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2000年過ぎ、宇宙の旅
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この宇宙船が、どれほどの大きさなのかは知らない。私がいる船内の区画は、さっきまで私がいた21世紀の日本にあった、自宅全体と同じくらいの広さである。ちなみに私の服装は変わってなくて、宇宙服なんかは着用していない。暑くもなく寒くもなく、快適な室温が保たれているのはいつもどおりだ。
白や青や銀色が、目に優しいバランスで壁と計器類に配色されていて、私は宇宙船の操縦室にいる。コクピットといっても狭い室内ではなく、前述したとおり、地球の自宅程度のスペースだ。広さも、高さも。
感覚としては立方体の内部に私はいる。コクピットの前方にはモニターがあって外部状況を映しているが、宇宙空間があるだけなので見る意味はない。私はモニター前に据え付けられた椅子に座っている。無重力なので、固定しないと椅子が浮いてしまうのだ。
「AI、適当に音楽をかけて」
どうせ操縦は自動で行われるので、私は椅子から立ち上がる。知らない曲が船内に流れて、たぶん23世紀くらいの楽曲なのだろう。人が作曲したのかも怪しい。音響は良くて、さすがは未来の技術だと思いながら私はジャンプした。
ゆっくりした速度で天井まで上がっていって、手でタッチしてから空中で宙返りする。天井を蹴って、船内の床まで逆戻りして、今度は奥の壁までボールのように私は跳ねる。水泳みたいな楽しさがあった。
この宇宙船は高速(もしくは光速?)で移動中らしいのだが、その船内で、こんなに優美な空中遊泳って本当に可能なのだろうか。宇宙の理屈なんか知らないので、きっと未来のテクノロジーがなんとかしているのだろう。私がつじつま合わせを考えても仕方がない。そもそも、ここが現実世界なのかもわからないし。
この宇宙船内に初めて訪れたのは、地球の日本で、私の現実感が希薄になっていってからだった。現実から遊離する、というと好ましくない病気みたいだけど。そういった症状とも違うんじゃないかと思う。むしろ、他の世界との繋がりが強くなってきたというのが私の実感だ。
ある日、日本の自宅の、作業スペースで椅子に座って目を閉じていると。この船内の光景が視えた。目で見るよりもはっきりとした実感があって、ああ私はここにいるんだ、という納得があって。そして目を開けたとき、私は船内へと移動をしていた。
操縦席に座って、備え付けのAIがあったので話しかけてみると、私は運送業の途中なのだと説明をされた。私はこの船で、別の宇宙船まで積み荷を運ぶのが仕事であるらしい。ちなみに目的地までは数十年かかるんだとか。
『そんなにぃ?』と私が言ったら、『今は皆、貴女も含めて寿命が延びているので問題ありません』とAIから回答された。そういう問題なのか。問題ないなら従うしかない。さすがに数十年、ここに座りっぱなしで過ごす気はないから、適当に私は宇宙船内で過ごしてから21世紀の日本に帰る日々を送っている。
「AI、私をゆっくり床に降ろして」
何回かの遊泳ターンを終えて、私はAIに指示をする。宙に浮いて移動していた、私の身体が減速していく。重力発生装置とか、そういう作用なのだろう。ゆっくりとした速度で、モニター前まで遊泳していって、そのモニターを靴底で踏みつけてから床へと着地した。AIは従順なので文句などは言われない。
モニターも含めて、船内は頑丈なので私がなにをしようと故障の心配もほとんどない。たぶん私が本気で反抗したら、このAIは私を抹殺して別のパイロットに挿げ替えるのではないか。試す気はないけど。私が積み荷を運ぶという使命を拒否しない限り、AIちゃんは私に従順で、せいぜい良い関係を築いていこうと思う。
「ボレロをかけてよ、AI」
操縦席に腰掛けて、リクライニングチェア状の背もたれに身を預ける。無重力なので、シートベルトで身体を固定しないと、反発で椅子から浮き上がってしまうのはムードがないが。音響がいい空間で、クラシックの管弦楽曲を楽しめるのは悪くなかった。
アニメの銀河英雄伝説で、戦闘中に流れていた楽曲だから、宇宙空間に合わないわけがない。よくSF映画では宇宙海賊なんかが出てくるけれど、実際は宇宙が広すぎて、そんなものに遭遇する確率はゼロだそうだ。一応、自衛用の武器は船内にあるけど、使う機会もなく私はこうして音楽鑑賞に没頭している。
来たときと同様に、目を閉じて念じれば私は地球の日常へと戻ることができる。ただ、急いで帰る必要もない。ここで何日か過ごしても、もと居た日常世界では時間が経過していないのだ。ここは未来なのだから当然かもしれない。未来で何時間を浪費しようが、過去は既に過ぎ去っているのだから。
