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ホームラン侍、参上!(前編)
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「今日はホームラン侍さまに、インタビューを行います。どうぞよろしく」
「あー、以前からそういう要請はあったけどさ。よく、あたしの居場所がわかったよな。定住してるわけじゃないのに」
「ええ、苦労しましたわ。ボスからの要請ですので、必死に調査いたしました」
ある日の昼、ホームラン侍と、インタビューを求めるスーツ姿の女性は街外れの、掘っ立て小屋のなかにいる。半そでと半ズボン姿のホームラン侍を近くで見ると、機械化された手足の様子がはっきりとわかる。スーツの女性は、失礼にならない程度に機械の手を観察していた。
今の時代は身分登録制も適当である。人々は好きなように名乗っていて、ホームラン侍も同様だ。椅子などなく、短髪の侍と長髪の女性は床に座っていた。ちなみに背は、長髪のスーツ女性の方が少し高い。
「ホームラン侍の姉ちゃーん。その人、お客さん?」
「あー、そうだ。イタズラとかしないで、おとなしくしてな」
「侍のお姉ちゃーん。おなか、すいたー」
「ほら、燃料食だ。向こうで食べな。このお客さんには臭いがきついからな」
小屋の中には、十歳以下の子どもが何人もいる。ホームラン侍の年齢は不詳だが、見た目は十代後半だ。子どもたちはボロの衣服をまとい、その下の身体は機械化されていた。客であるインタビュアーの女性は二十代といったところだ。
「……この子たちに、援助をしているのがホームラン侍、つまり貴女ですか」
「まあ、な。今は遺伝子病で、手足がないガキも多いんだよ。戦争で環境汚染が進んだせいでな。あたしも機械化技術のおかげで生き残れたから、同じ恩恵を浮浪児に与えてるってわけさ。成長に合わせて機械を新調していけば、こんなチビたちでも、あたしくらいの背丈にまで伸びるんだぜ」
「素晴らしいですね。尊敬いたしますわ」
「よしてくれよ、別に慈善でやってるわけじゃないさ。あたしには、あたしの計算があるんだ……。あんたは百パーセント、生身の肉体なんだな。ガソリンくさいペースト状の燃料食にも、縁がないってのは羨ましいよ」
本当に羨ましそうに、ホームラン侍はスーツ姿の来客を見つめた。
「さて、インタビューをするんだろ。言っておくけど、あたしの強さの秘密なんかを話す気はないぜ。あちこちから恨みを買ってるんでね。あたしが住まいを定めないのも、自分の身を守るためさ」
「ええ、わかっています。話せる範囲で構いませんから」
「ま、実のところ、あたしにも説明はつかないんだよ。あたしの身体を機械化したときは、合法と非合法の技術をミックスしてたんでな。いろんな要素が混ぜ合わさって、たまたま強い品種っていうの? あたしという突然変異体が生まれたってわけさ。今は少なくなったけど、昔は犯罪者くずれの機械技術者が多かったんだよ。あたしの身体はマッド・サイエンティストにとって、おもしろいオモチャだったんだと思うぜ。あたしも生き残れたから文句はないさ」
あたしの機械化にかかった代金は、何年もかけて身体で払ったよ。いろいろな意味でな。そう、ホームラン侍は言った。
「……お名前について尋ねます。ホームラン侍とは、どういう意味ですか?」
「よく知らないんだ。昔は野球っていうものがあったらしいんだけど、どんなものかは誰も知らない。たぶん、究極の戦闘術なんだろうな。あたしの身体に組み込まれた、機械の一部にデータが紛れてたんだよ。金棒で敵を殴り倒すときの動きは、野球っていう競技と同じらしくてさ。まあ野球については、これ以上は話さないぜ。あたしの戦術を明かすことになるしな」
「ホームランと、サムライというものは、野球の用語と。そういうことなのですか」
「ああ、少なくともホームランについてはそうだ。正確にはわからないけど、『でかい当たり』とか、そういう意味なんだろ。言葉の響きが、頭の中に残ったんだよ。それにさ、いい響きじゃないか、家に帰るっていうのは。あたしみたいな宿なしでも、帰る家には憧れるものさ」
スーツ姿の女性が、小屋のなかや屋外で走り回る、子どもたちのほうへと目を向ける。
「帰る家……それは、こういう場所でしょうかね。誰かが私たちを笑顔で迎えてくれるような」
