3 / 8
町のユキコ
しおりを挟む
由樹子はとある私立大学の文学部に入学した。
「大学の近くに住むと、たまり場にされるので注意」
毎月買っていた大学受験生向けの雑誌で、そんな一文を見たことがあった。
ユキコが高校まで住んでいた町にも大学があり、周辺には単身用のアパートや下宿屋も多かったので、「学校の近くに住むなんて、すごくフツーのことじゃないの?」とピンと来なかったため、逆に印象に残った。
結局、都内に住んでいる親戚にも協力してもらい、大学の最寄り駅(私鉄)から3駅離れたところに手ごろなアパートを見つけた。
3駅も離れているのに所要時間が10分程度であることと、1時間の間に何本も電車が来ることに驚いて、それを率直に口に出すと、
「ユッコちゃんのそういうとこ、純朴っぽくてかわいいけど、いちいち驚かないほうがいいよ?」と、少し年上の従兄に笑われた。
はっきりとは言っていないが、「田舎者だと思われそうなことは慎め」という意味だろうと由樹子にも分かる。
親戚とはいえ、すっきり垢抜けした男前にそう言われてちくっと胸が痛んだが、「はい、気をつけま~す」と笑顔を作って返した。
特にパッとはじけようとか、大学デビューとかを考えているわけではない。
ただ、何かにつけて田舎者扱いされたり、笑われたりするのは、由樹子としてもやはり本意ではない。
といっても、まずはひとり暮らしと大学に慣れることが第一だ。
自分プロデュースにまで頭が回らない。
***
由樹子が入学した大学は共学で、どちらかというと男子学生が多い。
文学部とはいえ、学科のせいか意外に男性優勢に見えた。
特にオシャレなイメージもなく、どちらかというとバンカラ気質だと見なされる校風だし、住んでいるアパートのある町も、田舎から出てきた由樹子から見たら十分「都会」ではあるが、野菜畑もぼちぼちあるような、のどかな風景も見られた。
そんな環境ではあるが、しゃれた高価な服に身を包み、海外ブランドのバッグを持っている学生も珍しくはない。
由樹子自身は、ファッション誌を少しだけ参考にしつつ、手持ちの服を無難に組み合わせて登校した。
化粧はあまり得意ではなかったので、軽く肌の色味を整え、色つきのリップクリームを塗る程度にした。
目も眉も全くいじっていないので、垢抜けからは程遠いが、「素朴で感じのいい子」だと好印象を持ち、男女ともに声をかけてくる学生はそれなりにいる。
同じクラスで何となく気が合うメンツは2、3カ月で何となく定まってきた。
「飲みにいこうよ!」と誘われたときは、ひょっとして自分以外はみんな成人しているのか?と本気で思い、「じゃ、タメ口利かないほうが……」などと気を回して、特に仲のいい佐恵に、恐る恐る尋ねてみた。
「え?どういう意味?」
「だってお酒って……未成年……じゃないんですか?」
「あー、そういう……やっぱユッコちゃん、かわいいねー」
佐恵を初めとする男女5、6人のグループに軽く背中を押され、学校の最寄り駅近くの居酒屋に連れていかれた由樹子は、最初はカリカリに焼かれたせんべいのようなピザや、「生臭いが何となくおいしい」小鉢をアテにコーラを飲んでいたが、勧められてごく薄い柑橘系のサワーをグラス半分だけ飲んだ。
「どう?初めてのお酒、だよね?」
「うん……悪くないね」
「わあ、言うじゃん!」
それは別に利いたふうなことを言うつもりはなく、由樹子のごく素直な感想だった。
しかし、またもグループ内ではからかいの種にされてしまった。
とはいえ、その場の雰囲気と、由樹子自身がほろ酔いだったことも手伝って、そのからかいも「へへっ」と流せる程度のものだと捉えられた。
幸いだったのは、不慣れな由樹子を酔いつぶそうというような悪人が、グループ内には存在しなかったことだろう。基本的にみんな気のいい若者である。
由樹子は学生で満員御礼の安い居酒屋の喧騒も含め、「飲み会」という場に好印象を持つことができた。
それは彼女のスケールで測れば、十分に大学デビュー的な出来事だったかもしれない。
