短編集『朝のお茶会』

あおみなみ

文字の大きさ
33 / 33
第9話 苦い菓子

3

しおりを挟む
 お茶会に参加するメンバーの中でも、放射能関連の話題を積極的に出す者がいないわけではない。
 とはいえ、わざわざ朝の6時半から始まるこのイベントに集うのは、基本的にこの街での生活を積極的に楽しもうとしている人間が多いので、そもそも全く気にしないか、情報収集をしながら折り合いをつけて生活をしている者がほとんどだ。多分、山本が「取れ高ばっちりです★」などと言いたくなる話をしてくれる者はいないだろう。

 大河原さんが思い切って、「取材の間、お食事とかはどうするんですか?」と聞いたら、さらに興味深い返事が来た。

「やっぱりその辺の店で食うのは怖いんでコンビニ頼みなんですけど、握り飯とかサンドイッチとかも、県内工場のが多くてびっくりしました。F県民はどんなに気をつけても、F県産からは逃れられないんですね。ちょっと気の毒です」
と、なぜか同情的に言う。

「この間もテレビで作家の村田むらたゆうほさんが、F県産の野菜を学校給食に使うなって発言して炎上してたでしょ?ああいう発言すら自由にできないのがもうダメダメっすよね」
 と、さらに調子に乗って続ける。

 村田発言は確かにSNSで大いにたたかれたが、自由には責任が伴う。批判されるリスクも込みでの発言であるという自覚もなく、「こんなことも自由に言えないなんて、日本には言論の自由はないのか!」と、村田自身がその後反論を重ねたことが、さらに騒ぎを大きくしたという側面もあるが、F県野菜=毒物という“常識”を持ったセクトの人間は、「正しいことを言ったのに批判された」と本気で思っているのだろう。
 当然、F県の農産物が厳密に放射線量検査された上で出荷されていることも知らないし、知っていても「数値をごまかしているに違いない」と根拠なく言う。

 さすがにそのレベルの発言になると、耐えかねて、お開きになる前に席を立つ人間も何人かいた。

 こんなところでさらに空気の悪くなるような応戦をしたくないし、こんな男からケンカを買う気はないとなると、「中座」がやっとだったようだ。

***

 後日、山本が主宰する知る人ぞ知るささやかサイトには、「F県民 憩いのひとときもF県産にがんじがらめか? くぬぎ屋『朝のお茶会』に参加した雑感」なるコラムが掲載され、とあるSNSでは賛否両論で少しだけ盛り上がった。

「自分このときその場にいましたけど、二言目には放射能放射能ってめっちゃ空気悪くなりました。放射能汚染とか言ってないで、自分自身があちこちで空気の汚染源になってること自覚しろ!あと壊れてるのはお前の安物のガイガーカウンターの方だ!どうせ校正(※)とかしてねえだろ。粋がんなや。」
 という、お茶会参加者の誰かさんのつぶやきに、100近い「いいね」が集まった。

【第9話 『苦い菓子』了】

※校正
計器(この場合、ガイガーカウンター)の計測値の誤差を修正するための調整のこと。定期的に行うことが大事だが、にわかな危機感でよく分からず購入した人が、そこまで配慮して使っているかどうか分からないというのもよく問題視される。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...