母がだんだん消えていく

あおみなみ

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親の遺産「を」食う

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 実家は裕福ではないが、母はもともと公務員だったので、父が死んで20年、祖母(母方)が死んで18年、そこそこ厚い年金をもらい、独り暮らしてはいた。

 相次いで家族を失った00年代は、60代でまだ体も利いていたし、バイトなどしながら、友人たちとの付き合いを楽しんでいるように見えた。
 私の方は、母がそこそこかわいがっていた我が家の長女は思春期で、私たち親との関係つきあいすら微妙なのに、好きこのんで「ばあちゃんち」に行くことはなくなっていた。
 次女はまだ幼かったけれど、何度か合わせた母とはどうもそりが合わず、「…おばあちゃん、ちょっとにがて」と言われてしまっていたこともあり、私1人で出かけ、茶飲みに付き合う程度だった。

 2010年代は、2012年の乳がんを皮切りに、病気とその手術、通院治療のため、体が徐々に衰えていった。
 高齢者医療費ということで負担は少し軽めだったものの、病院までの移動のための費用も大変だった。タクシー券の補助はあったようだが、それで全部は賄えない。
 その手助けのため、夫が車を出すことはあったが、夫は夫で母と軽い確執があったため、お互い腹の探り合いだったと思う。

 去年(2021年)ぐらいまでは、「今月中有効のタクシー券があるから、明日買い物に出て、お茶を一緒に飲まないか?」と誘われたことがあった。
 そういう前向きな行動は悪いことではないので、何とか仕事を調整して同行しようとしたら、「やっぱりだるいから今日は中止」とドタキャンの電話が来た。
 かといって私の方は、まるっきりオフになったわけではなく、結局家に顔を出して「大丈夫?何か買ってくるものある?」という流れになる。

 こんなことは一度や二度ではなかった。

◇◇◇

 母は甘党で、食べることが好きで、さらに心配性だった。

 また、それが必要であるというより、「欲しいような気がする」とか「目に留まった」という理由で生協の注文書にチェックを入れまくったので、冷凍冷蔵庫にはいつもぎっしり何かが詰まっていた――というより「何かで埋まって」いた。
 買い物に自由に行けず、食べ物のストックがないと心配で仕方がないという気持ちは理解できたので、気にしつつも様子見をしていた。今思うと「食べ物がなくなったらどうしよう?」と思っていた頃は、少なくとも精神状態は健全だったんだなとしみじみする。
 
 冷凍のカレードリアとか、チルド製品のピタパンとか、いい感じのオシャレ調味料とか、飲み物とか、本当にぎっしりと詰まっていた。
 「これすごおくおいしいんだよ」と、チョコアイスバーを勧められたこともあった(何というかだった…)。

 そういえば、食べるのを大儀がるようになったときも、アイスクリームだけは自分が求めて食べたがったっけ。
 8月のある日、「アイス食べたい」と弱弱しく言うので、ハーゲンダッツの抹茶味を買ってきたら、うまいともまずいとも言わず黙々と食べていた。
 タヒチバニラと抹茶を買い、二択で選ばせたのだけれど、母のリアクションが薄すぎて、正解だったのかどうかが分からない。ただ、私が食べたタヒチバニラは、ちょっと小技がきいた味でおいしかった。

 母の面倒を自分なりに見ていたつもりだったが、状況の認識が極甘げきあまだったことは反省せざるを得ない。
 7月の3週目ぐらいだったろうか、「必要なものはその都度私が買ってくるから、もう注文やめな」と言って注文書を取り上げた。
 最初は不服そうだったが、徐々に、多少強引なことをしても文句すら出なくなっていた。

