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1章
第21.5話 蠢く悪意
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センに助けて欲しいと泣きごとを言ってしまってから数時間が経ち、晩御飯を食べ終わった頃、1人の甲冑を着けた騎士が私たちの下を訪れた。
「センから護衛の依頼を聞いて天空騎士団から来ました、ジェイ・クロフォードと申します。よろしくお願いします」
そう名乗ってお婆さまと私に一礼したクロフォードさんを見て、内心驚いていた。
まさか話をした当日中に来てもらえると思っていなかったから、と言うのが一つ。
もう一つは、本当に彼――センが天空騎士団に所属していたと言う事に改めて衝撃を受けたから。
別に嘘だと思っていたわけではないけれど、天空騎士団といえば一番近くにあるというだけでなく、国内でも指折りの騎士団だということは私でも知ってる。
しかも、騎士団は通常成人した18歳以上しか入団しないのが、通例だったはず。
だから、クロフォードさんにセンが入団した経緯についての聞いたのは、自然な事だったと思う。
「センがどうして騎士団に入ったか……ですか? んー、まぁアイツも色々あっただろうからなぁ」
「色々、ですか?」
「まぁ、そうですね。詳しい話はアイツから聞くのがいいと思いますが、アイツもあんな形《なり》して色々苦労してるんすよ」
肩をすくめながら、クロフォードさんは苦笑すると、警護に関する相談をお婆さまにした後、教会の外で見張り番をすると言って出て行ってしまった。
一方の私はお婆さまに挨拶とお祈りを終えた後、自室に戻ってベッドに腰掛けて考え事をする。
――考えるのは、彼のこと。
出会ったその瞬間から、私に温かい感情を向けてくれた彼。
ただその感情は俗に言う一目惚れとかそう言うのとはどこか違って、もっと深く少しだけ哀愁の様な感情を含んでいた。
なぜそんな感情を持ったのか、私にはまるでわからない。
それどころか私は、彼がこれまでどんな風に生きて来たのか、彼がどんな考えを持って生きているのか、彼がどうして私たちを助けようとしてくれるのかも分からない。
……心を読める反動だからだろうか?
勝手に相手の事を分かっていたつもりになっていたけれど、全然相手のことを分かってなんていない事に気づく。
――彼とまたあったら、もっと色々お話しようかな。
そんな事をベッドで横になりながら考えていると、外が騒がしい気がして小さなガラス戸を開け――背筋が寒くなるのを感じた。
日中に人々が押し寄せてきた時、私たちは突然の弾劾から恐怖と悔しさを感じていたけれど、センから彼らが押し寄せてきたのは呪具の力によるものだと聞き、僅かに安心すると共により深い恐怖を感じた。
人の心に直接干渉することが出来るものがどれだけ悍ましい物かを、私が誰よりも知っていたから。
――そして、今窓の外から聞こえる声と彼らの心の声は、昼の時と同じかそれ以上に多い様に思えたから。
咄嗟にベッドから立ち上がった私は、心の命じるままに部屋を出た所で、お婆さまも丁度出てくる。
「ユフィ……あなたは危ないから、部屋に戻っていなさい」
そっとお婆さまに頭を撫でて諭されるけど、首を横に振る。
「私も一緒に行かせてください」
私が頭を下げると、少しの間があったけれど……お婆さまは頷いてくださった。
「この異教徒ども、即刻この場所から立ち去れ!」
「神を冒涜する者どもめ!」
外に出ると、午後に聞いたのと全く同じ内容を叫ぶ人々の怨嗟の声が聞こえてきた。
しかも彼らは昼の時とは違い、手にナタやクワなど農具を携えている。
そんな異様とも言える人々の様子を見て、クロフォードさんは既に刀を抜き放ち構えていた。
「話には聞いてたが、本当に操られてるみたいだな……って、アンタらは危ないから教会の中に戻ってろ!」
「……せっかく外に出て来たのに、また戻られては困りますね」
クロフォードさんの声が聞こえたと同時、悪意を含んだ声が聞こえて――私は瞬時に瞳を開くと、お婆さまを押し倒した。
直後、耳元で何かが振われた音が響く。
「ほぅ、今のを避けますか。気配を消してからの完璧な奇襲だったと思ったのですが、流石は魔眼と言ったところでしょうか?」