微笑みながら、スーツ姿の女性が子どもたちを見つめている。ホームラン侍は不意をつかれたような表情で、女性の横顔を見つめていた。
「侍のお姉ちゃーん。女の人に見とれてるのー?」
床で寝転がっていた女の子が、ホームラン侍に話しかける。ちょっと慌てたように、侍は女子の頭を撫でた。生身と同じように、手のひらは柔らかな素材だ。
「いいから寝転がってな。静かにな」
はーい、と床の女子が返事をする。「インタビューは、まだ続くのかい。今日も決戦があるんでね」とホームラン侍が言った。
「もう少しだけ。将来のことは考えませんか? いつまでも、この子たちの世話をできるかどうかなど、そういう心配は?」
「こいつらの心配は、そんなにしてないな。あんたが思うより、たくましい連中なんだぜ。自分たちの食い扶持くらい稼げるやつらさ……。それに、な。そんなに長く、あたしは生きられねぇし」
え、とスーツ姿の女性が、口から驚きを漏らした。
「別に意外じゃないだろ? あたしの場合は元々、病気で身体の大半がダメになってたんだ。それを機械化することで、無理やり何とかしてるだけなんだよ。無茶な改造のおかげでパワーはもらえたけどな。そんな顔するんじゃないよ、お姉ちゃん。あたしは結構、満足してるんだぜ。野生の猫と同じさ。人間さまより長く生きられないからって、猫が人間より不幸だとは言い切れないだろ?」
果たして周囲の子どもたちは、話をわかっているのか、いないのか。ホームラン侍は更に話を続けた。
「戦争で、一気に人口が減っちまった。化学兵器の影響で、もう人類は増えるかどうかも、わからねぇ。文明も崩壊してて、人間っていう種族全体が黄昏の時期を迎えてるのが現状だ。機械化技術はあるから、いつかは人間が、機械の身体を作って魂を吹き込むんじゃないかな。あたしは人間が完全に機械化するまでの、過渡期の存在ってわけだ」
「……仮に人間が、別の形態になるのが必然なら。生身の肉体である私も、同じく過渡期の生きものなのでしょう。そう思いますわ」
「あっはっは。おもしろいな、あんた。あたしなんかを綺麗なお姉ちゃんと『同じ』だと言ってくれるのかい。ま、あたしは自分が機械でも人間でも、それ以外でも何でもいいんだよ。あたしは、あたしだ。文明や社会や人間や、世界全体が滅びを避けられなくても、それで陰気な顔をしなきゃいけないって理屈はないのさ。最後まで笑って生きてみせるぜ、それが侍の心意気ってもんだ」
「サムライとは、どういう意味なのですか?」
「よく知らねぇ。要はフィーリングだよ。かっこいい生きざまを見せるやつとか、そんな意味じゃないかね。インタビューは終わりだ、こっちの用事もあるから帰ってくれや」
返事も待たず、ホームラン侍は傍に置いていた大きな袋を掴むと、小屋の外へ出ていった。
これ以上は話を聞けないと見たのか、スーツ姿の女性も立ち上がって小屋から退出する。外ではホームラン侍が、子どもたちを呼び寄せていた。
「よーし、集まれガキどもー! これから、お前たちにプレゼントを配るからな。整列して、一人ずつ受け取るように。今後も物資が欲しかったら、あたしのいうことをきちんと聞くんだぞ。わかったなー!」
はーい、と子どもたちが返事をする。目を細めて、その様子を見つめた後、スーツの女性はボスの元へと帰っていった。
「ご苦労。もう、お前に用はない。どこへでも失せろ」
円形競技場にほど近いビルの中で、この地域を統括している『女王』が、先ほどインタビューをしてきたスーツ姿の女性へ解雇処分を告げた。ほぼ全身が機械化されていて、緑色の瞳は悪魔じみた輝きだ。すでに政党政治などはなく、この独裁者を表すには一言で済む。嫌なやつ、である。
「ど、どういうことでしょうか。私に、なにか落ち度が?」
「関係ない。すべての退場時期は私が決める。貴様も、ホームラン侍もな」
赤のケープに身を包んだ女王は顔だけを露出した姿だ。ビルの最上階が女王の居住スペースであり、そこには最初期の大型計算機を思わせる機械が並んでいる。立ち入りを許されるのは武器を持たない女性のみであった。
「せ、説明を願います。私の解雇は構いません。ホームラン侍の退場時期を決めるというのは、どういう意味ですか」
「説明か、いいだろう。私の統治に必要なものは圧政と絶望だ。ただ諾々と、私に従えばいい。絶望を効果的に与える方法を知っているか。少しだけ希望を持たせてから、粉々に砕くことだ。民に希望の象徴など不要なのだよ。反乱でも起こされては困る。ホームラン侍には、今日で消えてもらうのみだ」
