推(お)しのライブは夏の輝(かがや)き！

推(お)しのライブは夏の輝(かがや)き！・後編

　十曲目じゅうきょくめ、昭和しょうわっぽいポップソングが歌うたわれる。曲調きょくちょうはポップだけれど、歌うたわれている内容ないようには苦悩くのうが感かんじられた。そうだよね、誰だれもが平和へいわに暮くらせて、平和へいわに愛あいし合あえれば最高さいこうだけど。現実げんじつは、なかなかそうはいかないよねぇ。つまらない現実げんじつの重力じゅうりょくがあって、ひ弱よわな理想りそうは押おし潰つぶされてしまいがちだ。だからといって、理想りそうを追おうのが馬鹿ばかげているとも思おもわない。きっと辛つらい現実げんじつに対抗たいこうするため、人ひとは信仰しんこうを持もったり、私のように推おしを求もとめて生いきていくのだろう。

　先さきほどの十曲目じゅっきょくめはミディアムテンポで、観かん客きゃくが立たちあがるような曲調きょくちょうではなかったので。トークコーナーから引ひき続つづき、私たちは着ちゃく席せきしたままだ。十一曲目じゅういっきょくめは、寂さびしげな青色あおいろの照明しょうめいに包つつまれて歌うたい出だされた。悲かなしい悲恋ひれんの曲きょくで、この選曲せんきょくに私は驚おどろかされる。誕生バース日デーライブで歌うたわれるとは思おもってなかったけど、歌詞かしには外国がいこくでの戦争せんそうも書かかれていて、推おしが今いまという時代じだいを見据みすえた上うえでの選曲せんきょくなのだろう。

　十二曲目じゅうにきょくめ、青春せいしゅん時代じだいの別わかれが歌うたわれた。キャリア初期しょきの名曲めいきょくで、気高けだかさが感かんじられるバラードだ。曲きょくの中なかのヒロインは、推おし自身じしんを思おもわせる十代じゅうだい少女しょうじょで、ティーンエイジャーがこれほどの高潔こうけつな魂たましいを持もっていることに感動かんどうさせられる。そう、私の推おしは、生うまれながらにして特別とくべつな存在そんざいだったのだ。彼女かのじょのすべてを知しっているとは言いわないけど、それでも私には彼女かのじょの素晴すばらしさがわかるのだった。

　トークコーナーからここまで、私たちは座すわりっぱなしだ。そろそろ立たちたいなぁと思おもっていたところで、お誂あつらえ向むきの十三じゅうさん曲目きょくめが始はじまった。ＣＭシーエムにも使つかわれていた曲きょくで、切せつないながらも聴きかせどころでは躍動やくどう感かんに満みちている。立たちあがった私たちは喝采かっさいを送おくった。続つづく十四じゅうよん曲目きょくめもダンサブルなＣＭシーエム曲きょくで、私も他ほかの観客かんきゃくも大満足だいまんぞくだ。やがて、連続れんぞくで歌うたい続つづけていた推おしの彼女かのじょが一息ひといきついて、場内じょうないが明あかるくなった。

「ありがとう、すべての客席きゃくせきーー！」

　推おしが私たちに呼よびかけてくれる。拍手はくしゅが送おくられて、慣なれていない観客かんきゃくだと手てが痛いたくなっていそうだった。私くらいのベテラン観客かんきゃくになると、ライブが終おわるまでの手てを叩たたくペースがわかっているので何なんともないのだが。私の周囲しゅういにいる若わかいギャラリーは大丈夫だいじょうぶかな。

「今日きょうみたいな日ひを迎むかえられると、もっと先さきの景色けしきを見みたくなります。どうも、ありがとうございました！」

　いよいよライブも終盤しゅうばんだ。十五曲目じゅうごきょくめ、最近さいきんのロックナンバーが歌うたわれて、推おしが私・に・手てを振ふってくれる。彼女かのじょの歌唱かしょう力りょくなら何なんでも歌うたえるけれど、やっぱり彼女かのじょはロックンローラーなんだなぁと思おもった。私はロックを詳くわしく知しらない。でも高潔こうけつな推おしの魂たましいが、神かみさまから──特とくに音楽おんがくの神かみさまから──愛あいされて形かたちづくられたことは確信かくしんしている。彼女かのじょのハートは十六じゅうろくビートを刻きざんでいて、そして人ひとを激はげしく愛あいするのだ。特とくに私を！

　十六曲目じゅうろっきょくめ、スタジアムで歌うたわれるのに相応ふさわしいナンバーが始はじまる。またまた私は手てを振ふってもらえて、夢見ゆめみ心地ごこちとしか言いいようがない。日常にちじょうや現実げんじつは大変たいへんで、私たちの理想りそうが押おし潰つぶされそうなくらい過酷かこくなことはわかっている。でも今いまだけは、私たちは背中せなかの羽はねを伸のばして、空そら高たかく飛翔ひしょうするのだ。その先さきに見みえる景色けしきを、私と推おしの彼女かのじょは共きょう有ゆうする。誰だれに理解りかいされなくてもいい。とにかくこれは、そういう夢ゆめが歌うたわれた曲きょくであった。