目を閉じたまま、ボレロを堪能する。まっすぐ日常へ戻る気はなかった。少し、寄り道をしていこう。私は二つの世界を同時に念じて、それから目を開けた。
白や青や銀色が、目に優しいバランスで壁と計器類に配色されていて、私は宇宙船の操縦室にいる。コクピットといっても狭い室内ではなく、前述したとおり、地球の自宅程度のスペースだ。広さも、高さも。
感覚としては立方体の内部に私はいる。コクピットの前方にはモニターがあって外部状況を映しているが、宇宙空間があるだけなので見る意味はない。私はモニター前に据え付けられた椅子に座っている。無重力なので、固定しないと椅子が浮いてしまうのだ。
「AI、適当に音楽をかけて」
どうせ操縦は自動で行われるので、私は椅子から立ち上がる。知らない曲が船内に流れて、たぶん23世紀くらいの楽曲なのだろう。人が作曲したのかも怪しい。音響は良くて、さすがは未来の技術だと思いながら私はジャンプした。
ゆっくりした速度で天井まで上がっていって、手でタッチしてから空中で宙返りする。天井を蹴って、船内の床まで逆戻りして、今度は奥の壁までボールのように私は跳ねる。水泳みたいな楽しさがあった。
この宇宙船は高速(もしくは光速?)で移動中らしいのだが、その船内で、こんなに優美な空中遊泳って本当に可能なのだろうか。宇宙の理屈なんか知らないので、きっと未来のテクノロジーがなんとかしているのだろう。私がつじつま合わせを考えても仕方がない。そもそも、ここが現実世界なのかもわからないし。
この宇宙船内に初めて訪れたのは、地球の日本で、私の現実感が希薄になっていってからだった。現実から遊離する、というと好ましくない病気みたいだけど。そういった症状とも違うんじゃないかと思う。むしろ、他の世界との繋がりが強くなってきたというのが私の実感だ。
ある日、日本の自宅の、作業スペースで椅子に座って目を閉じていると。この船内の光景が視えた。目で見るよりもはっきりとした実感があって、ああ私はここにいるんだ、という納得があって。そして目を開けたとき、私は船内へと移動をしていた。
操縦席に座って、備え付けのAIがあったので話しかけてみると、私は運送業の途中なのだと説明をされた。私はこの船で、別の宇宙船まで積み荷を運ぶのが仕事であるらしい。ちなみに目的地までは数十年かかるんだとか。
『そんなにぃ?』と私が言ったら、『今は皆、貴女も含めて寿命が延びているので問題ありません』とAIから回答された。そういう問題なのか。問題ないなら従うしかない。さすがに数十年、ここに座りっぱなしで過ごす気はないから、適当に私は宇宙船内で過ごしてから21世紀の日本に帰る日々を送っている。
「AI、私をゆっくり床に降ろして」
何回かの遊泳ターンを終えて、私はAIに指示をする。宙に浮いて移動していた、私の身体が減速していく。重力発生装置とか、そういう作用なのだろう。ゆっくりとした速度で、モニター前まで遊泳していって、そのモニターを靴底で踏みつけてから床へと着地した。AIは従順なので文句などは言われない。
モニターも含めて、船内は頑丈なので私がなにをしようと故障の心配もほとんどない。たぶん私が本気で反抗したら、このAIは私を抹殺して別のパイロットに挿げ替えるのではないか。試す気はないけど。私が積み荷を運ぶという使命を拒否しない限り、AIちゃんは私に従順で、せいぜい良い関係を築いていこうと思う。
「ボレロをかけてよ、AI」
操縦席に腰掛けて、リクライニングチェア状の背もたれに身を預ける。無重力なので、シートベルトで身体を固定しないと、反発で椅子から浮き上がってしまうのはムードがないが。音響がいい空間で、クラシックの管弦楽曲を楽しめるのは悪くなかった。
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来たときと同様に、目を閉じて念じれば私は地球の日常へと戻ることができる。ただ、急いで帰る必要もない。ここで何日か過ごしても、もと居た日常世界では時間が経過していないのだ。ここは未来なのだから当然かもしれない。未来で何時間を浪費しようが、過去は既に過ぎ去っているのだから。
目を閉じたまま、ボレロを堪能する。まっすぐ日常へ戻る気はなかった。少し、寄り道をしていこう。私は二つの世界を同時に念じて、それから目を開けた。
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作家 蔵屋日唱
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