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第7章 雨が止んだとしても
母乳とミルク
しおりを挟むお産で入院中、病院で勉強会があった。
「赤ちゃんにおいしい母乳を与えるために大切なこと」とか、興味深いテーマなんだけど、「栄養と水分をたっぷりとって、睡眠もとって、ストレスなく」が基本らしい。
栄養と水分はともかく、睡眠は、赤ちゃんが寝てくれるか、私が寝ている間に赤ちゃんを見ていてくれる人がいない限り、時間の確保が難しそうだ。
それよりも何よりも、「ストレスなく」って、一体どういう生活をしていたら「そう」できるの?
私の今の生活にはストレスしかない。
何がストレスって、イライラしたり、さもストレスを感じたりしている様子を表に出すことを許されないのがストレスなのだ。
幸い母乳は量だけはたっぷり出たんだけど、幸奈(長女)が嫌がってなかなか飲んでくれない。
体重もなかなか増えないので、ミルクも取り入れるようになった。
「彼」の実家から、赤ちゃん用の立派な体重計が送られてきたけれど、こんなものは要らないから、「母乳もまともに飲ませられないのかい?不経済だなあ」と言う息子氏の方を何とかしてほしいが、体重計の贈り主からして、昼間バタバタとやってきて、「ダメなママでこまっちゃいましゅねー」とか、幸奈の寝顔に話しかける始末だ。
「ミルクって母乳よりブヨブヨになるんでしょ?そんな醜い赤ちゃん、抱っこしたくないんだけど」
「今のミルクはよくできてるし、そうなるとは限らない――って何かで読んだ」
「どうせミルク売らんがためのメーカーの言い逃れでしょ?君みたいな怠け者の母親を量産して、困っちゃうよね」
彼にとって、私の言うことは全て無価値だし、たとえ斯界の権威が言ったことであっても、私というフィルターを通すと価値がなくなるらしい。
「母乳を受け付けてくれないから、ミルクで栄養を補給しなければならない。赤ちゃんのために、ミルクを買うことを許してください」
と土下座してお願いしたけれど、私が悪い、無理やりでも飲ませろの一点張りだった。
そこでつい「どう頑張っても飲まないの!このままじゃ死んじゃうよ!現実を見てよ!」とつい声を張ってしまったら、
「現実が見えてないのはどっち?努力を放棄して楽することばかり考えて、本当にクズだね!」
と言いながら平手打ちされ、体のバランスを崩して倒れたところを蹴ったり叩いたりされた。
そのとき気づいたんだけど、彼が私のお腹だけは蹴らなかったのは、私がお腹をかばうような「うずくまり方」をしていたからなんじゃないかな。
無防備だったら真っ先に狙ったかもしれない。
書き起こしても伝わりにくいかもしれないけれど、彼が私に暴言を吐いたり暴力を振るったりしているとき、実はあまり怒気を感じさせない。
むしろかなり静かで、淡々としているのだ。
それがたまらなく――恐ろしい。
何が正しいのか、自分はどうすべきなのか、全く判断できない状態になっていた。
「まあいいや。クズのせいでかわいいお姫様を殺すわけにはいかないからね。
ミルクは買ってあげよう」
「…ありがとう…ございます」
「素直な君は、いくつになってもかわいいね。ずっとそういう態度の方がいいよ」
彼は私を抱きしめ、額に軽くキスをした。
(かわいいって言ってくれた!)
どんなにひどいことをされても、「かわいい」の一言だけが頭に残ったりする。
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