　ステージの幕まくが下おりて、場内じょうないが暗くらくなる。「え……終おわり？」と若わかいファンが呟つぶやいてたけど、そんなわけはない。私や常連じょうれん客きゃくは推おしの名なを呼よんで、細こまかく何度なんども手てを叩たたいた。リズミカルな催促さいそくの拍手はくしゅで、やがて再ふたたび、幕まくが上あがる。待まちに待まった、アンコールの時間じかんだ。

「ありがとー、客席きゃくせきぃーー！」

　十七曲目じゅうななきょくめ。推おしを代表だいひょうする最初期さいしょきの大だいヒットナンバーが始はじまる。若わかいファンが悲鳴ひめいみたいな歓声かんせいをあげていて、私は私で、推おしが手てを振ふってくれたことに感動かんどうしていた。もう実際じっさいに、私に手てが振ふられたかはどうでもいい。彼女かのじょと私は愛あいし合あっているのだ。口くちには出ださないから、そこらの人間にんげんに否定ひていされることもなく、私は胸むねの中なかの愛あいを味あじわい尽つくしていた。

　十八曲目じゅうはちきょくめ。自由じゆうな恋れん愛あいを歌うたった曲きょくだ。制限せいげんなんてない。私と彼女かのじょの愛あいに制限せいげんがあるほうがおかしいのだ。間違まちがっているのは小こうるさい世よの中なかであって、なるべく平和へいわ的てきに世界せかいが変かわればいいなぁと私は思おもう。

　十九曲目じゅうきゅうきょくめ。最近さいきんのロックナンバーで、愛あいする人ひととこれからも生いきていこうという内容ないようだった。音楽おんがくの形式けいしきは違ちがうけれど、何なんだか行進曲こうしんきょくのようで、私はスーパーマンのテーマを思おもい起おこした。今月こんげつ、スーパーマンの映画えいがが上映じょうえいされるから観みてみようと思おもう。

「本当ほんとうに……ありがとうございます」

　推おしはちょっと涙なみだぐんでいた。これほど温あたたかく、観客かんきゃくから誕生バース日デーライブを祝いわわれれば、そうなるよねぇ。ちなみに私も彼女かのじょと誕生たんじょう日びは一緒いっしょだ。だから何なんだという話はなしだけど、彼女かのじょと誕たん生じょう日びを過すごせるというのは、やっぱり素敵すてきな時間じかんだった。

「今日きょう、歌うたえなかった曲きょくは、これからのツアーで歌うたいます！　最後さいごの曲きょくです」

　二十曲目にじゅっきょくめはデビューアルバムからで、いわば彼女かのじょというアーティストが、世よに誕たん生じょうした記き念ねんになるような曲きょくだった。いつまでも芽めが出でない私とは大違おおちがいだ。ミュージシャンにはなれないし、なる気きもない。私は私で、自分じぶんにできることを探さがすしかないのだ。そう思おもわせてくれる、この日ひ最後さいごの曲きょくであった。私に手てを振ふってくれた……と思おもうけれど逆光ぎゃっこうで見みにくいなぁ。

「最高さいこうの誕生たんじょう日び、ありがとう！　お元気げんきで！」

　緞帳どんちょうが下おりるまで、私に、そして観客かんきゃく全員ぜんいんに向むけて推おしは手てを振ふり続つづけてくれた。私たちは手てを振ふったり拍手はくしゅをしたりして応おうじる。ライブが終おわって、私たち観客かんきゃくは帰途きとに就ついた。会場かいじょうを出でてから確認かくにんすると、ライブは二に時間じかん半はんほどだったらしい。最近さいきんのハリウッド映画えいがくらいの長ながさで実じつに良よかった。「すごかったねー」、「また来こようねー」というファンの声こえが聞きこえてきて、それが自分じぶんのことのように誇ほこらしい。

「ビール、ビール、いかがっすかー」

　外そとは暗くらくなっていて、まだ屋台やたいからはビールを売うる声こえが聞きこえてきてビックリする。この暑あつい中なか、ずっと呼よび込こみを続つづけていたのだろうか。夏なつはコーラやビールが売うれる季節きせつで、これが芋いも焼酎じょうちゅうでは上手うまくいかなさそうだ。コーラなら買かっても良よかったけど、会場かいじょうで買かった飲のみものが残のこっていたので私は屋台やたいをスルーした。

　一人ひとりで私はファミレスへ寄よって、簡単かんたんに夕食ゆうしょくを済すませる。そして、誰だれも待まっていない住すまいへと戻もどった。