短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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ミックス

「どうしてそんな顔して好物を食べているの?」

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 9歳・小学4年生の女の子が、500円玉を握りしめて、お腹の大きな母親と、中くらいの大きさのスーパーに来ました。

 女の子は母親の買い物助手としても非常に有能でしたが、おとなしく聞き分けのいい子なので、「わたし休憩所でゲームしてるね」「マンガ読んで待ってるね」などと言われても、「そう?じゃ、買い物が終わったら合流しようね」の一言だけで、母親は深く突っ込んできません。

 女の子が母親と行動を別にしたのは、母親が関与してはいけない「買い物」を計画していたからでした。

 もうすぐ母親の誕生日だったので、女の子はスーパーの入り口のところにあった生花店で花を買ってプレゼントするつもりでした。
 しかし、母親が一番好きな花は見つからず、「予算内」で「自分も母も知っている花」の、「自分の好きな色」を買えるだけ買うことにしました。

 その店は、品ぞろえや花の質こそいまいちでしたが、とにかく「値段が安い」ことに定評があり、3,000円で見繕ってと言えば、贈られた人がしまうほどの「盛り」の花籠をつくったりします。

 例えばバラは1本120円(税込み)でした。
 500円持っていたので4本買える計算でしたが、4という数字に不吉なものを覚えたか――かどうかはともかくとして、女の子は3本買うことにしました。
 色は黄色でした。その色が好きというよりも、「どんな花も黄色が一番きれいだと思う」という、彼女ならではの美意識に基づくチョイスでした。

 おずおずと小さな、しかし何とか聞き取れる声で「あのう、黄色いバラを3本ください」と言うと同時に、少し温まった500円玉を従業員に渡し、セロファンに包まれ、水色のリボンをつけた小さな花束をつくってもらいました。

 その後女の子は休憩所に行きました。
 そう時間は経っていないので、母親はまだ来ていません。

 休憩所脇のたこ焼き屋さんでソフトクリームを売っていました。
 おつりは140円だったので、8個入り300円のたこ焼きは買えませんが、 ソフトクリームはたこ焼きよりも好きだったので、120円の「チョコソフト」を買って、食べながら待つことにしました。

 チョコソフトを食べ終える前に、母親が「お待たせ」と近づいてきました。

 母親は黄色いバラにすぐ気づいたものの、そこには触れず、「あ、ソフトクリームか。いいねえ」とだけ言いました。

 しかし女の子は、好物を食べているにもかかわらず、あまり朗らかとはいえない表情です。さらに、「ミックスにすればよかった…」と、少し悲し気にこぼしました。
 チョコソフトが思いのほか味が濃く、くどく感じてしまったようです。
 しかしパリパリとコーンまで全て食べ切ると、気を取り直したように「早いけど、お誕生日おめでとう」と黄色いバラの束を母親に渡しました。

 「わあ、ありがとう。うれしいな」と、母親は月並みだけれど嘘はない率直な礼を言いました。
 心の中では、そこそこ有名な「黄色いバラ=嫉妬」という花言葉を思い浮かべていましたが、ここで言うべき言葉ではありません。
 女の子は女の子で、「お母さんの好きな赤いのも入れた方がよかったかな」と、ちらっとだけ思いました。これまた「ミックスにすればよかった」という軽い後悔です。

 母親のお腹には女の子の妹(性別は既に判明)がいました。
 もしかしたら「嫉妬」というのは、もう母親を独り占めできない要因となる未来の妹に向けられたメッセージだったのかもしれません。


追記:黄色いバラには「友情」という花言葉もあります。生まれてくる妹ちゃんと、いいお友達になれるといいね。

【『ミックス』完】
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