暗闇の中から青髪の男性が姿を表すと共に、ゾロゾロと黒い狼の様な獣達が10体以上現れる。
加えて武器や松明を持った30人以上の人たちが、教会を取り囲んでいた。
「まさかこんなに早くに騎士団が動くとは思いませんでしたよ……あのガキが騎士団員と言うのは、どうやら本当だったみたいですね」
薄笑いを浮かべる青髪の男性に対し、対峙したクロフォードさんが苦笑する。
「俺もまさか、警護初日からこんな事になるとは思ってなかったわな。ま、間一髪で間に合ったとも言えるか」
クロフォードさんは、私達を守る様にさらに一歩前へ出ると、改めて刀を握り直した。
「しかし、あなた1人増援に来たところで何が出来ると言うんです? これが最後です、大人しく遺物を渡しなさいシスター」
お婆さまに向けて、青い髪の神官服の男性が、薄気味悪い笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
それを見て私は、閉じていた瞳を開く。
同時に幾つもの思考が頭に割り込んでくるけれど、感情の海から不要なものを無視してただ1人に注力すると、相手の思考が鮮明になってくる。
『遺物を手に入れたら、この3人は速やかに始末して、教会ごと燃やすとしますか』
そう青髪の神父が考えている事に気づき、声をあげようとした所でお婆さまに止められる。
「あなた達の様な人に遺物を渡すつもりは、毛頭ありません。私が知らないと思っているのですか? あなた方天神教会が、各地の教会から強引な方法で遺物を簒奪《さんだつ》して回り、よからぬ事を企んでいることを」
お婆さまが力強く告げると、彼らの感情が僅かに揺れたのが見えた。
「何を根拠のない事を……。しかし、その発言は我々天神教全てを敵に回すものと理解してのものでしょうね?」
鋭い瞳で睨みつけてくる神父に、わずかに体が硬くなっていると……お婆さまが後ろ手に小さな箱を手渡してくる。
――これは一体?
そう思いお婆さまの方を見ると温かい、包み込むような感情が流れてくる。
『ユフィ……私の愛しのユフィ。もし私の心を読めているのであれば、どうかあなただけでもソレを持って逃げて』
その感情を読み取ると同時、軽くお婆さまは私の手を握ると、すぐに手放した。
「クロフォードさん、大変申し訳ないのですがユフィを……」
そうお婆さまが口走った所で、鎌を持って動く人影があった。
「……させるかっ!」
悪意を持って振われた刃物に、思わず体が硬直していると、眼前で火花が散り、迫っていた刃物が弾かれた。
「っ」
思わず目の前で起きた事に息を飲んでいると、男性のうめき声が聞こえて目を向ければ、鎌を持っていた人の腕が半ばから切り裂かれている。
宙を舞う真っ赤な鮮血に、思わず二の足を踏んでいると、すぐそばから声をかけられた。
「嬢ちゃんは天空騎士団の敷地まで逃げろ! 安心しな、お婆さんは後で送り届けてやっから」
血のついた刀を払いながら、クロフォードさんが笑ったのが伝わってくるけれど……彼の感情に、僅かな焦りがある事がわかる。
同時にここに私がいてもクロフォードさんの邪魔にしかならないのは分かったけど、でも……。
咄嗟に、お婆さまへ顔を向ける。
「ユフィ、大丈夫よ。私も必ずあとで行きますから」
そう言ってお婆さまは、そっと私の髪を撫でてくれる。
お婆さまも、この状況が怖くないわけじゃない……でも、お婆さまが私の事を考えてくれていることは痛いほど伝わってくるから……。
だから、自分の気持ちを押し殺すと、手を強く握りしめる。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉を残して、お婆さまとクロフォードさんに背を向けて走り出す。
「その小娘を狙え! 絶対に逃すな!」
そう青髪の神父が言うと同時、3人の男性が私に対して武器を振り下ろそうとしてきて――。
「悪いが、加減は出来ねえぞっ」
クロフォードさんが言葉を紡いだときには、既に3人が血を吐き出しながら倒れていた。
「後ろは振り返らず走れっ!」
その言葉が消えた数瞬前には、私は駆け出していた。
直後、背後から聞こえてくる剣戟音に思わず振り返りかけるけれど後悔を捨て、靴が片方脱げてしまったのも構わず、丘を駆け降りた。
