初恋ガチ勢

あおみなみ

文字の大きさ
143 / 231
第38章 あなたの時間をください【千弦と聡二 交際編】

海岸を歩く【聡二】

しおりを挟む

僕等は夕飯をすませた後、ちょうど風の落ちたのを幸い、
海岸へ散歩に出かけることにした。

芥川龍之介『彼』

◇◇◇

 3月末、日中はまあまあ天気がよかった(何しろずっと室内にいたので)、もうすぐ日が落ちる。
 浜風は少し冷たいが、体を密着させる口実になってちょうどいい。

 俺たちは「あの後」、結局14時ごろ遅めのランチをとった。
 作り置きしてあったライスコロッケと、ジャガイモのポタージュ、グリーンサラダだった。

「あんまり気張るのもかと思って」

 それでも悩んだ末のメニューらしい。

「これがライスコロッケですか。おいしいですね。優しい味だけどボリュームがあって腹持ちがよさそうだ」
「カレー味にしたり、チーズを入れたり、いろいろバリエーションも楽しめるし、お腹のぐあいに合わせて食べる量も調整できるし」

 桜井家は女所帯の2人家族なので、あまり大量に米を炊けないが、米は少量だといまひとつおいしく炊けない(家庭科で教わったっけかな……?)。
 そこで意識的に夕飯を多めに炊き、ライスコロッケやドリアを作り置きして、翌朝の調理を簡単にすることもあるそうだ。

「ひとり暮らしの自炊の参考にもなりそうです」
「でも、ライスコロッケは結構面倒よ」
「難しいですか?」
「決して難しくはないんだけど、手順が多くて面倒なの。餃子、ポテサラなんかもそのたぐいかな。少量だけ作りにくいというのも面倒に感じる原因の1つだけど」

 難しくはないが面倒――料理というのはけっこう奥が深いのだな。

◇◇◇

 食事が済むと、千弦さんが「ブレスレットのお礼をしたい」と言ってきた。
 6月には俺の誕生日があるので、そのときにも何らか考えてくれているのだろうが、それとは別にということか。

「そうだなあ…」
「あ、私にできそうな範囲でお願いね」

 俺がよほど悪辣そうな顔をして考えていたのか知らないが、千弦さんが少し困ったような顔で付け足してきた。

 ベッドの上ではなかなかどうして情熱的で、おいしいランチを作ってくれて、正直、既に倍返しでは利かないほどのものをもらっているのだが、確かにこれはこれで滅多にないチャンスだ。

「じゃ、まずはここで一緒にお茶を飲んでお話しして…」
「え…?」

「まずは」に対しての「え?」か、存外負担が軽いことへの「え?」か分からないが、千弦さんが小さく驚いた。

「日没までの1時間くらい、海岸を一緒に手をつないで散歩してください。それから…この界隈でご飯がおいしい店はご存じですよね?」
「そうね。安くておいしいところは幾つか」
「じゃ、そこで晩ご飯に付き合ってください。この時期の日没は例年17時50分台なので、2時間程度はとれますよね。お昼が遅かったので、海岸の散歩は腹ごなしにちょうどいいと思います」
「え…?本当にそれでいいの?」

「千弦さん、俺はからまだいいけど、調子に乗る男だったら大変ですよ」
「どういう意味?」
「要するに、今日のあなたの時間の大部分を俺にくれと言っているだけです。それを「それでいいの?」なんて言ったら、今後の付き合いにさわります。優しさに付け込まれ放題になっちゃいます」
「そうか――それは不勉強だったわね。これからでもほかの男性とお付き合いして、場数を踏むべきかな」
「それは絶対に許しません!」
「やあね、冗談に決まってるでしょ」

 おっとりした年上の可愛い人的な対応をされたかと思ったら、油断ならないことをぺろっと言う。
 たまらず興奮して声を張った俺の顔をいたずらっぽく覗き込み、「してやったり」と笑う顔が、憎らしくも愛おしいと思った。

◇◇◇

 そんなわけで、千弦さんと手をつなぎ、ゆっくりと歩きながら砂浜を歩いている。
 俺はごく普通のスニーカーだったが、浜歩きが著しくしづらいというほどではない。
 千弦さんは「デザートブーツ」と呼ばれる靴を履いていた。

「あ、そのdesert砂漠か」
「砂漠に行くことはそうそうないだろうけれど、砂浜にもちょうどいいわよね」

 女性のファッションには疎いが、いつも着ているタイプのワンピースにもよく合っている。
 髪はいつものようにまとめていたが、おろして風になびかせているところも見たかった。

「その髪飾りすてきですね。自分で編んだんですか?」
「ありがとう。シュシュっていうのよ」
「ああ、聞いたことはありますが、毛糸のはあまり見ませんね」
「100均の毛糸で簡単に編めるし、何色か作っておくと服にも合わせやすいし、秋冬はこればっかりになっちゃうかな。手抜き!って芽久美には叱られちゃうけど」
「ふふ」

 俺に抱かれ、いい意味で知性をかなぐり捨てたように乱れていた女性メスと、こんなふうにほのぼのと会話をするのは、何だか不思議な気分だった。

 彼女の体には今、俺に抱かれた記憶は残っているのだろうか。
 背中や首、腕、脚、胸――そして「彼女自身」に。
 左手を包むようにぎゅっと握って、時々親指でブレスレットの上から手首をなぞった。

(あ、やば…)

 余計なことをすると、つい「反応」してしまう。
 それでいて、密着させた体や手を離す気にはなれない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...