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アイスクリーム
しおりを挟む少女Aは俺の隣に立って、そして名前を名乗った。
俺のような世代の者から見ると、十分にキラキラした名前だが、今日びは標準的かもしれない――そんな感じの名前だった。
(うちの娘は、どちらかというと妻の趣味で古風な名前なので、「シワシワネーム」などとバカにされることもあるが、「そんなこと言うやつは大体低能ばっかだもん」と、なかなかきついことを言うし、まるで気にしていない)
「おじさん、最近時々ここに来るよね?しかもおんなじような時間にさ」
「そうかな――まあ、そうかもな」
確かに可燃ごみの日の朝、母の家に行った帰りだし、コンビニにはほぼ無意識に寄っている。
「この時間に仕事終わる人?」
「本職ではないけど、まあ仕事終わりといえばそうかな」
「ふうん…で、いっつもレモンティー」
「好きだからね」
何がしたいのか分からないが、俺にやたらと質問してくる。
はやりのパパ活でも仕掛けてきているのか?いやいや、まさか…。
こんな、母親の残飯と紙おむつの処理を終えたばかりの、ノーブランドカジュアル服の初老の男が、金を持っているように見えるわけはないが…。
「ね、おじさんっていくつ?」
「年齢か?今年で50だ」
「うそー、見えなーい。〇〇に似ててかっこいいしさ」
〇〇というのは、あまりテレビドラマを見ない俺でも知っている30代の人気俳優だ。イケメンというわけではないが、演技力と、どこか安心感のあるルックスが受けているとのこと。
「そんなのは初めて言われたが…」
しかしこの、やたらとぐいぐい来る感じ、こちらを乗せようとする?話術、要注意だな、さすがは少女Aだ。
「いやいや、みんな思ってても言わないだけだよ。会社の人とかさ、きっと思ってる」
「ああ――会社に行かない仕事だから」
「りもーとわーく、ってやつ?」
「そんなところだ」
「あーっ!」
「ど、どうした?」
「アイスクリーム買ってたの、忘れてたよ。おじさんについ話しかけちゃったせいだよ」
「そう言われてもなあ…」
気象変動というやつか、近頃の夏は朝から暑い。
最近の子供は、「朝の涼しいうち」なんてものを知らないかもしれないな。
そんな中で無駄話をしていたら、それはせっかくのアイスも溶けるというものだ。
「ねえ、おじさんっちてどこ?」
「なぜそんなことを聞く?」
「うち結構遠くてさ。自転車パンクしてるから、10分くらい歩いてきたし」
「うちはここから2、3分だな」
「やった、ラッキー。おじさんちの冷凍庫に入れさせてよ。少し固まってから食べるし」
「いや、それは…」
「え?ああ、奥さんとかに何か言われるかな」
「いや、ひとり暮らしだ」
「じゃなおラッキーじゃん。いいでしょ?」
「いや、だから駄目なんだ」
◇◇◇
俺が積極的な女子に弱いのは、昔から変わらない。
気付けば少女Aの要求のまま家に上げ、冷凍庫の一部を貸し、「あと2、30分様子見たら勝手に食べるから、おじさんはおじさんのことしてて」と言う。
「そういうアイスって、一度溶けたら凍らせてもおいしくないんじゃないか?」
「ここの会社のは大丈夫。ちょっと高いけど、チョーおいしいんだよ」
「俺も食べたことはあるが、それは知らなかったな」
「それって?」
「その、もう一回凍らせてもってやつ」
「そ?有名な話だよ?」
◇◇◇
少女Aは、いっけん自由闊達に見えて、どこかワケアリというか違和感を覚える子だ。
例えば、手首にうっすらとした傷が幾つかあり、それを隠そうともしない。
(リストカットというやつか…)
以前、自殺未遂というか、リストカット常習の少女にインタビューした経験があったし、高校生の娘が少し前、「リスカ流行ってるよ」みたいなことを言っていたのを聞いたことがあった。
「その傷、どうしたんだ?」
俺は平静を装って尋ねてみた。
「あ、リスカぁ。ちょっと試してみたくてさ」
「そうか…」
「そんだけ?」
「いや、俺にも君くらいの娘がいて、その――流行ってるみたいなことを言っていたから、その、あの…」
俺は何を小娘相手にしどろもどろになっているのだ。
というか、何を思って「その傷は」などと聞いてしまったのか。
少女Aにペースをとことん狂わされている。俺が俺ではないみたいな感じだ。
「おじさん子供いるの?」
「隣の県にね。俺だけ仕事でこっちに来ているんだ」
「奥さんも?」
「そうだ」
「別れたの?」
「単身赴任って言っていいのかな――赴任ではないけど」
「そっか。だから若いのに落ち着いてるんだね」
「いや、だから若くもないって…」
◇◇◇
俺が特に何も聞かないせいか、少女Aは自分語りを始めた。
この4月に高校に入ったが、6月以降は登校していないこと。
同級生や元同級生と街中で顔を合わせるのが嫌で、夏休みは朝のうちだけ動き回り、日中は引きこもっていること。
「あ、でも図書館は時々行くよ。夏休み前からだけど」
「本が好きなのか?」
「嫌いじゃないけど、あそこだと補導っていうか、平日の日中行っても、どっかの大人の人に声をかけられることが少ないから」
「なるほどね」
「たまにナンパはされるけど、図書館で声かけてくるやつなんてロクなもんじゃないし、無視する」
「はあ…」
少女Aは特に美少女というわけではないが、独特のコケティッシュな雰囲気があるし、この若くみずみずしい様子だけでも、確かに声をかけたがる男はいるかもしれない。
「でも最近はさ、ママのカレシがエロい目で見てくるのが嫌だから、あんま家にいたくないんだよね」
「ママのカレシ?」
「働いてなくて、家もないらしくて、ママがいないときでものこのこ来るんだよね」
「そうか――じゃ、ここにいたらいい」
「え?」
実はこれを言った後、俺自身が少女Aとシンクロするように、「え?」と言いたくなっていた。
自分で自分の言ったことに驚いてしまったのだ。
「あ、その…俺は家で仕事をしていて、時々買い物と、あと呼び出されたら外出する程度だ。仕事の邪魔さえしないなら、ここにいたらいいよ」
「マジで?おじさん神様?」
「――コンビニも近いから、飯とかは自分で何とかしてくれな」
「ありがとう!おじさん」
「ちょっ――離れてくれ!」
少女Aが感極まって俺に背後から抱き着いてきた。
俺は身の置き場所に困っている子に、場所を貸すだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、ふわっと漂うグレープフルーツのような香りには、多少ドギマギした。
◇◇◇
娘と同い年ぐらいで、得体が知れない一方で、悪い子とも思えない。
鼻孔に残る、母の失禁の後始末のにおいを上書きするようなみずみずしい香り。
少々とんちんかんなところはあるものの、打てば響くテンポの良い会話。
「男が若い女に惹かれるのは、死が怖いからだ」って、何の映画のセリフだったかな。
劣情とか欲情とか、そういうものともまた違う、降ってわいたような少女との出会いと、そこで抱く感慨。
他人ごとのような言い方になるが、俺は少女Aとの出会いを歓迎し、楽しんでいるのだと思う。
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