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乾パン(1)
しおりを挟む俺はいわゆる「みそっかす」だった。
既に話した4歳年下の弟のほかに、2歳年上の兄がいる。
1人目の子供ほどのスペシャル感もなければ、末子特有の「かわいげ」みたいなものもないせいか、俗に中間子というのは親の愛情が素通りしやすいというが、俺は昔から、それを絵に描いたような子供だった。
といっても、それは俺の生まれつきのパーソナリティーに負うところも大きいだろう。
例えば法事その他で親戚が集まると、そこで一番言われるのは「影が薄い」ということだった。そして、なぜかその特徴をネタにして笑いものにされる。
(影が薄いって笑う程度には俺のことニンシキしてんじゃん。変なの)
そう思っても、ツッコミをいれるわけでもなく、そのまま受け流しているので、ますます「あれ、いたの?」といじられ放題だった。いじる者の中には(で、おっさんはいったい誰だよ…)と言いたくなるくらい馴染みのない顔があったし、大抵は酔っぱらっていたので、向こうもよく分かっていなかったと思われる。
親はそういう場に子供を座らせるとき、親戚の顔その他の特徴をいちいち語って聞かせたりしない。
質問すれば教えてくれるだろうが、正直あまり興味もなかった。
そもそもみんな「学校の勉強は何か好きだ?」とか、誰が聞いても同じような質問しかしないので、仮に赤の他人が紛れ込んでいても、特に問題なく無難に答えられたと思う。
俺は大人同士の会話から、その人物について何となく察したり、想像したりしたが、大体それで何とかなった。
対して向こうは、徐々に増えてくる親戚の子供のことは何となく見知って覚えている(つもりになっている)。
一度でも「おむつ替えた」「ミルクを吐いて服を汚された」なんてエピソードがあろうものなら、鉄板ネタだとでも思っているのか、何度も何度もそれを口にする。
はっきり言って面白くもなんともない。「くどい」の一言だ。
勉強も運動も苦手ではなかったが、兄貴のように秀才で鳴らしたわけでも、弟のようにスポーツ万能というわけでもない。
部屋の隅で、小さな弟がはしゃいで大暴れしたり、兄貴が微妙に誤った歴史こぼれ話を披露して大人たちを感心させたりしているのを、注意するでも指摘するでもなく、ぼーっと体育座りしてみているものだから、おやつのスイカを分割するとき、物の数に入れてもらえないこともしばしばあった。
そんなとき、いつも気遣ってくれたのはカズコさんだった。
「あら――ごめんなさい。私のを分けっこしよう?ね?」
父方の伯母の娘、つまりいとこである8歳年上のカズコさんは、美人で優しくて、俺の名前も呼び間違わずにかわいがってくれたが、大人からも子供からも人気者だったので、近づくことも難しいほどだった。
俺はカズコさんと自分の父以外、親戚も身内もみんなあまり好きではなかった。
◇◇◇
その大好きだった父が病死したとき、俺はまだ中学生だった。というか受験生だった。
そのショックで勉強が手に付かず、兄が既に通っていた進学校の受験を断念し、1ランク下げて受験校を決めたあたりから、兄は明確に俺を負け犬などと言ってバカにするようになった。
母は公務員として働いていたので、収入はもともと安定していた。
むしろ人間関係その他の理由で転職を繰り返す父の方が実入りが悪かったので、皮肉なことに、経済的なダメージは最小限で抑えられてしまった。
大金持ちではなかったが、両親の実家からの援助もあって、ごく普通に進学もでき、飯も食え、サイズの合った清潔な服が着られた。
だから兄は、うだつが上がらない情けない大人だとみなしていた父を、死んでなおバカにしたような態度を取っていた。
俺は父のことを、尊敬の対象というよりも、「気の合うおっちゃん」とみなしているところがあったため、父の死後は、一層縮こまってしまった。父を侮辱されても何も言えず、(クソ兄貴が偉そうに…)と内心で悪態をつくしかできなかった。
◇◇◇
父が入院していたとき、母は「完全看護だし」と、あまり積極的に病院を見舞おうとはしなかったので、俺は母からの頼まれごとを自分から買って出たし、純粋に父の顔を見るために、よく病室を訪れた。
学校のこと、勉強のこと、通学路や病院に来る途中で見た面白いものや変なもの――影の薄い俺の地味な話を、父だけが「お前は目のつけどころが面白いな」と笑いながら聞いてくれた。
俺が行くと、「今日は何となく気分がいいんだ。お前が来てくれたおかげかな」と、半身を起こしてくれたが、だんだんしんどくなってきたらしく、横になったままのことも多かった。
そんな中で、父は突然「ああ…乾パン…食いたいなあ」と言い出した。
もう大分弱弱しい風情で、夕食(病院のって、なんであんなに早い時間に出るんだ?)も残食が多くなっていたし、そもそもそんなものを食べて、医者や看護婦(当時の呼び方)に何か言われないだろうかと俺は思ったが、念のために確認した。
「乾パンって――あの、酒のつまみによく食べてたやつ?」
「それだ。あの…イギリスだか…スコットランドだかの…民族衣装みたいなのが…描いてある袋のな」
「うん、分かる分かる。俺も結構好きだよ」
しかし、薄甘いクラッカーみたいな味で、ガリガリ固いし、どちらかというと非常食みたいな扱いだ。およそ病人が食べたがるものとも思えない。
「あれさ…次に来るとき…持ってきてくれないか?」
「食えるの?」
「食い…たいんだ。入院してから…酒も飲んでないし…」
「いや、酒は駄目だろっ」
「乾パンだけでいい…持ってきて…くれないか?」
「わかった。ああいうのって、菓子コーナーとかにあるのか?」
「仏壇の引き出しに…入ってるはずだ…。ちょっと…湿気ってるかもしれないが、あれでいい」
「う、ん…わかったよ」
父の話す言葉に「…」が多いのが気になったが、俺は仏壇の引き出しから、食べかけの乾パンの袋を取り出し、こっそり学校に持っていくサブバッグの中に忍ばせた。
抜き打ちの荷物検査でもない限り、まあ何とかなるだろう。
一応「菓子類の持ち込み」なので、見つかったら注意はされるが、たばこや酒とは話が違う。事情を説明すれば、お目こぼしもあるかもしれない。
俺は普段の素行がよかったので、割と楽天的にそんなことを考えた。
◇◇◇
「ウイスキーと乾パン」という妙な組み合わせが好きだった父が、俺が学校に隠し持っていった「線香の香りが移ったような乾パン」を口にすることはなかった。
「父さん、喜んでくれるかな」と思いつつ、放課後に病院に行くのを楽しみにしていた俺は、5校時目の最中に「お母さんから電話があった。まっすぐお父さんの病院に来てほしいとのことだ」と学年主任の教師に言われた。
明け方から急に容体が悪化し、あっさりと父は逝ってしまった(享年50)。
その日の夜、思ったほど湿気っていなかったが、変なにおいと味のする乾パンを俺は一つだけかじり、あとは気が済むまで泣いた。
俺は健康だが、まだウイスキーは飲めない年齢だった。
だから乾パンとウイスキー(水割り)が本当に合うものか実食はできなかったものの、ウイスキー以外のものを飲む気にもなれず、せき込みながら水無しで飲み込んだ。
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