墓石に文章を刻むには資料が必要だろう。インタビューはそのためだ。そう、女王は言った。
「そんなことをする必要は……」
「貴様は現に、私に逆らっているではないか。それが証拠だ。あの女の目が気に入らないのだよ。何者にも屈しないという、あの瞳の輝きは周囲に伝染していく。奴の信奉者がこれ以上、増える前に始末をつける」
そして女王は、モニターに計画を映し出してみせた。スーツ姿の女性は青ざめ、女王の前から走り去っていく。
「行くがいい。せいぜい絶望し、私に屈して生きていくことだ」
彼女の背中へ、女王は侮蔑の言葉と笑みを投げた。
今日はこれから、ホームラン侍の決戦が円形競技場で行われる。普段は採掘場にいる日雇いの労働者も、休みを取って街頭ラジオの周囲に群がっていた。賭け試合のチケットはネット購入ができて、勝者の予想は決戦が始まる直前まで変更可能だ。
『これより決戦を行います。なお勝負の内容ですが、変更事項があります。十対一ではなく、百対一。ホームラン侍には、百体の機械人間と戦ってもらいましょう! 賭け率は変更されますので、ご注意ください』
競技場の中でも外でも、賭けている客は、どよめいていた。興行は地域の資産を独占している女王が取り仕切っており、客がどんな不満を持とうが構わず実施される。競技者が決戦の前に逃亡しない限り、賭け試合は必ず行われて配当も支払われるのであった。
関係者通用口から、息せき切って、スーツ姿の女性が競技場へと入ってくる。彼女は観客席の間にある通路を進み、客席と決戦の場を区切る金網の前で叫んだ。
「ホームラン侍、逃げて! 殺されてしまいますわ!」
中央にはホームラン侍が見える。その周囲には、普段の対戦相手よりもひと回りは大きく、重量もありそうな機械人間が百体いた。公開処刑と変わらない状況である。
『では本日の最終決戦、初め!』
非情とも思えるアナウンスが競技場の内外に響いた。決戦での降参は認められていない。戦闘不能になるまでのダメージをホームラン侍に負わせることが、女王の狙いだ。
決戦による死か、逃亡による敗北という不名誉のどちらかしか選ぶ道はないのではないか。ホームラン侍の勝利に賭けている客は今、ほぼ存在しないだろう。スーツ姿の女性は絶望して────ホームラン侍は、不敵に笑っていた。
「あー、以前からそういう要請はあったけどさ。よく、あたしの居場所がわかったよな。定住してるわけじゃないのに」
「ええ、苦労しましたわ。ボスからの要請ですので、必死に調査いたしました」
ある日の昼、ホームラン侍と、インタビューを求めるスーツ姿の女性は街外れの、掘っ立て小屋のなかにいる。半そでと半ズボン姿のホームラン侍を近くで見ると、機械化された手足の様子がはっきりとわかる。スーツの女性は、失礼にならない程度に機械の手を観察していた。
今の時代は身分登録制も適当である。人々は好きなように名乗っていて、ホームラン侍も同様だ。椅子などなく、短髪の侍と長髪の女性は床に座っていた。ちなみに背は、長髪のスーツ女性の方が少し高い。
「ホームラン侍の姉ちゃーん。その人、お客さん?」
「あー、そうだ。イタズラとかしないで、おとなしくしてな」
「侍のお姉ちゃーん。おなか、すいたー」
「ほら、燃料食だ。向こうで食べな。このお客さんには臭いがきついからな」
小屋の中には、十歳以下の子どもが何人もいる。ホームラン侍の年齢は不詳だが、見た目は十代後半だ。子どもたちはボロの衣服をまとい、その下の身体は機械化されていた。客であるインタビュアーの女性は二十代といったところだ。
「……この子たちに、援助をしているのがホームラン侍、つまり貴女ですか」
「まあ、な。今は遺伝子病で、手足がないガキも多いんだよ。戦争で環境汚染が進んだせいでな。あたしも機械化技術のおかげで生き残れたから、同じ恩恵を浮浪児に与えてるってわけさ。成長に合わせて機械を新調していけば、こんなチビたちでも、あたしくらいの背丈にまで伸びるんだぜ」
「素晴らしいですね。尊敬いたしますわ」
「よしてくれよ、別に慈善でやってるわけじゃないさ。あたしには、あたしの計算があるんだ……。あんたは百パーセント、生身の肉体なんだな。ガソリンくさいペースト状の燃料食にも、縁がないってのは羨ましいよ」
本当に羨ましそうに、ホームラン侍はスーツ姿の来客を見つめた。
「さて、インタビューをするんだろ。言っておくけど、あたしの強さの秘密なんかを話す気はないぜ。あちこちから恨みを買ってるんでね。あたしが住まいを定めないのも、自分の身を守るためさ」
