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タカの帰り道
赤い花の精
しおりを挟むバイパス道路は信号なしでスイスイ進めるように、ところどころが高速道路のように高架になっていました。
タカが住んでいるのは、いわゆる生活道路沿いに建ち並んだ家の1つだったので、バイパスからは数百メートル離れていましたが、バイパスの歩道に入ってしまうと、塾のある通りまで、かなり快適にノンストップで進んでいけます。
***
10月初旬なのに、道路沿いのデジタル温度計が【26度】と表示されていたある日、タカは内心「ひいっ」と思いながら、いったん自転車を止め、リュックの脇ポケットに入れていたボトルから、水をラッパ飲みしました。
夏ならむしろ涼しいぐらいの気温でしょうが、10月のこの温度は真夏に相当する体感でした。
確かに暑いとは思っていましたが、ちょうど前日までが少し肌寒かったので、服のコーディネートを読み誤ってしまったタカは、数字を突き付けられ、急にのどが渇いたような気がしたのです。
そんなところで自転車を止めることはほとんどなかったので、ゆっくり下を見下ろすと、眼下にはタカの家同様、近代的な戸建て住宅やアパートが建ち並んでいました。
いつも見ている風景でも、俯瞰で見下ろす風景はなかなか新鮮です。
タカは水を飲むついでに、「この街って、上から見るとこんな感じなんだな」「屋根の色って意外と種類が多いな」と素朴な感想をもちながら、ぼんやりと眺めていました。
すると、少し離れたところに、広い庭にたくさんの花木が植えられた白い家が建っているのが分かりました。
なぜだか孤立した雰囲気があります。
多分、他の家々が似たようなつくりで、しかもお隣同士かなり接近して建っているのに対し、そうしたブロックからほんの少しだけ離れ、山奥の「ぽつんと一軒家」ほどではないものの、何となく「ぽつん」感が否めないからでしょう。
(ああいう家にも回覧板って回るのかな?)
タカは両親に口ごたえもせず、母親の頼まれごとも全く断らない――例えば「これお隣に持っていって」と言われれば、黙って回覧板とお裾分けを持って出向くような性格だったので、そんな中学生らしからぬ発想をしました。
見事な花木といい、家のたたずまいといい、人が住んでいることは間違いなさそうです。
自分の家からもそう遠くはなさそうなのに、ご近所感のまるでない家です。
(おっ、さすがにそろそろ…)
腕時計に目を落とし、自転車を走らせる体勢に戻ろうとしたとき、「白い家」の庭に、鮮やかな赤いものが舞い出てくるのが見えました。
さらによく見ると、「赤いもの」は、風を含んで柔らく膨らんでいる女性のドレスです。着ているのは、まあ十中八九女性でしょう。
少し遠いので、何歳くらいの人かは分かりませんが、子供のサイズではなさそうです。
(あそこの家の奥さんかな。家にいるのにおしゃれなの着てるな…)
タカがそんなことを考えていたとき、赤いドレスを着た女性がこちらに顔を向けました。
(え…奥さん、じゃない?けっこう若い?)
正直顔は良く見えませんが、微笑んでいるように見えました。
庭木の1つである鮮紅色のバラ、女性のどこか浮世離れした雰囲気と、ふわふわの美しいドレス――タカは一瞬ですが本気で「あれって赤い花の精とか?」と思ったほどです。
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