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第30章 【番外編】番外編 ハンバーグとシクラメン
灯油ストーブ
しおりを挟む徹志のアパートは、かなり年季の入った建物だ。
古いアパートなのでいい顔はされないと思い、「灯油ストーブを使いたい。絶対に火の元には気を付けるので、許可していただけないか」と、あらかじめ大家さんに直談判したという。
すると、「いや、うち別に石油ストーブ禁止ってわけじゃないけど…君みたいに真っ正直に言われちゃうと、ダメとは言えないわ」と、快く使うことを許可してくれたらしい。
2人はどちらかというと北国の出身のため、東京の冬はさほど寒いと感じなかったものの、それでも裸で愛を確かめ合った後、1枚の毛布に2人で寄り添ってくるまり、暗い部屋でストーブのオレンジの火を見ながら、何とも言えない安堵感や幸福感を味わっていた。
お互いの照らされた顔を見ているうちに、口づけし、再び…ということもしばしばである。
そんなささやかなひっそりとした生活を送る徹志にとって、ストーブは暖房器具兼調理器具でもある。実家の使い古しなので使い慣れているし、母親がそうしてくれていたことを思い出し、冬になってからは、煮込み料理やけんちん汁を作り、さよりにごちそうすることもあった。
安全のため、夜寝る前には火を切るが、天板に載せたヤカンのお湯は湯たんぽにおさめられる。こうして夜間の寒さも解消できた。
「この部屋、すき間が多くて一酸化炭素中毒の心配もないかもしれないけどね」と笑いながら、きちんと火を落とす徹志の姿を見て、さよりは改めて、「そう、私はこういう人と付き合いたかったんだ!」と思うことがある。
徹志の前に付き合っていた男性は、「ボロアパートのビンボー学生」と自虐的に言うこともあったが、そもそも部屋にきちんとしたエアコンがあった。
彼と付き合い続け、「越冬」することになっていたら、気にせず暖房の利いた部屋で夜が過ごせたろうが、オレンジの火に愛おしさを覚えることもなかったろう。
今回のさよりのメニューでは、ストーブの出番はないかもしれないが、「いつものように満たされた、しかしどこか特別感のある」クリスマスを過ごすには、やはりマストアイテムだろう。
◇◇◇
「このハンバーグ、柔らかいね。何で?」
「玉ねぎをすりおろして肉と混ぜたの。水っぽくならないか心配だったんだけど」
それはさよりの実家のやり方だった。
玉ねぎを「刻んで」「炒めて」「粗熱とって」の手間が嫌だった母親が思いつきでやったそうだが、さよりにとって一番なじみのある作り方だった。
ただし、フードプロセッサーで処理していた母と違い、さよりはおろし金でおろさなければいけなかったので、別な意味で手間がかかってしまったものの、結果的にはうまくいったので、報われた気持ちになった。
「ううん、すごくうまい。トマトで煮込んでるのも、何かオシャレだよね」
「実は初めて作ったんだけど、喜んでくれたなら正解だったかな」
そもそも徹志は何を作っても喜んで食べてくれるのだが、気のせいか、笑顔がいつもの何割増しかになっている。
さよりはさよりで、卓上に置かれたピンクのシクラメンに笑顔になっていた。
「お花、きれいね。シクラメンって冬の花の中でも特に好きなんだ」
「気に入ってくれてよかった。持って帰ってもいいよ」
「え? 徹志が自分の部屋に置くために買ったんじゃないの?」
「こんなボロアパートより、さよりの部屋に置いてもらった方が花も喜ぶ」
「同じ部屋の先輩にからかわれちゃうかも…」
「いいじゃん。うらやましがらせておきなよ」
料理の後は、三つのケーキをそれぞれ半分ずつにして、紅茶を淹れて食べた。
「こういうの…何だか実家のクリスマスを思い出すなあ」と、徹志がしみじみと言った。
「ケーキは千石屋? くぬぎ屋?」
「うちは千石屋派だった」
「うちはくぬぎ屋に親戚が勤めていたから、くぬぎ屋だったかな」
「お料理はいつもハンバーグを作ってもらってたの?」
「うん、好きだからね。おふくろは腕のふるいがいがないって言いつつ、腕によりをかけて作ってくれて…」
「ふふ」
「ま、それでもさよりのの方が何倍もうまいけどさ」
作ったものをおいしそうに食べてくれて、しかも褒め上手。
言葉が誠実で率直で、まっすぐ気持ちよく耳に入ってくる。
そして背が高くて、結構かっこいい(さよりジャッジ)。
――さよりは徹志にほれ込んでいるということあるが、こんなところが素敵だと思いつつ、ほかの女性にとってもそうなのでは? と不安になることもあった。
「徹志、女の子を喜ばせるのがうま過ぎだよ!」
「えー、そんな言い方は心外だな。俺はさよりを喜ばせたいとしか考えてないよ」
「もう、そういうことをさらっと…」
徹志の顔からそれまでの朗らかな笑みが一瞬消え、さよりを優しく床に押し付けた。
「例えば、こういう方法でね…」
そしてニヤリと笑う。
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