「ええ、わかっています。話せる範囲で構いませんから」
「ま、実のところ、あたしにも説明はつかないんだよ。あたしの身体を機械化したときは、合法と非合法の技術をミックスしてたんでな。いろんな要素が混ぜ合わさって、たまたま強い品種っていうの? あたしという突然変異体が生まれたってわけさ。今は少なくなったけど、昔は犯罪者くずれの機械技術者が多かったんだよ。あたしの身体はマッド・サイエンティストにとって、おもしろいオモチャだったんだと思うぜ。あたしも生き残れたから文句はないさ」
あたしの機械化にかかった代金は、何年もかけて身体で払ったよ。いろいろな意味でな。そう、ホームラン侍は言った。
「……お名前について尋ねます。ホームラン侍とは、どういう意味ですか?」
「よく知らないんだ。昔は野球っていうものがあったらしいんだけど、どんなものかは誰も知らない。たぶん、究極の戦闘術なんだろうな。あたしの身体に組み込まれた、機械の一部にデータが紛れてたんだよ。金棒で敵を殴り倒すときの動きは、野球っていう競技と同じらしくてさ。まあ野球については、これ以上は話さないぜ。あたしの戦術を明かすことになるしな」
「ホームランと、サムライというものは、野球の用語と。そういうことなのですか」
「ああ、少なくともホームランについてはそうだ。正確にはわからないけど、『でかい当たり』とか、そういう意味なんだろ。言葉の響きが、頭の中に残ったんだよ。それにさ、いい響きじゃないか、家に帰るっていうのは。あたしみたいな宿なしでも、帰る家には憧れるものさ」
スーツ姿の女性が、小屋のなかや屋外で走り回る、子どもたちのほうへと目を向ける。
「帰る家……それは、こういう場所でしょうかね。誰かが私たちを笑顔で迎えてくれるような」
微笑みながら、スーツ姿の女性が子どもたちを見つめている。ホームラン侍は不意をつかれたような表情で、女性の横顔を見つめていた。
「侍のお姉ちゃーん。女の人に見とれてるのー?」
床で寝転がっていた女の子が、ホームラン侍に話しかける。ちょっと慌てたように、侍は女子の頭を撫でた。生身と同じように、手のひらは柔らかな素材だ。
「いいから寝転がってな。静かにな」
はーい、と床の女子が返事をする。「インタビューは、まだ続くのかい。今日も決戦があるんでね」とホームラン侍が言った。
「もう少しだけ。将来のことは考えませんか? いつまでも、この子たちの世話をできるかどうかなど、そういう心配は?」
「こいつらの心配は、そんなにしてないな。あんたが思うより、たくましい連中なんだぜ。自分たちの食い扶持くらい稼げるやつらさ……。それに、な。そんなに長く、あたしは生きられねぇし」
え、とスーツ姿の女性が、口から驚きを漏らした。
「別に意外じゃないだろ? あたしの場合は元々、病気で身体の大半がダメになってたんだ。それを機械化することで、無理やり何とかしてるだけなんだよ。無茶な改造のおかげでパワーはもらえたけどな。そんな顔するんじゃないよ、お姉ちゃん。あたしは結構、満足してるんだぜ。野生の猫と同じさ。人間さまより長く生きられないからって、猫が人間より不幸だとは言い切れないだろ?」
果たして周囲の子どもたちは、話をわかっているのか、いないのか。ホームラン侍は更に話を続けた。
「戦争で、一気に人口が減っちまった。化学兵器の影響で、もう人類は増えるかどうかも、わからねぇ。文明も崩壊してて、人間っていう種族全体が黄昏の時期を迎えてるのが現状だ。機械化技術はあるから、いつかは人間が、機械の身体を作って魂を吹き込むんじゃないかな。あたしは人間が完全に機械化するまでの、過渡期の存在ってわけだ」
「……仮に人間が、別の形態になるのが必然なら。生身の肉体である私も、同じく過渡期の生きものなのでしょう。そう思いますわ」
「あっはっは。おもしろいな、あんた。あたしなんかを綺麗なお姉ちゃんと『同じ』だと言ってくれるのかい。ま、あたしは自分が機械でも人間でも、それ以外でも何でもいいんだよ。あたしは、あたしだ。文明や社会や人間や、世界全体が滅びを避けられなくても、それで陰気な顔をしなきゃいけないって理屈はないのさ。最後まで笑って生きてみせるぜ、それが侍の心意気ってもんだ」
「サムライとは、どういう意味なのですか?」
「よく知らねぇ。要はフィーリングだよ。かっこいい生きざまを見せるやつとか、そんな意味じゃないかね。インタビューは終わりだ、こっちの用事もあるから帰ってくれや」
