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第1話 詩を書いた少女
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「あの詩、私のじゃないんです」
「え、どういうこと?」
「もとは私が書いたんですけど、先生が真っ赤っかになるまでペンを入れて、
最後は先生の詩みたいになってました。
だからあれは――先生が書いたんです」
「あー…」
あざみも小学校から作文が得意な方だったので、だからこそ覚えがあった。
「ここをこうすると、もっとよくなるよ」と言われて修正しているうちに、何だか自分の手を離れて他人の作文みたいになり、それが市の小さなコンクールで「佳作」を受賞。よくある話だと思っていたし、そのときの気持ちももう思い出せない。
少女ははみ出して口についたクリームを指でぬぐい、お茶を一口飲んだ後、
「お姉さん、覚えていたらでいいんですけど、教えてください。
あの詩で好き――っていうか、覚えている部分ってありますか?」
「そうねえ…「もううんざり、飽き飽きしたよ」ってところ。率直でいいなあって思ったけど」
「ホントですか?」
少女が目を見開いた。多分だけれど好意的な反応だろうと思われる表情だ。
あざみは正直、おっかなびっくりだった。
この様子だと、少女自身があの詩を気に入っていないらしい。
こう言ったらあれだが、少し気難しそうな子なので、下手なところに触れたら泣き出してしまうかもしれない。
だったら、本当に印象に残ったところを自分も「率直に」言おうと思ったのだ。
それで怒ったり泣かれたりしたら、それはそれで仕方がない。
「あそこ、先生とケンカしながら残してもらった部分なんです
ここを直すならコンクールに出しませんって言って」
「あ…なるほど」
控え目な「空の青さはあのときと同じ」みたいな表現はいかにもだし、「目に見えないものが、私の中に入り込んでくる」「逃げ出したい でも、どこに?」は、悪いけど、微妙に反原発の思想性みたいなのがあって気持ち悪い。
あざみは大学内でしばしば、そうした活動家の人たちからチラシを配られてはため息をついていた。
(危ない、逃げろって言いながら、ここでこんなものを撒くくらいなら、さっさと自分たちが逃げればいいのに)
あきれたことに、他県の大学からわざわざやってきて配っている人もいて、何がしたいんだろうと思いつつ、冷めた目で眺めていた。
「先生には、ここをどう直せって言われたの?」
「というか、削った方がいいって」
「ああ…ええと、ごめんなさい。あなた名前何だっけ?」
「工藤咲良です」
「さくらちゃん――は、あの1行、どんな気持ちで書いたの?」
「行動制限もうんざりだけど、ここから逃げた方がいいとか、もう終わりだとか、
どっちかというと、そういう勝手なことばかり言う人たちに対して
言いたかったことです」
「なるほどね。それは削っちゃダメだわ」
***
少女改め咲良は、もう一口お茶を飲んでから、あざみに「お姉さんは何という名前ですか?」と聞いてきた。
「私は柏木あざみ。教育大の3年生だよ」
「あざみさん。花の名前ですね。すてきです」
「あなたも「さくら」だよね?花同士でおそろいかな」
「あ、私のは「良く咲く」で咲良なんです」
「そうなんだ」
「どっちにしても、花には関係ありますけどね」
「だね」
あざみは少しだけ中1少女の目線におりる気持ちで、咲良はちょっと背伸びして、その日はずっと2人で話をした。
あざみに声をかけようとした常連の女性も、今日ばかりは少し遠慮した。
「私はイチゴのショートでもチョコケーキでも、何を食べるときも日本茶です」
「私もだよ。コーヒーや紅茶も出されれば飲むけど、選べるときは日本茶」
「あざみさん、まだお若いのにシブいですね」
「あれ、咲良ちゃんがそれ言う?」
くぬぎ屋名物「朝のお茶会」にまた1人、若い常連が生まれたようだ。
【第1話 『詩を書いた少女』了】
「え、どういうこと?」
「もとは私が書いたんですけど、先生が真っ赤っかになるまでペンを入れて、
最後は先生の詩みたいになってました。
だからあれは――先生が書いたんです」
「あー…」
あざみも小学校から作文が得意な方だったので、だからこそ覚えがあった。
「ここをこうすると、もっとよくなるよ」と言われて修正しているうちに、何だか自分の手を離れて他人の作文みたいになり、それが市の小さなコンクールで「佳作」を受賞。よくある話だと思っていたし、そのときの気持ちももう思い出せない。
少女ははみ出して口についたクリームを指でぬぐい、お茶を一口飲んだ後、
「お姉さん、覚えていたらでいいんですけど、教えてください。
あの詩で好き――っていうか、覚えている部分ってありますか?」
「そうねえ…「もううんざり、飽き飽きしたよ」ってところ。率直でいいなあって思ったけど」
「ホントですか?」
少女が目を見開いた。多分だけれど好意的な反応だろうと思われる表情だ。
あざみは正直、おっかなびっくりだった。
この様子だと、少女自身があの詩を気に入っていないらしい。
こう言ったらあれだが、少し気難しそうな子なので、下手なところに触れたら泣き出してしまうかもしれない。
だったら、本当に印象に残ったところを自分も「率直に」言おうと思ったのだ。
それで怒ったり泣かれたりしたら、それはそれで仕方がない。
「あそこ、先生とケンカしながら残してもらった部分なんです
ここを直すならコンクールに出しませんって言って」
「あ…なるほど」
控え目な「空の青さはあのときと同じ」みたいな表現はいかにもだし、「目に見えないものが、私の中に入り込んでくる」「逃げ出したい でも、どこに?」は、悪いけど、微妙に反原発の思想性みたいなのがあって気持ち悪い。
あざみは大学内でしばしば、そうした活動家の人たちからチラシを配られてはため息をついていた。
(危ない、逃げろって言いながら、ここでこんなものを撒くくらいなら、さっさと自分たちが逃げればいいのに)
あきれたことに、他県の大学からわざわざやってきて配っている人もいて、何がしたいんだろうと思いつつ、冷めた目で眺めていた。
「先生には、ここをどう直せって言われたの?」
「というか、削った方がいいって」
「ああ…ええと、ごめんなさい。あなた名前何だっけ?」
「工藤咲良です」
「さくらちゃん――は、あの1行、どんな気持ちで書いたの?」
「行動制限もうんざりだけど、ここから逃げた方がいいとか、もう終わりだとか、
どっちかというと、そういう勝手なことばかり言う人たちに対して
言いたかったことです」
「なるほどね。それは削っちゃダメだわ」
***
少女改め咲良は、もう一口お茶を飲んでから、あざみに「お姉さんは何という名前ですか?」と聞いてきた。
「私は柏木あざみ。教育大の3年生だよ」
「あざみさん。花の名前ですね。すてきです」
「あなたも「さくら」だよね?花同士でおそろいかな」
「あ、私のは「良く咲く」で咲良なんです」
「そうなんだ」
「どっちにしても、花には関係ありますけどね」
「だね」
あざみは少しだけ中1少女の目線におりる気持ちで、咲良はちょっと背伸びして、その日はずっと2人で話をした。
あざみに声をかけようとした常連の女性も、今日ばかりは少し遠慮した。
「私はイチゴのショートでもチョコケーキでも、何を食べるときも日本茶です」
「私もだよ。コーヒーや紅茶も出されれば飲むけど、選べるときは日本茶」
「あざみさん、まだお若いのにシブいですね」
「あれ、咲良ちゃんがそれ言う?」
くぬぎ屋名物「朝のお茶会」にまた1人、若い常連が生まれたようだ。
【第1話 『詩を書いた少女』了】
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