――お婆さま、クロフォードさん、どうか待っていてください、私が必ず助けを呼びますから。
「センから護衛の依頼を聞いて天空騎士団から来ました、ジェイ・クロフォードと申します。よろしくお願いします」
そう名乗ってお婆さまと私に一礼したクロフォードさんを見て、内心驚いていた。
まさか話をした当日中に来てもらえると思っていなかったから、と言うのが一つ。
もう一つは、本当に彼――センが天空騎士団に所属していたと言う事に改めて衝撃を受けたから。
別に嘘だと思っていたわけではないけれど、天空騎士団といえば一番近くにあるというだけでなく、国内でも指折りの騎士団だということは私でも知ってる。
しかも、騎士団は通常成人した18歳以上しか入団しないのが、通例だったはず。
だから、クロフォードさんにセンが入団した経緯についての聞いたのは、自然な事だったと思う。
「センがどうして騎士団に入ったか……ですか? んー、まぁアイツも色々あっただろうからなぁ」
「色々、ですか?」
「まぁ、そうですね。詳しい話はアイツから聞くのがいいと思いますが、アイツもあんな形《なり》して色々苦労してるんすよ」
肩をすくめながら、クロフォードさんは苦笑すると、警護に関する相談をお婆さまにした後、教会の外で見張り番をすると言って出て行ってしまった。
一方の私はお婆さまに挨拶とお祈りを終えた後、自室に戻ってベッドに腰掛けて考え事をする。
――考えるのは、彼のこと。
出会ったその瞬間から、私に温かい感情を向けてくれた彼。
ただその感情は俗に言う一目惚れとかそう言うのとはどこか違って、もっと深く少しだけ哀愁の様な感情を含んでいた。
なぜそんな感情を持ったのか、私にはまるでわからない。
それどころか私は、彼がこれまでどんな風に生きて来たのか、彼がどんな考えを持って生きているのか、彼がどうして私たちを助けようとしてくれるのかも分からない。
……心を読める反動だからだろうか?
勝手に相手の事を分かっていたつもりになっていたけれど、全然相手のことを分かってなんていない事に気づく。
――彼とまたあったら、もっと色々お話しようかな。
そんな事をベッドで横になりながら考えていると、外が騒がしい気がして小さなガラス戸を開け――背筋が寒くなるのを感じた。
日中に人々が押し寄せてきた時、私たちは突然の弾劾から恐怖と悔しさを感じていたけれど、センから彼らが押し寄せてきたのは呪具の力によるものだと聞き、僅かに安心すると共により深い恐怖を感じた。
人の心に直接干渉することが出来るものがどれだけ悍ましい物かを、私が誰よりも知っていたから。
――そして、今窓の外から聞こえる声と彼らの心の声は、昼の時と同じかそれ以上に多い様に思えたから。
咄嗟にベッドから立ち上がった私は、心の命じるままに部屋を出た所で、お婆さまも丁度出てくる。
「ユフィ……あなたは危ないから、部屋に戻っていなさい」
そっとお婆さまに頭を撫でて諭されるけど、首を横に振る。
「私も一緒に行かせてください」
私が頭を下げると、少しの間があったけれど……お婆さまは頷いてくださった。
「この異教徒ども、即刻この場所から立ち去れ!」
「神を冒涜する者どもめ!」
外に出ると、午後に聞いたのと全く同じ内容を叫ぶ人々の怨嗟の声が聞こえてきた。
しかも彼らは昼の時とは違い、手にナタやクワなど農具を携えている。
そんな異様とも言える人々の様子を見て、クロフォードさんは既に刀を抜き放ち構えていた。
「話には聞いてたが、本当に操られてるみたいだな……って、アンタらは危ないから教会の中に戻ってろ!」
「……せっかく外に出て来たのに、また戻られては困りますね」
クロフォードさんの声が聞こえたと同時、悪意を含んだ声が聞こえて――私は瞬時に瞳を開くと、お婆さまを押し倒した。
直後、耳元で何かが振われた音が響く。
「ほぅ、今のを避けますか。気配を消してからの完璧な奇襲だったと思ったのですが、流石は魔眼と言ったところでしょうか?」
暗闇の中から青髪の男性が姿を表すと共に、ゾロゾロと黒い狼の様な獣達が10体以上現れる。
加えて武器や松明を持った30人以上の人たちが、教会を取り囲んでいた。
