同級生、お前らはそいつが人格者だとかいい人だとか勤勉だとか言うようになったけど、元の兄はもっといい人だったんだよ。
 きっと聖人ってこういう人の事を言うんだろうって感じだったし、どんなに否定されても学ぶことが好きだったんだよ、なのにソレの方がいいんだね、お前らは。
 今更ソレの周りに集まるんだ、元の兄には見向きもしなかったのに、兄のフリして生きてるソレの味方をするんだね。

 ねぇ、名前も知らないお前。
 お前の事は嫌いじゃないよ、心底どうでもいいけど。
 俺の大嫌いなあの人は、一体どこに行ったの。
 何で兄でもないお前がいきなり出てきて、俺を恨んでるの。

 お前には何もしてないんだけど。
 お前には何もする気はないんだけど。
 お前がどうなろうがどうでもいいんだけど。

 俺はいつか、兄が俺を恨んで憎んで俺を殺すとしても、生きたまま苦しむとしても、受け入れるつもりだったんだよ。
 両親と一緒に沈む泥船に乗り込んでも良かった、むしろ最初はそのつもりだった。
 それでいいと思っていた、そうして欲しいとすら思っていた。

 お前の事は嫌いじゃないけど、お前には何もされてやる気はないよ。
 だってお前は兄じゃないもの。
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