短編集『朝のお茶会』

あおみなみ

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第4話 安藤に幸あれ

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 くぬぎ屋名物「朝のお茶会」は、よくも悪くも普通の小市民の集いだ。
 既に子育てを一段落したような世代で、若者をつかまえて人生の先輩としてモノ申したくなるタイプも少なくない。
 そんな場で、そういう考え方は視野が狭いとか、ひとり者は侮蔑してもいいような価値観に反発を覚えるなどの「正論」を振りかざしたところで、場を白けさせる効果すらなく、「なーにナマ言ってんだか!」で済まされるだろう。

 安藤自身は、とにかく甘味好きなのと、そういういじりもそこまで嫌じゃないと思える程度の柔軟性があったので、二月ふたつきに一度程度はお茶会に顔を出し、お姉さま方にからかわれていた。

 7月のメニューは、定番の姫まんじゅうに加え、ピンク色の求肥ぎゅうひでできた輪っか状のものに、やはり求肥の緑色の葉と茎らしきものがあしらわれた、涼しげな菓子だった。
「これ、つるが絡まった…浮き輪ですか?夏だし…」
 と安藤が店のスタッフに尋ねた。すると、笑いをこらえたスタッフが、
「ごめんなさい。それ一応アサガオなんです…」
 と教えてくれた。

「ハルちゃん、葉っぱの形見ればわかんなかった?」
 植物に詳しい菅沼すがぬまという初老の男は言うが、
「いや、ツタかと思って…」
 と率直に思ったところを答える安藤。
「ツタはもっとふちがフリルっぽいんだよ。アサガオは観察したことあるでしょ?」
「芽が出たところと、ツボミと花しか覚えてなくて…」
「そうか、これが義務教育の敗北ってやつかあ?」
「いやその、お恥ずかしい…」
 周囲はそれを聞き、内心(覚えてない…)(知らなかった…)と個々に感想を抱いた。
 菅沼が半分説教口調で安藤を相手に植物について語り、安藤がそれに控え目に相槌を打っているのを聞いて、(ああ、勉強になるなあ…)と傾聴したり、途中で興味を失って、他の者と会話したりする。

 安藤は聞き上手で素直な性格なので、例えばこんなふうに「つる植物の葉の形について」長々と語られても(しかも短いスパンで同じ話が2回も3回も出てくるほどクドくても)素直に耳を傾け、時には帰りにカフェのモーニングで朝食をすませた後、図書館に寄って詳しく調べたり、家に帰ってネットで検索したりすることもあった。

 結果、意外と引き出しも多く、趣味や興味の範囲も広い男なのだが、あまりにも聞き役に徹し過ぎるあまり、それを披露する機会に恵まれないのだった。
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