初恋ガチ勢

あおみなみ

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第58章 聡二の望み、千弦の本音【千弦と聡二 交際編】

サシ飲み

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子供は男の子で、母親を慕いました。そして、母親のゆくところへは、どこへでもついてゆきました。
小川未明『牛女』

◇◇◇

2人のその後の、すれ違いともいえないすれ違いの話。
ベースにあるのは「第57章 アパートの鍵差し上げます B 」
ずっと聡二目線です。

◇◇◇

 千弦さんの近所に越し、家が二つある半同棲のような状態になってから3カ月ほど経過した。

 まずは自治会長を紹介してもらい、自ら「入会したい」と言って驚かれた。
 アパート暮らしの単身者で、しかも大学生だと、勧誘に行っても断られたり、居留守を使われたりと、加入率は極めてよろしくない。あまつさえ自分から入りたいと言ってきた人は初めてだ、と。

 月300円の会費を1年分納め、早朝町内清掃にも積極的に参加してかいがいしく働き、4月の総会では飲みの席にもお邪魔した。
 何やら地元で顔をつなぐ若手政治家か何かのようだが、俺が感じよくすることで、もともと高そうな千弦さんの株も上がるならそれでいい。

 まあ、独特の倫理観やら価値観で(あるいはやっかみから)、俺と千弦さんの関係を何となく苦々しく思う人もいないわけではないだろうが、概ね皆さん親切で面白い普通の大人の人たちだ。あくまで謙虚に接し、勉強させてもらいたいと思う(やっぱり若手政治家だな……25歳になったらいっそ出馬するか)。

 面倒くささや気苦労が全くないと言ったらウソになるが、実は俺にはそれ以上に気になることがあった。

 つい先日、清吾が家に遊びにきた。

「店長さんには悪いんだけど、今日はお前とさしで飲みたいんだ」

 と、お気に入りらしい日本酒の一升瓶を携えてきた。

◇◇◇

「聡二。俺は君の部屋さがしに協力したぐらいだから、もちろん転居に反対だったわけじゃない。
 だからこれから俺が言うこと、悪く取らないでほしいんだけど…」
「なんだよ、随分ともったいぶるんだな」
「君がここに越してきたと種明かししたとき、店長さんが何と言ったか覚えている?」
「え……?」
「俺も礼一郎からのまた聞きだけど、最初は反対というか「どうしてそんなことをしたの?」って非難する感じだったんじゃない?」
「まあそれは……でも最終的には理解してもらったから」
「理解、ね」

 清吾は少し含みのある言い方をした後、猪口の中身をぐいっとあおってから言った。

「うーん、俺もその場にいたわけじゃないのにアレなんだけど。
 つまり『うれしい!私のためにそんなことまで!』とはならなかったんだよね?」
「それは……」

 最終的には「自分のために引っ越しまでしてくれたことをうれしく思う自分が腹立たしい」という言い方だったな、そういえば。

「それって要するに、心のどこかで聡二に無理をさせてしまったことを負い目に感じているってことだよね」
「あ……しかし俺は無理など……」
 いや、しているな。ここ3カ月の俺は、ほぼだったのだから。
 しかしそれも、千弦さんのためなら「苦労ではない」と言い切れる程度のものだ。

「もちろん俺は君たちが普通にうまくいけばいいなって思ってるよ」
「それは……どうも」
「将来的には君たちも、芽久美めぐみちゃんと大倉おおくらも結婚して、
 大倉があの仏頂面で君をお義父とうさん、なんて呼んでるところを想像したら、結構笑えるしね」
「くだらない想像をするなよ……」

 と言いつつ、満更でもない。
 もっともそういう立場になっても大倉なら「ひのきさん」と呼び続けそうだが。

「でもそのためには、店長さんが負い目を感じたままなのはよろしくないよね」
「それはそうだ!」
「これは悪手だから使うべきじゃないと思うんだけど……
 もしいろいろ迷いが生じたら、店長さんに『別れよう』って言って反応を見てみるといいよ」
「お前、急にいったい何を…」
「店長さんは君第一ファーストの人だ。絶対に君の望む答えを言ってくれる」
「……」

◇◇◇

 清吾はどちらかというと芸術家肌で直感型の男だ。

 データ分析というよりは、「そんな気がする」という判断が当たっていることが多く、あの容姿や雰囲気のせいもあり、彼が発言すれば、多くの人間が耳目を傾ける。少し預言者めいた感じさえする。

 高等部時代、芽久美について変なうわさを立てている連中に対して「みっともない」と発しただけで助けたのを目の当たりにしたときは、こいつだけは敵に回したくないとつくづく思った。
 悪く取らないでとは言ったが、一連の話は俺の胸をざわつかせるのには十分だった。

 そんな清々しない思いを抱えつつ、俺はアルバイトまでの空き時間に千弦さんの家にお邪魔した。
 すると、リビングのテーブルの上にメモが1枚置かれていた。

「チャットよりこっちの方が早そうだったので。
 ごめんなさい!
 急きょ代打でインタビューの仕事に行くことになりました。
 場所は近くなので遅くはならないけど、その後の記事まとめもせかされているので、
 ちょっと今日はご飯作れません。

 後で埋め合わせするから、ごめんなさい」

 短い文章に「ごめんなさい」が2回。
 そして「埋め合わせ」というのは、食事のしたくができないことに対してか?
 これではまるで――母親ではないか。
 俺はもちろん、そんなことで腹を立てたりしないのに、なぜこんなに低姿勢なんだ?

 歯がゆさと腹立たしさでいっぱいになる。

 嫌いになったりはしないが、愛する人に対して「よくない感情」を抱いている自分に気付き、戸惑った。
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