返事も待たず、ホームラン侍は傍に置いていた大きな袋を掴むと、小屋の外へ出ていった。
これ以上は話を聞けないと見たのか、スーツ姿の女性も立ち上がって小屋から退出する。外ではホームラン侍が、子どもたちを呼び寄せていた。
「よーし、集まれガキどもー! これから、お前たちにプレゼントを配るからな。整列して、一人ずつ受け取るように。今後も物資が欲しかったら、あたしのいうことをきちんと聞くんだぞ。わかったなー!」
はーい、と子どもたちが返事をする。目を細めて、その様子を見つめた後、スーツの女性はボスの元へと帰っていった。
「ご苦労。もう、お前に用はない。どこへでも失せろ」
円形競技場にほど近いビルの中で、この地域を統括している『女王』が、先ほどインタビューをしてきたスーツ姿の女性へ解雇処分を告げた。ほぼ全身が機械化されていて、緑色の瞳は悪魔じみた輝きだ。すでに政党政治などはなく、この独裁者を表すには一言で済む。嫌なやつ、である。
「ど、どういうことでしょうか。私に、なにか落ち度が?」
「関係ない。すべての退場時期は私が決める。貴様も、ホームラン侍もな」
赤のケープに身を包んだ女王は顔だけを露出した姿だ。ビルの最上階が女王の居住スペースであり、そこには最初期の大型計算機を思わせる機械が並んでいる。立ち入りを許されるのは武器を持たない女性のみであった。
「せ、説明を願います。私の解雇は構いません。ホームラン侍の退場時期を決めるというのは、どういう意味ですか」
「説明か、いいだろう。私の統治に必要なものは圧政と絶望だ。ただ諾々と、私に従えばいい。絶望を効果的に与える方法を知っているか。少しだけ希望を持たせてから、粉々に砕くことだ。民に希望の象徴など不要なのだよ。反乱でも起こされては困る。ホームラン侍には、今日で消えてもらうのみだ」
墓石に文章を刻むには資料が必要だろう。インタビューはそのためだ。そう、女王は言った。
「そんなことをする必要は……」
「貴様は現に、私に逆らっているではないか。それが証拠だ。あの女の目が気に入らないのだよ。何者にも屈しないという、あの瞳の輝きは周囲に伝染していく。奴の信奉者がこれ以上、増える前に始末をつける」
そして女王は、モニターに計画を映し出してみせた。スーツ姿の女性は青ざめ、女王の前から走り去っていく。
「行くがいい。せいぜい絶望し、私に屈して生きていくことだ」
彼女の背中へ、女王は侮蔑の言葉と笑みを投げた。
今日はこれから、ホームラン侍の決戦が円形競技場で行われる。普段は採掘場にいる日雇いの労働者も、休みを取って街頭ラジオの周囲に群がっていた。賭け試合のチケットはネット購入ができて、勝者の予想は決戦が始まる直前まで変更可能だ。
『これより決戦を行います。なお勝負の内容ですが、変更事項があります。十対一ではなく、百対一。ホームラン侍には、百体の機械人間と戦ってもらいましょう! 賭け率は変更されますので、ご注意ください』
競技場の中でも外でも、賭けている客は、どよめいていた。興行は地域の資産を独占している女王が取り仕切っており、客がどんな不満を持とうが構わず実施される。競技者が決戦の前に逃亡しない限り、賭け試合は必ず行われて配当も支払われるのであった。
関係者通用口から、息せき切って、スーツ姿の女性が競技場へと入ってくる。彼女は観客席の間にある通路を進み、客席と決戦の場を区切る金網の前で叫んだ。
「ホームラン侍、逃げて! 殺されてしまいますわ!」
中央にはホームラン侍が見える。その周囲には、普段の対戦相手よりもひと回りは大きく、重量もありそうな機械人間が百体いた。公開処刑と変わらない状況である。
『では本日の最終決戦、初め!』
非情とも思えるアナウンスが競技場の内外に響いた。決戦での降参は認められていない。戦闘不能になるまでのダメージをホームラン侍に負わせることが、女王の狙いだ。
決戦による死か、逃亡による敗北という不名誉のどちらかしか選ぶ道はないのではないか。ホームラン侍の勝利に賭けている客は今、ほぼ存在しないだろう。スーツ姿の女性は絶望して────ホームラン侍は、不敵に笑っていた。
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作家 蔵屋日唱
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