短編集「なくしもの」

あおみなみ

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理想の夫婦

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 マシロはミドリに比べると、ややアウトドアを好む傾向にありました。
 2人そろって外で楽しむといえば、友人同士や職場でのバーベキューくらいで、マシロが山野草の写真を撮りに山に行き、ミドリは映画館をはしごした後、カフェでブレンドを1杯だけ飲んで心地よいため息をつき、夕飯の席でお互いの1日の出来事を話す――そんな休日もよくあります。

 子供は「いつかは欲しい」くらいの気持ちで、いざというときのための貯金以外は自然に任せることにしました。

◇◇◇

 2人が結婚して3、4年経った頃、ミドリは職場の後輩に、「ミドリさんみたいになりたい」と言われました。

「えーっ、どうして?」
「だって、ダンナさんとの関係がすっごくいいなって思うんです」
「いい、って?」
「子供いないけど仲良しだし、関係がイーブンだし、ストレス少なそう」
「……」

 自然の流れに任せようと決めたものの、子供ができないことを気にし始めていたミドリは、複雑な思いで後輩の言葉を聞きました。

「てか、こんなお先真っ暗の時代に子供とか要らないかなって思うから、その方が賢いかもですし」
「お先真っ暗って…“一寸先は闇”かな?」
「あ、それですそれです。震災とかも多いし、疫病も戦争もあるし、何があるか分かんないでしょ」

 “あなたみたいになりたい”というのは、多くの人を幸せにフレーズですが、尻すぼみのように暗い展開になって、昼休みの何気ない雑談が終わりました。

 後々、「あの子、悪い子じゃないんだけど、ちょっとデリカシーないよね…」と同僚に言われ、ミドリは曖昧に薄く笑うしかできませんでした。
 その場には妊娠6カ月に入ったスタッフもいて、その雑談が耳に入っていた可能性があります。

「悪気は一つもないだろうけど、周りが見えてないっていうか」
「いつも思うんだけど、それ“悪気がない”のが一番問題じゃない?」
「うーん…」

 ◇◇◇

 ちょうどその時期、マシロはかなり忙しい部署に異動になっており、残業や休日出勤も増えていました。

「おかえりー。お仕事お疲れさま」
「ただいま。ミドリもいろいろお疲れさま」

 家事は手際のいいミドリの方がもともと多く担当していたので、ミドリとしては、マシロが仕事を理由に全く家事をできなかったとしても、さほど負担が増えたとは思っていませんでしたが、こうしていたわり合い、声を掛け合うのも、2人が円満の秘訣でしょう。

 それはそれとして、マシロは、趣味の写真撮影の時間がなかなか取れないことや、ミドリと一緒に休日をのんびり過ごせていないことを不満に思い、仕事の愚痴や、「疲れたー」と発する頻度も多くなってきました。
 ミドリはそれを黙って聞き、時々相槌を打つだけです。マシロの愚痴が、「ひょっとしてそれは自業自得では…」と思うような理不尽な内容だったとしても、否定することもありませんでした。
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