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第10章 もし、本当に千弦さんに会えたら【千弦と聡二】
好きな異性が物を食べる姿【聡二】
しおりを挟む「女性だけで夜歩きとは感心しませんね」
「あら。こんな時間に1人で出歩いている不良中学生に言われちゃった」
「いえ、俺はいいタイミングでした。おかげで2人のボディーガードができます」
見られてしまった以上、開き直るしかないし、実際それは本音でもある。
(神頼み前から願いがかなってしまった)
芽久美が絶妙に空気を読み、「ママ、クレープ食べたい」と言いながら、手のひらを上にして、右手を千弦さんに差し出した。
「はいはい、これが楽しみだったんだもんね」
「ママの大判焼きも買ってこようか?」
「けっ・こう・です!」
千弦さんは慣れた手つきで600円きっちり出し、芽久美に手渡した。
「ゆーっくり買ってくるから、そこにいてね」
芽久美はそう言いながら、真っ赤な手編みのマフラーを翻した。
あれはひょっとして千弦さんが作ったのだろうか。
暗い色のコートの良い差し色になっていて、なかなかかわいらしいと思った。
◇◇◇
「600円きっちりか。お母さんって感じがします」
「どういう意味?」
「うーん…小銭の使い方がうまい、無駄がない。
そして芽久美ちゃんが頼むものを知っている?」
「そうね、あの子はいつもラズベリーのを食べるから」
「千弦さんは大判焼きが好きなんですか?」
「…嫌いじゃないけど、今日はいいわ」
「なぜ?遠慮せずに召し上がったらいいのに」
「いいわよ、もうこんな時間だし。美容に悪いもの」
そういえば、千弦さんが物を食べているところを見たことがない。
食べ物を出す女性に惚れ、そこに足しげく通っているのだから、当然といえば当然だが。
「いつも俺の飲食している姿ばかり見られて、ちょっと不公平な気もします」
「え?」
「いや――何でもありません」
好きな異性が物を食べる姿を見るのは、結構特別なことかもしれない。
同級生の女子に懸想していたら感じなかった感覚だろう。
彼女らは昼の弁当を食べ、放課後の教室で菓子を食べる。
そこには何らの神秘性もないが、もしもそこに好きな女子がいたら、つい口元を見て、あれこれ想像したりするのだろう。
千弦さんがそのかわいらしい口で、大判焼きをかじっている姿を見てみたい。
「聡二君、どうかした?」
どうでもいいことを考えて、ついぼんやりしてしまったようだ。
「いや、何でもないです。その――今年はすごくいい年でした」
千弦さんが一瞬きょとんとした後、くすくす笑いながら、
「そうね。私にとってもいい年でした」
「来年もよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ――って、芽久美、もうすぐ年開けちゃうわよ!」
左手首の内側に巻い小さな腕時計に目をやり、千弦さんが声を張った。
(銀の文字盤に水色のベルト。ああいうデザインが好きなのかな)
俺は部活では、あらゆるデータの収集・分析による攻略には定評がある。対戦相手そのものではなく、周辺から集めたデータも、生かせるものは何でも生かす心づもりでいる。
しかし、恋という得体のしれないものをして、好きな女性こそが情報の固まりなのだと知った。だからずっと見つめていたくなるのだろう。
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