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カフェオレボウル【千弦と聡二】
Serendipity【聡二】
しおりを挟む会計のとき、スクールバッグに「CHIZURU」という名前の入ったアクリルキーホルダーを付けているのを見たので、それで彼女の名前の音だけはゲットした。
漢字が分からないが、心の中で彼女を名前で呼ぶことができる。
文字化すると「チヅル」というカタカナ表記になるから、何やら日本女性に懸想する外国人の男のようだが、まあ致し方ない。
俺はチヅルが二度目に来店した次の休店日、雑貨屋をのぞいた。彼女のイメージぴったりのカフェオレボウルが欲しかったのだ。
色でいえば――淡いブルーか。チヅルが白い指で支え持って、ふうっと息を吹きかけているところを想像してしまった。
フランス製で3,000円也。これを彼女がカフェオレかココアを注文した時だけ使うつもりだ。
そんな酔狂な差別化をしても、彼女に伝わるかどうかは分からないが、何か特別なことがしたかった。
◇◇◇
チヅルはその日も、窓辺の2人がけの席に腰掛けた。そして飲み物を本を読みながら待っている。
カウンターに座ってくれたら、何の本を読んでいるかも分かるし、話しかけるのももう少し容易なんだが、仕方ない。
それに、くつろぎたい若い女の子がコーヒー屋のおっさんに声をかけられても、迷惑なだけかもしれないな。
「お待たせいたしました」
いつもなら手製のカバーがかかっている文庫本が、その日はむき出しだった。
「あ、その本は…」
俺の文庫化されたばかりの小説『セレンディピティ』だった。
「え?」
「いや、高校生が読むには少しその、あれかなって」
何というかまあ、オレの書いたものの中でも性描写がかなり厚めの作品だったのだ。
「…どういう意味ですか?」
チヅルはオレを怪訝そうに見上げた。
「ちょっと色っぽいシーンが多いからね」
「買ったばかりで、読み始めたばかりですけど、まだそういうのは…」
「あ、そう、そうか」
「それに杉村先生の性描写は上品だから好きなんです」
「へえ…」
何やら面はゆいものだな。
少し変態じみたことを言うが、美少女の可憐な唇で「性描写が好き」などと言われるのも心臓に悪い。
彼女がもう少し大人だったら、「じゃ、オレと再現してみない?」などと口説くところだろうか。
「このお店、杉村先生の本がいっぱいありますね」
「まあ、暇つぶしに読む人もいると思うから。どれでも読んでくれていいよ?」
何しろ売るほどあるので――と言いたいが、とりあえず黙っておく。
「私、先生の本は全部持っています。お小遣いの関係で文庫ばかりですけど」
「そうなのか…」
某アニメのヒロインではないが、「こういうとき、どんな顔すればいいか分からない」ものだな。
彼女はどうやら、オレのファンらしい。
まさにオレにとってのserendipityかもしれないが、正体がばれたら「イメージ壊れる」とか言われそうな気もする。
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