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4 一難(いちなん)去って、また一難
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「詰めて、詰めて、詰めて! 袋に詰めるだけ詰めたら、後は打ち合わせ通りに!」
手当たり次第に装飾品を詰めながら相棒が叫ぶ。叫びたいのは私も同じで、ドラゴンは首を通路から引き抜き、振り返って私達二人に目を向けていた。財宝を取りに走りながら、私と相棒は作戦とも言えない雑な打ち合わせを既に済ませている。
ちなみに洞窟は奥にも通路があるが、地図は無いのだ。龍に追い付かれて喰われるのがオチで、私達は一番近い出口を目指すしか無い──現在、ドラゴンの後方にある出口を。
広場の中央に財宝の山があって、そこに私達は立っている。直径が数百メートル程の円形空間。赤いドラゴンが私達を目掛けて疾走してくる。そのドラゴンを正面に見て、「走って!」と相棒が指示を出す。私と相棒は、ドラゴンを直角に躱すように、それぞれ左右に走り出した。
このトカゲの化け物は直線的な動きは速いが、体が大きくて小回りが利かない。左右に別れた私達の、どちらを喰らうべきか迷って、財宝の山まで真っ直ぐに突っ込んでからドラゴンは止まった。風圧で地面の金貨が吹き飛ぶ。私達は化け物を回り込むように躱して出口まで向かおうとしていた。
まずは、どちらか一方を喰らえばいい。そう気づいたトカゲ野郎は、首を回して私に視線を向ける。そして駈け出そうとした時、「こっちよ!」と叫ぶ相棒の魔法弾が龍の後頭部に炸裂する。威力など無いも同然の牽制魔法だが赤龍は苛立った。
龍が相棒へと目を向ける。そちらへ駈け出そうとした後頭部へ、今度は「こっちだ!」と私が、拾っておいた幾つかの石を続けざまに投げた。野球のボールほどの大きさで、これまた赤龍が苛立つ。間抜けな龍が狙いを絞り切れない間に、私達は出口までの距離を懸命に詰めた。
そして事前の打ち合わせは、ここまでだ。結局、龍は出口まで走れば、簡単に私達に追い付けると気づくだろう。細長い通路に入る前に、私達は捕まってしまう。これから、どうするんだと私は相棒に視線を向けて────その相棒が、私をかばうように龍の前に出たから驚いた。
「私がドラゴンの動きを止めるわ。先に行って!」
「おい、ふざけるな!」
「貴女じゃドラゴンの炎は防げない! 早く行って!」
畜生、と思いながら私は走る。魔法に詳しくない私でも知っている。この世界に、赤龍の炎を防ぐ魔法などは無い事を。精々、威力を軽減できる程度に過ぎない。
全力疾走しながらも振り返る。相棒は杖での飛行を止めて、地面に降り立っていた。魔力を防御魔法か、あるいは攻撃魔法に使い切るつもりだ。疾走してくる龍の眼前で、「アイス・ウォール!」と相棒は魔法を発動させた。
瞬時に分厚い氷の壁が出現して、ドラゴンが激突した。壁にはヒビが入ったものの、まだ持ち堪えている。相棒は杖に乗って飛行し、出口までの距離を詰めた。
「上手いぞ、早く来い!」
そう叫んで、ようやく私は細長い通路に到達した。この通路に入れば、龍の巨体は追って来れない。一人では逃げる気になれないので私は相棒の到着を待つ。
龍が氷の壁を破壊して、再び直線的に走る。既に予想していて、また地面に降り立っていた相棒が再度、「アイス・ウォール!」と発動する。またも激突し、氷の壁から今度は龍の首が突き出てきた。抜けないようで、龍は悔しそうに唸っている。
相棒は出口の通路まで目と鼻の先だ。逃げ切れると思い私が安堵した時、龍の体は赤く輝きを増した。絶望が私の心を黒く染める。レッドドラゴンが炎を吐こうとしていた。
赤龍の炎は射程距離が百メートルを越える。冒険者なら誰でも知っている常識だ。細長い通路で足を止めていた私は、今、炎を吐かれたら絶対に助からない。そして、その事を相棒は理解していた。龍の眼前から逃げようともせず、魔法の発動に向けて魔力を高めていく。
「止せよ…………お前だけなら炎を躱せるだろ」
呻きが、私の口から洩れる。相棒は私に背を向けたままだ。今からでも走って、私は逃げるべきなのか、戻って戦うべきだろうか。迷う私は動けなくなっていて足手纏いだ。初めて相棒と会った酒場での夜を思い出す。何で、お前は私を選んだんだ。なぁ、何でだよ!
