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家の前、昨日の昼
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「食料を買ってきたわ。代金は、また今度でいいわよ」
「ありがとう、ミモザ。いつも助かるわ」
戦友のミモザが、ワゴン車の後部に買い込んだ物を積んで、我が家に来てくれたのが昨日の昼だった。土曜日で、娘は中学校に行っている。ミモザの方が街の中心部に、少しだけ近い場所に住んでいて、いつも私の世話を焼いてくれた。普段は自転車で、気軽に私の家まで来てくれる。私は彼女の好意に甘えてばかりだ。
「いいのよ、お礼なんて。私の方こそ、ありがとう。あの時から私を拒絶しないでくれて」
そっとミモザが、両手で私の手を握る。東洋の血を引いたミモザは同世代で、なのに私より若く見える。あの戦争が終わった、十年前の当時、ミモザは私に想いを伝えてきた。夫を亡くした私に取って、彼女の「愛してる」という言葉が、どれほど嬉しかったか。娘の事が無ければ、きっと私は、ミモザと共に暮らしていたのだろう。
「拒絶なんて……ただ私は、娘との暮らしを優先させたかったの。その選択が正しかったとは、今は思えないけどね。娘に取っても、貴女に取っても」
彼女は応えず、そっと私から離れた。私もミモザも、車から食料を抱えて玄関先へと向かう。昔ながらの小さな木造建築で、ドアは開け閉めが、かろうじて可能という状態だ。
「酷いわね、鍵も掛からないんでしょう。泥棒が怖くないの?」
「ここは街外れだもの。生活してる人は、貴女以外には娘と私しか居ないし、私が泥棒なら逆に敬遠するわよ」
そうだ。こんな場所に女性が留まっているのなら、自衛用の銃は間違いなく持っている。その事実をかつて私は、身を以て知っていた。
「今日は、あの子の誕生日よね……ねぇ、考え直さない?」
「ありがとう、ミモザ。私を心配してくれて。でも、もう決めたから」
屋内に荷物を置きながら、私たちは言葉を交わす。今日は娘の誕生日で、ミモザには私の考えを既に伝えていた。いつも私は、自分が信じる『最善』を押し付けてばかりだ。それで娘もミモザも私は不幸にしてしまったのではないか。
彼女が訪れて、いつもなら昼時、この家で私たちはお茶を飲んだりするのだが。今日の私は、くつろいでばかりも居られない。この後、ちょっとした作業があるのだ。
「これが最後の、お別れになるの? ねぇ、本当に?」
「そんな顔をしないで、ミモザ。どうなるかは、神様が決めてくださるわ」
言葉を飲み込んで、涙を堪えながらミモザは、何度も振り返りながら帰っていった。車が去っていく音を屋内で聞いて、息を一つ吐く。集中しなければならない。私はペンを取って、娘への手紙を書き始めた。
「ありがとう、ミモザ。いつも助かるわ」
戦友のミモザが、ワゴン車の後部に買い込んだ物を積んで、我が家に来てくれたのが昨日の昼だった。土曜日で、娘は中学校に行っている。ミモザの方が街の中心部に、少しだけ近い場所に住んでいて、いつも私の世話を焼いてくれた。普段は自転車で、気軽に私の家まで来てくれる。私は彼女の好意に甘えてばかりだ。
「いいのよ、お礼なんて。私の方こそ、ありがとう。あの時から私を拒絶しないでくれて」
そっとミモザが、両手で私の手を握る。東洋の血を引いたミモザは同世代で、なのに私より若く見える。あの戦争が終わった、十年前の当時、ミモザは私に想いを伝えてきた。夫を亡くした私に取って、彼女の「愛してる」という言葉が、どれほど嬉しかったか。娘の事が無ければ、きっと私は、ミモザと共に暮らしていたのだろう。
「拒絶なんて……ただ私は、娘との暮らしを優先させたかったの。その選択が正しかったとは、今は思えないけどね。娘に取っても、貴女に取っても」
彼女は応えず、そっと私から離れた。私もミモザも、車から食料を抱えて玄関先へと向かう。昔ながらの小さな木造建築で、ドアは開け閉めが、かろうじて可能という状態だ。
「酷いわね、鍵も掛からないんでしょう。泥棒が怖くないの?」
「ここは街外れだもの。生活してる人は、貴女以外には娘と私しか居ないし、私が泥棒なら逆に敬遠するわよ」
そうだ。こんな場所に女性が留まっているのなら、自衛用の銃は間違いなく持っている。その事実をかつて私は、身を以て知っていた。
「今日は、あの子の誕生日よね……ねぇ、考え直さない?」
「ありがとう、ミモザ。私を心配してくれて。でも、もう決めたから」
屋内に荷物を置きながら、私たちは言葉を交わす。今日は娘の誕生日で、ミモザには私の考えを既に伝えていた。いつも私は、自分が信じる『最善』を押し付けてばかりだ。それで娘もミモザも私は不幸にしてしまったのではないか。
彼女が訪れて、いつもなら昼時、この家で私たちはお茶を飲んだりするのだが。今日の私は、くつろいでばかりも居られない。この後、ちょっとした作業があるのだ。
「これが最後の、お別れになるの? ねぇ、本当に?」
「そんな顔をしないで、ミモザ。どうなるかは、神様が決めてくださるわ」
言葉を飲み込んで、涙を堪えながらミモザは、何度も振り返りながら帰っていった。車が去っていく音を屋内で聞いて、息を一つ吐く。集中しなければならない。私はペンを取って、娘への手紙を書き始めた。
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