短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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お姉ちゃんになった日~いちばん初めのプレゼント

れんたいせきにん

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 文句なしに天気がよかったわけではないが、雨もふりそうにない。

 なのに、いつもなら園庭で遊んでいる時間、私たちは教室の重苦しい空気の中にいた。
 理由は「わがままを言って暴れて、給食の食缶をひっくり返してしまったおともだちがいたから」だ。

 それだけなら、暴れた子だけにお仕置き措置があっただけかもしれない。
 しかし、私たちの「ゆり組」だけ、そのせいでスープが給食に出なかったことで、暴れた子に文句を言った子がいたのでもめた。文句を言った子に同調した子がいて、さらにもめた。

 その小競り合いを見た先生が、「みんなが悪いね」と雑にまとめ、給食後の園庭遊びの時間、「みんなではんせいしましょう」と言い出したのだ。

 しかし、こんな理不尽ってあるだろうか。
 ゆり組35人のうち、それに関わった子は10人もいなかったはずだ。
 こういう連帯責任なんて、実のところ見せしめ的な意味しかないから、お互いを監視し合うとか、悪感情を持ち合うとか、「信頼」からは最も遠い場所にあるものだ。教育的な手法としていかがなものか――なんて賢げなことを5歳児が言えるわけもなく、口には出さねど「あーあ…あの子たちのせいで…」とみんな思っていた。

 降園時間までそのままかなと思っていたら、園の正門から1人の男性が入ってきて、私たちの教室のそばまで走り寄ってきた――私の父だった。

「どうしました?」
 父の顔を見知っていた担任の藤川ふじかわ先生が、特に警戒する様子もなくサッシ戸を開けた。
「さっき女房が無事出産しました。男の子でした!」
 と、興奮気味で父が言った。

「そうなんですか。おめでとうございます!」

 母の入院していた産院が、私の通っていた幼稚園と比較的近いところにあったため、とるものとりあえず報告に来てくれたらしい。
 先生は父が私を迎えにきたものだと思ったようで、私に帰り支度を促したのだが、父はそのまま「では、また」と走り去ってしまった。
 まあ確かに、母はまだ病院だし、「帰ったところで…」という話ではある。

 そこで先生は、何を血迷ったか、私の方を見てこう言った。 

「みーちゃんはおとなしくできていてえらかったから、お庭で遊んでもいいよ」

◆◆

 そして私は、昨晩見た夢と同様、たった1人で園庭に出た。

 今日なら状態のいい砂ふるいも使い放題だし、滑り台もブランコも独り占めだ。
 ちなみに、最初から遊ぶ予定のなかった鉄棒は、「ペンキ塗りたて」のため、近くに寄れないようにロープが張ってあった。

 楽しいか楽しくないかでいえば、楽しくはない。

 仲よしの子が一緒じゃないのはもちろん、意地悪な子だって、口さえ利いたことがないような子だって混在してこその「園庭遊び」なのだ。

 いい砂ふるいが使えてうれしかったのも最初のうちだけだし、何をやってもすぐに飽きてしまう。
 私は多分10分と遊ばず、藤川先生に「もういいの?」と言われながら教室に戻った。

◆◆

 このときのことは、その後何度も思い出した。
 1人だけ園庭に出られたのは、父による母の出産報告がきっかけだったことは鮮明に覚えているけれど、「いい子にしていた」子はほかにもいたのに、私だけが許された意味が分からない。

 教室の席についた途端、夢の中の少年の声が頭にこだました。

「ボクがさっきさわったところは、全部ひとり占めできるよ。1日だけだけどね」

 仲よしの子に話しても、「えーっ?」という半信半疑な反応しかなかったので、そのことはそれ以上、誰にも話していない。
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