相棒が空中に、氷の弾を作り出す。そして氷は、大砲の弾よりも大きくなって、更に膨れ上がっていった。そんな事をしても赤龍を倒せないのは分かっているはずで、何をする気だと私は固唾を呑む。そして龍が大口を開けて炎を吐く瞬間、相棒が魔法を撃った。
「アイス・バレット!」
尋常じゃなく大きな氷の弾が、龍に向けて発射される。私は理解した。相棒の狙いは、龍を殺す事では無かったのだ。そもそも一撃で赤龍を殺せる魔法などは存在しない。
そうでは無くて相棒がやったのは、氷の大玉で、炎を吐こうとしている龍の口を塞ぐ事であった。前世で言えば発射寸前のピストルを止めるために、銃口に自分の指を突っ込むような無茶である。圧力の出口を塞がれれば、銃は暴発し、爆発するのだ。指がどうなるかは試したくも無いから知らない。
そしてドラゴンの口では爆発が起きた! バックファイアというのか、銃の暴発と同様、氷の弾で塞がれた炎が龍の口内で逆流して。盛大に咽たレッドドラゴンの首が、仰け反って持ち上がる。氷の弾は瞬時に溶けて、水蒸気爆発だろうか、とにかく凄い音を立てて空気が急激に流れた。
通路に爆風が殺到する。人間の体が、こんなに飛ぶのかと驚きながら、私は多数の石礫と共に洞窟内部から風で弾き出されていった。
幸い、龍の炎の大半は、山の火口へと抜けていったようで。相棒が最後の魔力を振り絞った防御魔法に寄って、私は火傷も無く、飛ばされて転がった時の外傷だけで済んだ。何と相棒は擦り傷の一つすら無い。杖で飛行して華麗に洞窟から脱出していて、私とは幸運の数値が違うのだろう。
私の外傷も、回復薬を飲んだので、もう治り始めている。ファンタジー世界、万歳だ。これで冒険談が終わればメデタシだったが、そうは行かなかった。山を下りる一本道の先には開けた箇所があって、そこには盗賊どもが群れて待ち構えている。どう見ても五十人は下らなかった。
手当たり次第に装飾品を詰めながら相棒が叫ぶ。叫びたいのは私も同じで、ドラゴンは首を通路から引き抜き、振り返って私達二人に目を向けていた。財宝を取りに走りながら、私と相棒は作戦とも言えない雑な打ち合わせを既に済ませている。
ちなみに洞窟は奥にも通路があるが、地図は無いのだ。龍に追い付かれて喰われるのがオチで、私達は一番近い出口を目指すしか無い──現在、ドラゴンの後方にある出口を。
広場の中央に財宝の山があって、そこに私達は立っている。直径が数百メートル程の円形空間。赤いドラゴンが私達を目掛けて疾走してくる。そのドラゴンを正面に見て、「走って!」と相棒が指示を出す。私と相棒は、ドラゴンを直角に躱すように、それぞれ左右に走り出した。
このトカゲの化け物は直線的な動きは速いが、体が大きくて小回りが利かない。左右に別れた私達の、どちらを喰らうべきか迷って、財宝の山まで真っ直ぐに突っ込んでからドラゴンは止まった。風圧で地面の金貨が吹き飛ぶ。私達は化け物を回り込むように躱して出口まで向かおうとしていた。
まずは、どちらか一方を喰らえばいい。そう気づいたトカゲ野郎は、首を回して私に視線を向ける。そして駈け出そうとした時、「こっちよ!」と叫ぶ相棒の魔法弾が龍の後頭部に炸裂する。威力など無いも同然の牽制魔法だが赤龍は苛立った。
龍が相棒へと目を向ける。そちらへ駈け出そうとした後頭部へ、今度は「こっちだ!」と私が、拾っておいた幾つかの石を続けざまに投げた。野球のボールほどの大きさで、これまた赤龍が苛立つ。間抜けな龍が狙いを絞り切れない間に、私達は出口までの距離を懸命に詰めた。
そして事前の打ち合わせは、ここまでだ。結局、龍は出口まで走れば、簡単に私達に追い付けると気づくだろう。細長い通路に入る前に、私達は捕まってしまう。これから、どうするんだと私は相棒に視線を向けて────その相棒が、私をかばうように龍の前に出たから驚いた。
「私がドラゴンの動きを止めるわ。先に行って!」
「おい、ふざけるな!」
