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第20章 松崎敏夫のルサンチマン
女性観
しおりを挟むそもそも高校受験のとき、第1志望は片山市立西高校だった。
ここは片山や森ノ宮、あるいは片山の南隣にある須見田市エリアの中学生にとっては二番手の男子高だった。
偏差値は模擬試験でコンスタントに60前後だったので、楽勝といえるレベルではなかったが、かといって無謀でもなかった。自分が落ちたのは運が悪かっただけだ。
西高に進んだ元同級生が、東地大よりもレベルの高い大学に推薦で入学したと同窓会で知った。
指定校で運よく拾ってもらったと屈託なく笑っていたが、そいつは中学時代、自分と成績が変わらなかった。ということは、今ああして笑っていたのは俺だったかもしれない。
西高に落ちたのは、香取エリカに失恋したからだ。しかも、自分は気持ちを打ち明けたのに、返事もよこさないで俺の友人の大島にバレンタインのチョコレートを渡し、自分には義理チョコすらなかった。それだけならまだしも、何事もなかったように、すれ違いざまに笑いかけてきた。
俺は香取の真意が知りたくて、何度か香取の家に電話をかけたが、出るのは決まって中年の女性の声か男の声だった。エリカ本人でないことは間違いない。取り次いでもらおうとはしたのだが、どうにも勇気が出ず、混乱し、結果的に電話を切ってしまった。
俺は自分の部屋に専用の回線を持っているので、エリカと話すことさえできれば、気兼ねなく幾らでも話ができた。
だが、エリカは出てくれなかったし、よくよく考えると電話は苦手だったので、あれでよかったのかもしれない。
そのうち俺は、エリカの存在などどうでもよくなるくらい、ある女優に夢中になった。
芸能人など、よく見ると時流に乗っているだけの不細工ばかりだと思っていたが、豊田やよいは正統派だと思った。
そう考えてから考えなおすと、エリカも「雰囲気美少女」だった。
しかし、豊田やよいは、グラビアではあんなにかわいかったのに、声や話し方が生意気そうで好みではなかったので、せっかく見にいった映画も全く楽しめなかった。
へたくそな素人演技を「フレッシュ」などと表現する芸能雑誌もどうかしている。
かなり人気が出て、歌も出したようだが、その頃には自分は何がよくてこの子のファンだったのかを忘れていた。
その後もいろいろなアイドルに興味が湧いたり、通学電車の中でかわいい子を見つけたりしたが、アイドルはそもそも自分とは違う世界の人間だし、かわいい子は既に彼氏がいるか、性格が悪いかだ。
電車やバスの中で、お年寄りが近くに立っていても、譲るでもなく平気で腰かけているような子を見ると、結構かわいい子だったりする。
自分のかわいさにあぐらをかいて、何をしても許されると思っているのだろう。
公共の場所でギャーギャー騒ぎ立てる女は大抵ブスばかりだが、そんな中にかわいい子がいても、同類だと思うと萎える。
そんな中で出会ったのが水野さよりだった。
中学で仲の良かった秋本の友達だったが、俺の遠距離通学に関して、「そうなんだ、大変だね」とだけ言った。
その第一声の可憐さに打たれた。
細身で顔立ちはかなりかわいい。
これならエリカも中途半端なアイドルも目ではない。
エリカのときの反省から、積極性を見せるべきだと思い、秋本に電話をした。何とも思っていない女子と話すのは平気だ。
秋本は「さよりはモテるから」とは言ったが、「彼氏がいる」とは言わなかった。
電話番号も教えてもらったが、好きな女の子相手だと、エリカの二の舞になりそうだ。
まずは手紙を書いてみたら、たまたまハンバーガー屋で一度顔を見ただけの自分に対して、かなり誠実で丁寧な返信をくれた。
そうか、「本当に」かわいい子というのは性格もいいのだと悟った。
今まで「いい」と思った子たちはみんなまがい物で、あの子だけが俺にとっての本物なのだ、と。
きっとこの子なら、お年寄りに席を譲るに違いない。
◇◇◇
さよりとはたまたま一度だけ電車に乗ったことがある。
5月の連休のある日、野球の試合に誘ったときだ。
そのときは珍しく優先席にわずかに空きがあったので、座ろうとしたら、さよりが「自分はいい」と言う。
観戦中に居眠りしてしまうほど疲れていたようなのに、なぜかと思ったら、「本当に必要な人がいつでも座れるように空けておくべきだと親に言われている」と言われた。
些細な一言だが、会うたびさよりに強く惹かれるようになっていくのは、こういうことがあるからだ。
そういえば、眠気覚ましに買ってあげた最中アイスを食べた後、「あの、おいくらですか?」と聞いてきたり、カフェレストランで食べた分も割り勘にしようとしたり、女なんておごってもらう気満々の生き物だと思っていたので、新鮮で驚いたし、感心もした。
こういう女の子なら、きっと長く付き合っていけるだろう。
手を振って別れる表情、白い掌が魅力的であればあるほど、それが雑踏に消えていくのを見て寂しさがこみ上げたが、ともあれ「俺のカノジョ」は最高にかわいい。
目に焼き付いたその光景を心の支えに、俺はますます仕事も勉強も頑張ろうと思った。
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