短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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はしるの だいきらい! 1970年代、地方の住宅街のこんな風景

走るこども

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 トモミは標準的な体つきだが、健康そのもので滅多に風邪を引かない。
 タキ薬局でいつも買うのは、白と紺の小箱に入った外国製の薬用のど飴だった。
 オレンジやイチゴなどのフルーツ味なので、普通においしいキャンディとして口に入れていたし、メントールの清涼感も気に入っていた。

 好きなものは「お麩の入った味噌汁」、ニンジンとシイタケが嫌い。好きな教科は算数と図工。体育は嫌いではないが、走るのは「疲れるからキライ」という、どこにでもいるごく普通の小学生だが、それなりに悩みもあった。

 先日、台所で夕飯のしたくをしている母親の背中を見ながら、いつも一緒に下校するアサコちゃんがやたら走りたがるので、一緒に帰るのが嫌だという話をした。
 そのシチュエーションだし、母親はトモミの話を「取るに足らないもの」と捉えていて、米を研いだり、鍋に水を張ったりして、水音でトモミの声がかき消されても、特に細部を気にしていなかった。

 そんな中で、母親はトモミのこの一言だけは聞き逃さなかった。

「体育でもないのに走らなきゃいけない意味が分からない」

 その言い方に若干のしゃらくささがあったかもしれない。母親はこんなふうに返事をした。

「えー、子供はどうせ走っても疲れないでしょ?そんな情けないこと言わないの!」

▽▽

 ここで整理すると。
 トモミは学校帰りにアサコが突然走り出すのが嫌だと言っていたのだが、母親はその辺はほとんど聞いていなかった。

 通学路に申し訳程度に引かれた歩道の白線の内側は、一列に並ばないとはみ出るほど細い。そこをバタバタと走られるのは、ほかの歩行者の迷惑だし、後について走るのも気が進まないので、「アサコちゃんが走るのが嫌」と言ったのだった。

 しかしトモミの母親は、「体育以外で走るのは嫌」という発言のネガティブな部分にだけ着目した。
 学校のグラウンドや近所の空き地なら、トモミだって楽し気に走り回っているのだが、それは遊びの一環だからで、走るという意識すらなかった。
 それを単に、体を動かすのが嫌だという怠惰な子供みたいに思ったからこその、母のあの返しだったのだろう。

「そうじゃなくて、車とか危ないし…」というトモミの弱い反論も、「揚げ物するから、あんたはあっちに行っていなさい」の一言でかき消された。

 ▽▽

 大人は忙しい。
 母親は家のことで動き回り、ぶつぶつ言ったり、近所の奥様と立ち話をしたりしている。
 父親は、平日は仕事でへとへとで、休日は寝てばかりいるので、話しかけても生返事のことが多い。

 そんな大人を見慣れたタキには、タキさんのおじいちゃんやおばあちゃんは、ゆったり優雅に見えた。
 のど飴もイチゴ味を買うことが多いせいか、「トモちゃんはイチゴが好きなのかい?ちょっと待っててね」と言いながら、自宅の方に買い置きしていたらしい真っ赤な「みぞれ玉」をくれたこともあった。
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