短編集「めおと」

あおみなみ

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もし彼女だったら

【終】再会

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 それから2年ほど経って。
 上の娘の中学校の入学を控え、制服の採寸のためにデパートに行った帰りだった。

 疲れたから休憩したいというので、カフェチェーンの「D」に入ろうとしたら、「「S」の方がメニューが好みなんだけどー」とごねられ、しぶしぶ「S」に入った。
 若い女の子や店員さんから、「おばさんとガキがシャレた店入っちゃって」とか思われてないかな、なんて人目を気にしたけど、サンダル履きの汚い格好をしたおじさんもいて、びっくりするやら、ほっとするやら。

 娘に注文を任せ、2人でナントカいう名前の甘くて冷たいものを飲んでいたら、突然知らない女性に声をかけられた。
 小太りだし、そんなに若くはないそうだけど、個性的なファッションがよく似合ってて、ちょっと含みありげな表情には見覚えがある。
「瑛子ちゃん…?」
「そう。久しぶりだね。元気だった?」
 背が高くてシュッとした感じの男の子と2人連れだ。
「これ、うちのむすこよ。東京の大学に行っていたけど、単位たっぷり取ったし、就職も決まったしで、アパート引き払って帰ってきちゃったの」
 と紹介してくれた。
 照れくさそうにぺこっとする姿が好感が持てる。顔は瑛子ちゃん似かな。

「帰ってきたってことは、瑛子ちゃんも今はこっちに?」
「うん、うちの人がこっちでちょっとエラくなって、去年かな」
「そうだったんだ…」

◇◇◇

「ママ、私、お店屋さんいろいろ見てるから、話終わったらメールちょうだい」
 娘が私たちに気を使い、自分の飲み物を飲み切ると席を外した。
 というか、おばさんの長話に付き合うのが嫌だったのかな。

 瑛子ちゃんは学校をやめた後、18歳になる前に子供を産んだ。
 そして20歳ぐらいの頃、せめて高卒の資格だけはと思い、通信制高校で足りない単位を補ったのだそうだ。
「基礎英語の中1の講座から聞き直したりしてさ。
 だから今なら英語も結構得意かも」
「なんか――すごいね」
「高校中退ってところでやっぱり色眼鏡で見る人は見るし、
 いざ働こうと思っても、就職なかなかできなくてねー。
 医療事務の資格取ったりして、今はボチボチやってるけど」
「そうなんだ。偉いね…」

 瑛子ちゃんにはいつも驚かされる。
 こんな言い方は悪いけど、私が一番驚いたのは、「とても幸せそう」ってことだ。
 妊娠して高校中退してって、悪いけど、もう私の身に起きたら人生終わりぐらいの気持ちだったかもしれない。

 私はそれを、少し言葉を選びながら、でも率直に瑛子ちゃんに言ってみた。
「私の場合、ダーリンのおかげだよ。
 30過ぎて高校生に手を出すクズみたいに思われて、
 会社でも結構いろいろ言われたらしいけど。
 もちろん今でもラブラブで、ざまーみろって感じ」
「息子さんもいい子そうだね」
「うん、自慢の子だよ。
 顔は私に似たけど、体格がダーリンに似て本当によかった」
「…旦那さん、背高いんだ?」
 私はそこで、思い出してはいけないことを思い出してしまった。

 もちろん、瑛子ちゃんがホテル行った疑惑と、その相手が孝雄だったのでは?という、高校時代のあの事件だ。

 勘のいい瑛子ちゃんは、私の表情と声音から読み取ったらしく、こんな話を始めた。
「覚えてる?高校時代、私がホテルから男と出てきたって話」
「ああ――うん」
「証拠写真がないからシラを切ったけど、多分本当に私だったんだと思う」
「…そうだったんだ」
「ま、その後あんなことになっちゃったわけだけど、あのときホテルに一緒に行った相手と結婚しただけだし、今もうまくやってるから、結果オーライなんだよね」
「え…?」
「今さら言うのもどうかと思うけど、私、佐野君とは本当に何もなかったよ」
「あ…」
 「彼、あなたがかわいくて守ってやりたくて最高だって話ばかり。もう妬けちゃうくらいにね」

◇◇◇

 しっちゃかめっちゃかになっていた毛糸がほどけたみたいに、すうっと穏やかな気持ちになった。
 私は孝雄と意見が違ったり、口論になって引いたりするたびに、「こんなとき、瑛子ちゃんだったら」と、ずっと思いながら生きてきた気がする。
 だんだん口が滑らかになり、その辺を話したら、
「何言ってんだか!」と、高校時代と変わらない調子でカラッと笑われた。

 ちなみに市議会議員選挙出馬については、
「あー、それは私も反対するわ。そんなの絶対ノリと思い付きじゃん」
 と、ばっさり斬られた。
「次の選挙が近づいて、またおんなじこと言い出したら、公約とかやりたいこととか10個くらい並べさせてみ?「どっから金出す気だ」と思うようなトンチキなこと言い出すから」
「はあ…」
 瑛子ちゃん曰く、
「何もしないで口ばかりの方が、やらかして失敗するよりまだ罪が軽い。政治なんて、家族の反対を押し切ってまでやることじゃない。それこそ真剣に政治やってる人に失礼だから」
 だそうだ。

 「瑛子ちゃんなら、孝雄のタフな相棒になれたかも」なんて、ちらっとでも思った自分が滑稽に思えた。
 孝雄に賛成できなかったことに、私が負い目を感じることはないんだ。
 
 また瑛子ちゃんは、こんなことも言った。

「私だって高校に入学したときは、普通に短大か大学に行って、チャラチャラ遊ぶのを楽しみにしていたよ」
「え?」
「でもダーリンと出会って、子供できて中退して…環境が変わったら、意見も考え方も次々変わったの」
「うん…」
「次の選挙のとき、あなたがむしろ佐野君側の考え方になっているかもしれないし、佐野君がもうそんなこと忘れているかもしれない」

 そういえば孝雄は、あの後選挙がどうのという話を全くしない。
 意識的にしないのか、何となく状況が落ち着いてきた中、どうでもよくなったのか、それは分からないけれど。

「あんまり思いつめないで、そのときのあなたの考えを佐野君に率直に言えばいいじゃない?今回だって聞いてくれたんでしょ?」
「だよね、うん。そのとおりだ」
「で、佐野君があなたを説得できるほどの何かを蓄えられていたら、佐野君は本当に議員の素質あるかもよ」
 目じりにしわがあるけれど、高校時代と変わらない表情で、瑛子ちゃんが私をからかうように言った。
「えー、まさかあ!」
 
 心が軽くなる。
 瑛子ちゃんに再会できて、そして本音が話せて本当によかった。
 私がから回っていただけだけど、これで友情復活って思っていいよね。

「瑛子ちゃん、また会える?」
「もちろん。愚痴ならいつでも聞くし、こっちのも聞いてね」

【『もし彼女だったら』 了】
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