「貴女じゃドラゴンの炎は防げない! 早く行って!」
畜生、と思いながら私は走る。魔法に詳しくない私でも知っている。この世界に、赤龍の炎を防ぐ魔法などは無い事を。精々、威力を軽減できる程度に過ぎない。
全力疾走しながらも振り返る。相棒は杖での飛行を止めて、地面に降り立っていた。魔力を防御魔法か、あるいは攻撃魔法に使い切るつもりだ。疾走してくる龍の眼前で、「アイス・ウォール!」と相棒は魔法を発動させた。
瞬時に分厚い氷の壁が出現して、ドラゴンが激突した。壁にはヒビが入ったものの、まだ持ち堪えている。相棒は杖に乗って飛行し、出口までの距離を詰めた。
「上手いぞ、早く来い!」
そう叫んで、ようやく私は細長い通路に到達した。この通路に入れば、龍の巨体は追って来れない。一人では逃げる気になれないので私は相棒の到着を待つ。
龍が氷の壁を破壊して、再び直線的に走る。既に予想していて、また地面に降り立っていた相棒が再度、「アイス・ウォール!」と発動する。またも激突し、氷の壁から今度は龍の首が突き出てきた。抜けないようで、龍は悔しそうに唸っている。
相棒は出口の通路まで目と鼻の先だ。逃げ切れると思い私が安堵した時、龍の体は赤く輝きを増した。絶望が私の心を黒く染める。レッドドラゴンが炎を吐こうとしていた。
赤龍の炎は射程距離が百メートルを越える。冒険者なら誰でも知っている常識だ。細長い通路で足を止めていた私は、今、炎を吐かれたら絶対に助からない。そして、その事を相棒は理解していた。龍の眼前から逃げようともせず、魔法の発動に向けて魔力を高めていく。
「止せよ…………お前だけなら炎を躱せるだろ」
呻きが、私の口から洩れる。相棒は私に背を向けたままだ。今からでも走って、私は逃げるべきなのか、戻って戦うべきだろうか。迷う私は動けなくなっていて足手纏いだ。初めて相棒と会った酒場での夜を思い出す。何で、お前は私を選んだんだ。なぁ、何でだよ!
相棒が空中に、氷の弾を作り出す。そして氷は、大砲の弾よりも大きくなって、更に膨れ上がっていった。そんな事をしても赤龍を倒せないのは分かっているはずで、何をする気だと私は固唾を呑む。そして龍が大口を開けて炎を吐く瞬間、相棒が魔法を撃った。
「アイス・バレット!」
尋常じゃなく大きな氷の弾が、龍に向けて発射される。私は理解した。相棒の狙いは、龍を殺す事では無かったのだ。そもそも一撃で赤龍を殺せる魔法などは存在しない。
そうでは無くて相棒がやったのは、氷の大玉で、炎を吐こうとしている龍の口を塞ぐ事であった。前世で言えば発射寸前のピストルを止めるために、銃口に自分の指を突っ込むような無茶である。圧力の出口を塞がれれば、銃は暴発し、爆発するのだ。指がどうなるかは試したくも無いから知らない。
そしてドラゴンの口では爆発が起きた! バックファイアというのか、銃の暴発と同様、氷の弾で塞がれた炎が龍の口内で逆流して。盛大に咽たレッドドラゴンの首が、仰け反って持ち上がる。氷の弾は瞬時に溶けて、水蒸気爆発だろうか、とにかく凄い音を立てて空気が急激に流れた。
通路に爆風が殺到する。人間の体が、こんなに飛ぶのかと驚きながら、私は多数の石礫と共に洞窟内部から風で弾き出されていった。
幸い、龍の炎の大半は、山の火口へと抜けていったようで。相棒が最後の魔力を振り絞った防御魔法に寄って、私は火傷も無く、飛ばされて転がった時の外傷だけで済んだ。何と相棒は擦り傷の一つすら無い。杖で飛行して華麗に洞窟から脱出していて、私とは幸運の数値が違うのだろう。
私の外傷も、回復薬を飲んだので、もう治り始めている。ファンタジー世界、万歳だ。これで冒険談が終わればメデタシだったが、そうは行かなかった。山を下りる一本道の先には開けた箇所があって、そこには盗賊どもが群れて待ち構えている。どう見ても五十人は下らなかった。
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