「いち」の年 DECADE

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
3 / 8

花田君と応援旗

しおりを挟む


 中学校入ったら、同じクラスに花田君という男子がいた。
 小学校も一緒だったはずだけど、同じクラスになったことがないから、それまではよく知らなかった。

 容姿も性格も学業成績も平凡な、どこにでもいる男の子だったけど、体育祭で一生懸命、クラスの応援旗を振って応援する姿がちょっといいなって思ってから、気になる男の子になった。

 応援旗はクラス委員4人と先生が指名した「絵がうまい生徒」の計8人がかりで遅くまで残って作った力作だった。

 トレパン、トレシャツ姿の男の子と女の子が、なぜか竜の背中に乗っている絵で、見た人は必ず「あのアニメーションのオープニングみたいだね」と言った。
 もう『まんが××むかしばなし』というワードをNG設定したくなるほど言われた。
 でも、下絵がしっかりしていたし、色使いも明るくきれいだと評判になり、応援旗のコンペでは1年生で2位になった(5クラスしかないけどね)。

 応援旗を作る係の中に、絵のうまい花田君もクラス委員の私もいて、そのとき雑談をしていたから、既に少し仲よくはなっていた。席も近いので、クラス旗作りから放免されてからも話すことは多かったけど、男子として「いいかも」と意識したのは体育祭のときだった。

◇◇◇

 同じクラスにはカナエちゃんもいて、相変わらずみんなの人気者だったけど、私自身が花田君を意識していたせいか、あんまりカナエちゃんの存在を気にしていなかった。
 これはいい傾向――などと思うことすらもちろんなく、ただカナエちゃんを「意識しないだけ」の普通の毎日だったけど、そんなときほど何か起こるのは世の常なのよ。

 私は教室の掃除当番で、花田君も同じ班だった。

 教室脇に物入れになっている部分があり、その上には水槽や花瓶が置かれていたのだが、花瓶をよけて雑巾拭きしようと思ったとき、あやまって花瓶を床に落として割ってしまった。

 ガッチャーンという派手な音に驚いた生徒たちが振り向き、クラスのお母さん的な存在の世話焼きな大塚ケイコちゃんが「大丈夫?ケガしてない?」と、ほうきとちり取りを持って近づいてきた。

「うん、それは大丈夫」
「よかったあ」
 私はケイコちゃんが破片と花をちり取りでかき取ったのを見た後、こぼれた水を拭き取った。
 ごくごくよくある些細なアクシデントで、2人が片付けているのを確認すると、ほかの人たちも自分の持ち場の掃除に戻った。

 たったそれだけのことのはずだった。

◇◇◇

 放課後、花田君が「おい、小原」と声をかけてきた。

「お前、篠田にちゃんと謝れよな」
「カナエちゃんに――何で?」
「知らないのか?あの花瓶持ってきたのは篠田だぞ。壊したんだから謝れよ」
「あ…」

 そう言われてそのときのことを思い出した。

 「ガラじゃないけど、お母さんが持ってけっていうからー」と言いつつ、白い細長い花瓶と、庭で摘んだというヤグルマギクを恥ずかしそうに飾っていたっけ。
 みんなは「似合わねー」とかいいつつ、もちろん歓迎ムードだった。
 花はその後何回か入れ替えられたけれど、あのときのヤグルマギクは、鮮やかで清潔感があって、とてもきれいな青だった。カナエちゃんによく似合う色だ。

 カナエちゃんはバレー部に入っているので、体育館に行けば会えるかもしれないが、そのためだけに行くのもピンと来ない。
 帰宅部は帰宅部らしく、帰宅後に「活動」しようと思い、「部活終わった頃…電話してみる」と答えた。
「そうしろよ。あいついいやつだから、お前を責めたりしないだろうけど、謝るのは礼儀だからな」
「そうだね…」

 正直言うと、花田君がカナエちゃんのことを「いいやつ」と褒めたことにモヤモヤを覚えたけど、こんなものはただのみっともないひがみだ。素直にわびるべきだということは分かっていた。
しおりを挟む

処理中です...