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黒い手と赤い耳
【終】受験の朝
しおりを挟む早弓は私立と公立を1校ずつ受験することになっているが、私立が本命のため、そこに合格できたら公立は受験しないという。
その本命校は、早紀の卒業した女子校だった。
学校の進路指導では、この成績なら大丈夫と太鼓判を押され、塾では「合格圏といえるでしょうが、油断はしないように」と釘をさされた。二者で温度差はあるが、彼女の努力は報われるだろうと父としては信じたい。
受験の朝、早弓は俺に「ねえ、お守りないの?」と唐突に言ってきた。
「え、お前そういう気休めは要らないって…」
「小さいときのバクのぬいぐるみみたいに、気休めでいいんだよ。
あれは多分効いたもの」
「…覚えていたのか」
「忘れるわけないじゃん」
軽く口をとがらせた表情で、大きな双眸が、まるでにらむように俺をとらえる。
早弓は本当に早紀に似てきたなあ。
「しかし、急にお守りといってもなあ…」
「アレでいいよ、パパのダッサい耳あて」
「え、使わないんだろう?」
「使わない。あれ折り畳めるやつでしょ?カバンに入れとくだけだよ」
「ああ、なるほど」
すると俺の耳が寒くなるが、まあ、1日のことだしな。
◆◆
「ママに挨拶してから行くね」と、早弓は仏壇のある部屋に行った。
「時間大丈夫か?」
「うん、ちゃんと考えてるよ」
ちょっとした興味本位で、部屋の外から盗み聞くと、案の定、早弓は声に出して早紀の遺影に語り掛けていた。
お鈴を鳴らしながら、柏手みたいにパンパンと手を叩く癖もいつもと同じ。神社じゃないんだから変だと指摘しても、どうも癖になっているようだ。
社会に出て恥をかく前に、何とかやめさせないとな。
「今日、ママの学校受験します。きっと合格するから楽しみにしててね」
あと、パパもすごく頑張ってるよ。今度夢にでも出て褒めてあげてね」
あいつまさか、俺が盗み聞いているのを知っていて、わざと言っているんじゃないか?父はそんなことをされたら…
「パパが私のパパでよかった。ママ、パパと結婚してくれてありがとう。
行ってきます!」
駄目押しまでするか、この娘は(嗚咽)。
【『黒い手と赤い耳』 了】
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