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黒い手と赤い耳
あとがき
しおりを挟む「黒い手と赤い耳」を読んでいただき、ありがとうございます。
これはもともと、ほかの小説サイトのユーザー自主企画「手袋 耳当て(イヤーマフ) ???」という三題噺に乗っかって書いたものです(???の部分は単に失念しました)。
◆◆
父と娘の二人暮らしが描かれた傑作創作物は数多あります。
途中で大した理由もなく読むのをやめてしまったのですが、榛野なな恵さんの『Papa told me』が大好きでした。
家事能力が高く、稼ぎも悪くないイケメン小説家の父親「的場信吉」と、若くして病死した美しい妻にそっくりな娘「知世」(しかも活発で聡明でお友達もたくさん)の、どこかユーモラスで、しかもおしゃれで、お互いへの思いやりにあふれた微笑ましい生活スケッチですが、もちろん、それなりに悩みもトラブルもあります。
衣食足りてナントヤラってやつで、この2人を見ていると、「超お金持ちでなくてもいいから、そこそこ稼いで、積極的に「自分のしたい生活」ができるというのは、人間性を豊かにしてくれるものだな…」と素直に思えます。
そもそもが若い女性が主要読者層である雑誌の連載だったので(私も読み始めた頃は「若い女」でした)、「かわいい服を着ていて、おいしい食事をとり、おしゃれなスイーツを携えてくる人がいる」という生活描写がウケるのは当然ですが、それらがカタログ的に出てくるだけでなくて、それらが知世ちゃんという少女の人格形成に役立っているのがうかがえました。
知世ちゃんは信吉の妹「百合子」と大の仲良しです。何しろ叔母ですから、年齢的には母娘といってもいいような離れ方ですが、マブダチといっていいほど対等に会話している描写がしばしば出てくるので、知世ちゃんのキャラを生意気でいけ好かないと捉える向きもあるようですが、子供同士でも、大人同士でも、大人と子供でも、ストレスなくあれこれ話し合える相手がいるというのはかなり貴重なので、私はこの2人の関係を微笑ましいというよりも、うらやましいと思って読んでおりました。
それはさておいて。
『コリーナ、コリーナ』(1994)というアメリカ映画をご存じでしょうか。
ウーピー・ゴールドバーグが裕福な父子家庭の家政婦として働き、母の死でショックを受けて口を利かなくなった娘ちゃんと心を通わせ、いつしか父も彼女に惹かれ…的な展開のお話です。ゴールドバーグは『天使にラブ・ソングを…』や『ゴースト』で見られたパワフルなおばちゃんではなく、知的で心優しい家政婦を好演していました。
この映画でとても印象的だったシーンがありまして。
どういうきっかけだったか忘れたのですが、母(妻)の死を嘆き悲しむ父娘に家政婦が「どうして私を置いて死んでしまったんだ――という怒りを率直に出したら?」的な提案をします。それを受けて父娘は、「ママのばかーっ」などと叫びつつ、クッションを投げたり叩いたり、ひと暴れするのでした。
よくよく考えると、若干怪しいセラピー的なやり方ではあるのですが、父娘にはこれで多少「吹っ切れた」感が出たのでした。
「死んでしまったのは本人のせいではないけれど、あなたがそばにいてくれたら、こんなに悲しい、寂しい思いはしないで済むのに」という、理不尽な恨みや怒りというのも確実にあるでしょう。
拙作『黒い手と赤い耳』でも、そんなやり切れない気持ちを表現したかったのですが、人が暴れる描写というのがうまくいかず、何よりピンと来ず、父が母について(愛ゆえの)勝手な解釈をするというものに置き換えました。
正解ではないかもしれない想像や妄想による「自分の中の正解」もまた、人間をじゅうぶん支えてくれるものと信じています。
◆◆
長々と書きましたが、要するに『Papa told me』も『コリーナ、コリーナ』もお勧めです。
『コリーナ、コリーナ』の監督・脚本を担当したジェシー・ネルソン(ウィキペディアでは英語版にしかページがなく、日本語版だと全くの別人にリンクされているので要注意!)は、2001年に『アイ・アム・サム』を撮った人です。こちらも父子家庭を描いた作品ですが、知的障害者である父サムを演じたショーン・ペン、あくまで賢く愛くるしい娘メーシー役のダコタ・ファニング、全編ビートルズのカバー曲が使われたサントラなど、話題性も高かったので、ごらんになった方も多いのでは?
ただ、ややネタばれ的なことを言うと、大和和紀さんの読み切り漫画『杏奈とまつりばやし』の方がテーマが近いかもしれません(どこを「ネタバレ」と捉えるかは、ここに書いていいものかどうか分からないので省略します)
いや、やっぱり書こうかな。7行ぐらいブランク置きます。
映画の中では明言されていなかったと思いますが、サムはルーシーの実の父ではない――と、原作では書かれているようです。世知辛いことを言えば、純粋でお人よしのサムが、ホームレスの女性に利用されただけであると。
サムは(ルーシーを産み捨てた母親の)お産に、仕事を抜け出して立ち合っていました。血のつながりの有無など関係なく、そんな彼はそのとき既に「父の顔」をしていました。
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