短編集「めおと」

あおみなみ

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迷いスワン

【終】ぶどう池の思い出

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「心配したんだよ。どこに行っていたの?」
「ぶどう池に行ってた」

 2人が暮らす市の隣の隣の町に大きな公園があり、その中にあるのが「ぶどう池」だ。

「遠いじゃないか。電車で?」
「うん。帰りの電車時間がちょうどしなくて(**下記注)、こんな時間になっちゃったの」

 地方の鉄道事情ではありがちなことだ。

「そうか…でもなんで…」
「白鳥、いるかなって」
「バカだな、こんな季節にいるわけないだろう?」

 喜朗は徐々に謎が解けてきたことや、華が帰ってきてほっとしたこともあり、だんだん声の「とがり」がとれてきた。

「でも、何年か前、5月の連休のときいたじゃない」
「え――ああ、あったっけか、そんなこと」

 ぶどう池には毎年、越冬のためにシベリアから白鳥が飛来してくるが、当然一時的なことだ。
 そして「里帰り」の群れからはぐれてしまったような白鳥が、季節はずれの池で、カモに紛れて泳いでいることがある。

 いつだったか喜朗と華が遊びに来たとき、そんな1羽を見たことがあった。

「あの子、何だか華みたいだ」
「え、あの子?」
「白鳥だよ。居心地悪そうだけど、健気に生きてる感じできれいだね」

 喜朗は見て思ったままを言っただけなのだろうが、その言葉は華のハートを撃ち抜くには十分だった。

 そうして数カ月前、そのとき撮った写真をPCに格納してあったのを見つけ、衝動的に「スワン」が作りたくなったのだ――ということだった。

「なるほどね。でも、なら一緒に行けば…」
「今日はひとりで行きたかったの」
「何で?」
「言いたくない」
「何だよ、それ…」

 喜朗はそんな華の様子を見て、ちらりと(また「病気」か…)とチラリと思った。

 以前にも似たようなことがあった。

 まだ結婚する前だったが、たまたまちょっとした空白ブランクの後、久々に会った華が「ヨシくんも片頭痛に悩んでいたんじゃない?」と言ったのだ。
 特に心当たりのなかった喜朗が「いや別に…?」と返すと、「どうして?」と言いながら泣き出し、一緒に過ごすはずだった喜朗の部屋を出ていってしまった。

 あっけにとられたままの喜朗の部屋に数日後に届いた手紙には、こう説明されていた。

「私はお天気とヨシくんに会えない辛さのせいで片頭痛がひどかった。
当然ヨシくんもそうだと思っていたけど、私一人辛かっただけなんだね。
わがままだってわかってるけど、すごく泣けてきて。
あのときは突然ごめんなさい」

 喜朗は正直、手紙を読んで少し気味の悪いものを感じたが、惚れた弱みもあり、「華は本当に繊細なんだなあ。気をつけなくちゃ」と思い直した。


**
ちょうどする・しない
タイミングが合う・合わないといったニュアンスの方言

◇◇◇

(口でいえば分かるのに、何でそうやって不思議ちゃん風味の行動を取っちゃうかね…)

 喜朗は催促されたわけではないが、華の好きな紅茶を淹れようと、率先してやかんを火にかけた。

 華が今回のプチ家出の真相を後々話すかどうか、華本人にも分からない。神のみぞ知るところだ。

 華がしばらく1人になりたいと思った一番の理由は、喜朗がトーク番組を見ながら言った「飽きられるのが怖くないのかな」という一言だった。

 あがさを侮辱するような言い方をしたことにも腹が立ったが、そんなことは些細に思えるけど、「飽きられるのが…」の一言が、華にとっては深刻だった。

「あがささんのこと、何も知らないくせに。流行りものぐらい思ってばかにしている!」
「ヨシくんは、こんな番組見ている私に実はうんざりしているから、そんな言葉が出てくるのかな…」

 華はこの2つのことを同時に考え、ぐるぐるした状態だったのだ。

(でも、ヨシくんはそれを聞いて納得してくれるかな…しないよな…でも…)

「華、紅茶飲まない?」
「あ、ありがとう」

 案の定、喜朗は大きなマグに、ティーバッグに対して大量過ぎるお湯を入れていた。

(薄っ…味も香りも全然出てない…)

 しかしもちろん華は、黙ったまま。じっと華の顔色をうかがう喜朗に、あいまいな微笑みを返した。

【『迷いスワン』 了】
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