「まさかこんなに早くに騎士団が動くとは思いませんでしたよ……あのガキが騎士団員と言うのは、どうやら本当だったみたいですね」
薄笑いを浮かべる青髪の男性に対し、対峙したクロフォードさんが苦笑する。
「俺もまさか、警護初日からこんな事になるとは思ってなかったわな。ま、間一髪で間に合ったとも言えるか」
クロフォードさんは、私達を守る様にさらに一歩前へ出ると、改めて刀を握り直した。
「しかし、あなた1人増援に来たところで何が出来ると言うんです? これが最後です、大人しく遺物を渡しなさいシスター」
お婆さまに向けて、青い髪の神官服の男性が、薄気味悪い笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
それを見て私は、閉じていた瞳を開く。
同時に幾つもの思考が頭に割り込んでくるけれど、感情の海から不要なものを無視してただ1人に注力すると、相手の思考が鮮明になってくる。
『遺物を手に入れたら、この3人は速やかに始末して、教会ごと燃やすとしますか』
そう青髪の神父が考えている事に気づき、声をあげようとした所でお婆さまに止められる。
「あなた達の様な人に遺物を渡すつもりは、毛頭ありません。私が知らないと思っているのですか? あなた方天神教会が、各地の教会から強引な方法で遺物を簒奪《さんだつ》して回り、よからぬ事を企んでいることを」
お婆さまが力強く告げると、彼らの感情が僅かに揺れたのが見えた。
「何を根拠のない事を……。しかし、その発言は我々天神教全てを敵に回すものと理解してのものでしょうね?」
鋭い瞳で睨みつけてくる神父に、わずかに体が硬くなっていると……お婆さまが後ろ手に小さな箱を手渡してくる。
――これは一体?
そう思いお婆さまの方を見ると温かい、包み込むような感情が流れてくる。
『ユフィ……私の愛しのユフィ。もし私の心を読めているのであれば、どうかあなただけでもソレを持って逃げて』
その感情を読み取ると同時、軽くお婆さまは私の手を握ると、すぐに手放した。
「クロフォードさん、大変申し訳ないのですがユフィを……」
そうお婆さまが口走った所で、鎌を持って動く人影があった。
「……させるかっ!」
悪意を持って振われた刃物に、思わず体が硬直していると、眼前で火花が散り、迫っていた刃物が弾かれた。
「っ」
思わず目の前で起きた事に息を飲んでいると、男性のうめき声が聞こえて目を向ければ、鎌を持っていた人の腕が半ばから切り裂かれている。
宙を舞う真っ赤な鮮血に、思わず二の足を踏んでいると、すぐそばから声をかけられた。
「嬢ちゃんは天空騎士団の敷地まで逃げろ! 安心しな、お婆さんは後で送り届けてやっから」
血のついた刀を払いながら、クロフォードさんが笑ったのが伝わってくるけれど……彼の感情に、僅かな焦りがある事がわかる。
同時にここに私がいてもクロフォードさんの邪魔にしかならないのは分かったけど、でも……。
咄嗟に、お婆さまへ顔を向ける。
「ユフィ、大丈夫よ。私も必ずあとで行きますから」
そう言ってお婆さまは、そっと私の髪を撫でてくれる。
お婆さまも、この状況が怖くないわけじゃない……でも、お婆さまが私の事を考えてくれていることは痛いほど伝わってくるから……。
だから、自分の気持ちを押し殺すと、手を強く握りしめる。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉を残して、お婆さまとクロフォードさんに背を向けて走り出す。
「その小娘を狙え! 絶対に逃すな!」
そう青髪の神父が言うと同時、3人の男性が私に対して武器を振り下ろそうとしてきて――。
「悪いが、加減は出来ねえぞっ」
クロフォードさんが言葉を紡いだときには、既に3人が血を吐き出しながら倒れていた。
「後ろは振り返らず走れっ!」
その言葉が消えた数瞬前には、私は駆け出していた。
直後、背後から聞こえてくる剣戟音に思わず振り返りかけるけれど後悔を捨て、靴が片方脱げてしまったのも構わず、丘を駆け降りた。
――お婆さま、クロフォードさん、どうか待っていてください、私が必ず助けを呼びますから。
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