「大学の近くに住むと、たまり場にされるので注意」
毎月買っていた大学受験生向けの雑誌で、そんな一文を見たことがあった。
ユキコが高校まで住んでいた町にも大学があり、周辺には単身用のアパートや下宿屋も多かったので、「学校の近くに住むなんて、すごくフツーのことじゃないの?」とピンと来なかったため、逆に印象に残った。
結局、都内に住んでいる親戚にも協力してもらい、大学の最寄り駅(私鉄)から3駅離れたところに手ごろなアパートを見つけた。
3駅も離れているのに所要時間が10分程度であることと、1時間の間に何本も電車が来ることに驚いて、それを率直に口に出すと、
「ユッコちゃんのそういうとこ、純朴っぽくてかわいいけど、いちいち驚かないほうがいいよ?」と、少し年上の従兄に笑われた。
はっきりとは言っていないが、「田舎者だと思われそうなことは慎め」という意味だろうと由樹子にも分かる。
親戚とはいえ、すっきり垢抜けした男前にそう言われてちくっと胸が痛んだが、「はい、気をつけま~す」と笑顔を作って返した。
特にパッとはじけようとか、大学デビューとかを考えているわけではない。
ただ、何かにつけて田舎者扱いされたり、笑われたりするのは、由樹子としてもやはり本意ではない。
といっても、まずはひとり暮らしと大学に慣れることが第一だ。
自分プロデュースにまで頭が回らない。
***
由樹子が入学した大学は共学で、どちらかというと男子学生が多い。
文学部とはいえ、学科のせいか意外に男性優勢に見えた。
特にオシャレなイメージもなく、どちらかというとバンカラ気質だと見なされる校風だし、住んでいるアパートのある町も、田舎から出てきた由樹子から見たら十分「都会」ではあるが、野菜畑もぼちぼちあるような、のどかな風景も見られた。
そんな環境ではあるが、しゃれた高価な服に身を包み、海外ブランドのバッグを持っている学生も珍しくはない。
由樹子自身は、ファッション誌を少しだけ参考にしつつ、手持ちの服を無難に組み合わせて登校した。
化粧はあまり得意ではなかったので、軽く肌の色味を整え、色つきのリップクリームを塗る程度にした。
目も眉も全くいじっていないので、垢抜けからは程遠いが、「素朴で感じのいい子」だと好印象を持ち、男女ともに声をかけてくる学生はそれなりにいる。
同じクラスで何となく気が合うメンツは2、3カ月で何となく定まってきた。
「飲みにいこうよ!」と誘われたときは、ひょっとして自分以外はみんな成人しているのか?と本気で思い、「じゃ、タメ口利かないほうが……」などと気を回して、特に仲のいい佐恵に、恐る恐る尋ねてみた。
「え?どういう意味?」
「だってお酒って……未成年……じゃないんですか?」
「あー、そういう……やっぱユッコちゃん、かわいいねー」
佐恵を初めとする男女5、6人のグループに軽く背中を押され、学校の最寄り駅近くの居酒屋に連れていかれた由樹子は、最初はカリカリに焼かれたせんべいのようなピザや、「生臭いが何となくおいしい」小鉢をアテにコーラを飲んでいたが、勧められてごく薄い柑橘系のサワーをグラス半分だけ飲んだ。
「どう?初めてのお酒、だよね?」
「うん……悪くないね」
「わあ、言うじゃん!」
それは別に利いたふうなことを言うつもりはなく、由樹子のごく素直な感想だった。
しかし、またもグループ内ではからかいの種にされてしまった。
とはいえ、その場の雰囲気と、由樹子自身がほろ酔いだったことも手伝って、そのからかいも「へへっ」と流せる程度のものだと捉えられた。
幸いだったのは、不慣れな由樹子を酔いつぶそうというような悪人が、グループ内には存在しなかったことだろう。基本的にみんな気のいい若者である。
由樹子は学生で満員御礼の安い居酒屋の喧騒も含め、「飲み会」という場に好印象を持つことができた。
それは彼女のスケールで測れば、十分に大学デビュー的な出来事だったかもしれない。
1
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる