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第5章 保留
ある出会い
しおりを挟む「さっきのやりとり、ちょっと聞こえたけど、いい人そうだったね?」
「そう、ね」
さよりと松崎は、H台駅前の喫茶店でアイスコーヒーを注文した。
慌てて少し声が張り気味になっていたいたさよりと、もともとの地声が大きい先輩の会話を、松崎は8割ぐらい聞き取っていたようで、「1時間くらい大丈夫って言ってたよね?」と相好を崩した。
「で、これなんだけど…」
箱のままなので、詳しい中身は確認できないが、「受話器ホルダー 演奏曲:八十日間世界一周(Around the World)」と書いてある。
「これ何ですか?」
「電話を保留しておくとき使うんだ。ちょうどさっきの人と君の会話みたいなのが、これで聞かれないで済むよ?」
「あ…はは…」
松崎は冗談を言ったつもりらしいが、冗談になっていない。
会って、喫茶店に入って、アイスコーヒーまで注文したとなると、「もらうもんもらったから」というわけにもいかない。アイスコーヒー分、雑談に付き合うしかなかろう。
先回会ったときも感じたが、松崎はさよりを異常なほど過大評価して褒めそやすのだが、それ以外にものについては、不満やマイナス評価ばかり語る。
それでいて、彼女の話をちゃんと聞いているのかすら疑問な返答をすることがあった。
手紙は最低限なので、そこから得られる情報など少ないだろうが、ついさっきの会話の中で言ったようなことまで聞き返されることがあり、少しストレスがたまった。
最後のひと口を、音をたてないように慎重に吸い、さよりは席を立った。
「あの――そろそろ行くね」
「え、まだ大丈夫じゃないの?さっきの人も1時間くらいはって…」
「女同士はいろいろあるんですよ」
含みありげに、わざとらしく困ったような顔で笑い、アイスコーヒー代として500円玉をテーブルに置いて、「松崎さんはごゆっくり。今日はありがとう」と言い残して場を去った。
(そういえば、誕生日を教えたのって自分だっけ?それとも和美がしゃべったのか?)
(というか、寮暮らしだって分かっているのに、あのプレゼントのチョイスって一体…)
寮に向かう帰り道になって、やっとそれらのことに気づくほど、さよりはゆとりがなかった。
◇◇◇
その後、「さよりさん、ひょっとしていじめられているんですか?」という内容の手紙が来たが、それはまた別の話として、さよりは喫茶店からの帰り道、買い忘れを思い出して立ち寄ったコンビニエンスストアで意外な人物に出会った。
「あ…」
「あれ?ええと――前に水野の家で会ったことあるよね?さゆりちゃん、だっけ?」
「水野さよりです。覚えていてくれたんですね!」
名前を間違えられたそばから言う言葉ではないが、声の主が憧れの「安部俊也」だったことが、さよりを舞い上がらせた。
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