◇◇◇

 ここからは、最近の重要ミッションの一つ、「実家のお片付け」について書きたいと思う。

 寝室の片づけと並行し、冷凍冷蔵庫と食器棚の片づけをした。
 食べる人のいなくなった冷凍食品、チルド品をそのままゴミ袋にぽいぽい入れ、ガラス瓶の中のジャムやマヨネーズをかき出すだけなので、そう頭を使う作業ではない。
 野菜庫には、スイートスポットだらけのバナナ、若干味噌っぽくなったナシ(幸水)、大分柔らかくなったトマトが数個出てきた。

 大半は捨てたけれど、消費期限が残っていて未開封のものは、もったいないのでうちで消費することにした。
 既に大量のものをごみとして出しているので、フードロスがどうのこうのという意識はない(いや、罪悪感はありましたけども)。
 ただただ、「お、もうけ」くらいのノリでもらうことにした。

 よくよく考えたら、生前からそういうことをしれっとやっておけば、半量くらいのごみで済んだのかもしれない。
 私という人間は、「実家で食べ物を漁る厚かましい娘」になり切るには、また委縮していた。

 小麦粉、片栗粉、パスタといったベーシックな食材はもちろん、巨峰味のカルピス原液(大容量)、牡蠣しょうゆ、てんぷら粉、カニタマや中華丼のもと(常温)、切り餅、ちょっぴり高いよつ葉バターなどなど、使い勝手がよくて魅力的なものが結構手に入った。

 カニタマの元は、ネギやカニカマを増量してボリューミィにし、ご飯に載せて天津丼に仕立てたりできる。
 バターはパンに塗ったり、ホットケーキに載せたりしてもいいし(普段はマーガリン派だったけれど、バターはやっぱりおいしいね♪)、ホワイトソースをつくっても、やはり仕上がりが一味違う。

 粉ものは、「こんなん幾らあってもいい」の典型だから、ありがたくいろいろと利用させてもらっている。

 牡蠣しょうゆはそもそも使ったことがなかったので、どうやって食べたらおいしいだろうかとあれこれ考えたが、切り餅を焼いて、牡蠣しょうゆにワサビを少し絞って溶かしたものをつけたら、なかなか美味だった。
 しょうゆ自体に独特の味があるので、意外と刺身には向かないのではと避けているが、夫の提案で、卵がけご飯にも試してみようかということになった。

 あっという間になくなりそうだったカルピス原液が、実際には大量過ぎてなかなか減らないのが誤算といえば誤算。甘いドリンクは、そうそう何杯も続けて飲むものでないので、減り方があまり早くないのだろう。
 と言いつつ、最近は風呂上がりの楽しみでもあるし、多分ホットドリンクが恋しくなる季節までには、完全になくなるだろう。

 消費期限的には2023年、2024年なんてのも珍しくないが、多分今年中――というか、10月いっぱいぐらいには亡くなる気がする。

 母は、大量の冷凍食品(テレビディナー的なものも結構あった)からも分かるとおり、多分今年に入ってからは、電子レンジしか使っていないだろう。
 「趣味は料理」とまで言い、新聞や雑誌に載ったレシピをスクラップしたり、手書きで手控えをつくったりしていた人が、ほとんど料理というものをしなくなったのは、いつの頃だったのか。
 母がこれらを注文したとき、どんなふうに食べようと思っていたのか。
 今となっては確かめようもないけれど、自分なりの工夫で、自分と自分の家族の血肉にさせていただこうと思う。

 あ、これって「親の遺産で食っている」状態?
 いな、「親の遺産を食っている」だわね。

◇◇◇

 今にして思うと、甘党で、食いしん坊で、歌が好きだった(唐突な情報ぶっこみすみません)母を、カラオケに連れていって、ハニートーストなんか注文してみたかった。
 まだそれなりに元気だった頃、何度か考えたこともあるけれど、「いや、何かハズい」とか、「私がそこまでやる義理もないか…」とか、ごちゃごちゃ考えて実行できなかった。「ちょっとでも『やろうかな』って思ったことには絶対何か意味がある」と、今になって悔やまれる。
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