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1章
第22話 狼煙
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日もすっかり更けて、時計が0時近くを指し示した頃、俺は自室のベッド……ではなく、街と騎士団の島とを繋ぐ橋の見張り台の上にいた。
「おい、こんな所にいていいのか?」
見張りの任についている先輩の団員から尋ねられて、オレは誤魔化す。
「ちょっと、今日は胸騒ぎがして……」
「何だそりゃ。まぁ、俺としちゃあ暇な見張りの任務で話し相手が居んのはありがてぇけどよ、その年から夜更かししてるとデカくなれねぇぞ」
「ははは……」
軽く先輩の言葉を流しながら見るのは、教会のある方角。
まさか、今日何かがあるとは思えなかったけれど、ジェイに迷惑をかけてる手前、自分だけ安穏と眠っているのも座りが悪かった。
「はぁ。まぁ眠れねえってんなら、晩酌……じゃなくて、なんか飲み物でも持ってきてやろうか?」
「いや、良いっすよ……ってアレ?」
視界の先が何やら靄がかかっている様に見えて、咄嗟に目を擦るが見間違えではない。
「おい、どうかしたかセン?」
しかも煙はだんだんと濃くなっている気がして……チラッと赤い火種の様なものが見えた瞬間、俺は物見台から飛び降りていた。
「おい、セン!」
アレは……教会が燃えてる?
その考えが頭をよぎった瞬間には、全魔力を足に総動員して走り始めていた。
背後から先輩の声が聞こえた気がしたが、そんなことを気にするよりもオレは、胸騒ぎに突き動かされるまま街を全力疾走する。
誰も居ない街並みは不気味で、殆ど明かりも無かったが、だからこそ誰かにぶつかる心配もせず全力で駆け抜ける。
――ユフィ、ジェイ、シスター、無事でいてくれ!
ジェイに護衛の依頼をしてしまった後悔と、幾度となく見てきた未来のユフィの亡骸に心が埋め尽くされそうになりながら、タイルを踏み抜く勢いで前へと進む。
「どうか、無事で!!」
街を抜け、丘の麓に差し掛かったところで、上から降りてくる人影が見え――。
「ユフィ!?」
声をあげながら、猛烈なスピードで進んでた体を、地面を削りながら急停止させる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……セ……ン?」
所々汚れたローブの先はほつれ、美しい銀の髪を振り乱していたものの、そこに居たのは紛れもなくユフィだった。
しかも彼女はどこかで靴を無くしたのだろう、両足とも裸足で石や木々を踏んで走ったせいか血を流していた。
「何が……いや、ジェイとシスターは無事なのか?」
そう尋ねると、今にも崩れ落ちそうなユフィが、これまでに見たことが無い――涙をその美しい瞳に溜めながら、オレを見てきた。
「お、ばあさ、まを……クロ、フォードさんを、助けて!」
そう言われた瞬間、全身の血が沸騰したのを感じる。
胸の内の心臓が脈動し、猛烈な勢いで振動するのを感じる。
「……わかった。ユフィは騎士団のところへ」
左胸を握りしめて、怒りとも後悔とも知れない感情を抑えながら諭すように言う。
「センは?」
「オレは2人を助けたら、ユフィのもとに……みんなの所へ戻るよ」
――オレが、ジェイにあんな事を言わなければっ……。
そんな考えが脳裏を過るが、血が滲むほど唇を噛み締めて押し留める。
すると、ユフィはオレの事を月夜に照らされた金色の瞳で見てきて――一瞬言葉を失う。
着衣は汚れ、髪は乱れていたけれども、星々に照らされた彼女が余りにも美しくて、神秘的で……。
「……絶対に、戻ってきて」
ユフィはそれだけ言うと、そっとオレの胸に手を当てた。
同時に、ユフィの手を中心に活力が漲り――力強く頷いた。
「任せて。絶対に戻るから」
それだけ言うとオレは、ユフィの下って来た丘を全力で駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
木々の間を抜け最短、最速で教会への道を走る。
同時、引き伸ばされた感覚は鼻の奥に異臭と血の匂いを、耳には大気が焼け弾ける音を届けてくるが、それすらも振り払うように前へと足を運ぶ。
――はやく、速く、夙《はや》く、疾《はや》くっ!
足が千切れる様な錯覚に陥りながらも駆け抜けた時――目の前にあったのは、オレが知るものから変わり果てた風景だった。
存在したはずの教会は半ば以上焼け落ち、周囲には人々や狼の様な獣が倒れていた。
――キンッ。
教会の裏手から金属同士がぶつかり合うような音と、鼻に突き刺さるような血の匂いを感じて、そちらへ回り込み……全身の血が引いた。
「まったく、そんな状態でも貴方はまだ粘るんですか?」
耳障りな音が聞こえてくる。
「……がはっ。わりぃな、嬢ちゃんと……弟ぶんに約束、しちまったんだわ」
血反吐と共に、最近耳慣れた軽薄な声が聞こえてくるが……ソレは普段とは違い、ひどく喋りづらそうで。
「ジェイ……?」
目の前――所々返り血を浴びているシスターの前に立つ人影……体の至る所に武器が突き刺さったその姿に声をかけると、掠れた声が返ってくる。
「っはぁ。ばか、なに来てんだ。さっさと逃げろ」
普段とは違う弱々しい声をあげるジェイだが、その顔は青白かったもののいつもの軽薄な笑みを浮かべていて……。
「……っ、すいません。私を庇ってこんな事に」
そう言ったシスターも所々、切り傷を負ったのか怪我をしている。
「はぁ、もう増援が来たのですか……部下も全員やられてしまいましたし、そこのガキだけ殺したら帰るとしますか」
「……やらせる、か」
「死に損ないは黙っていて下さい」
黒い槍が神父姿の男の手の中で形成され――ジェイへ向けて打ち出される。
「あああああああああっ」
腰に差したナイフを引き抜くと、甲高い音ともに槍を弾き返す。
「お前は……絶対に、許さない」
ナイフを持った右手を引き、左手を突き出した構えを取り、半身の状態で腰を下ろすと――右足が爆発する勢いで地面を蹴り抜く。
相手の股下を通るほどの低い姿勢からの、全力の斬撃は間違いなくガラ空きの胴体を穿つはずだったが……硬い感触に阻まれた。
「バカですか? キサマ程度の攻撃が届くとでも思ったのか?」
その言葉とともに、視界の端で足が動き、シスターの悲鳴が耳に届く。
「センさん!」
直後、オレは燃えさかり崩壊する教会に叩きつけられていた。
「がっ……」
背中を強烈に打ちつけたせいで、肺から空気が漏れていき、全身に痛みが広がっていく……だが口元を拭いながらすぐに立つと、構えを取る。
「立ち上がった所で」
そんな神父の耳障りな声と共に、魔法陣が展開されていき、オレへと照準が定められる。
ソレを見て、こちらも魔法陣を展開していく。
「穿ちなさい、鉄槍!」
「疾れ、雷槍!」
暗闇の中魔法の槍が交錯し、火花を散らす。
激しい光が闇夜を照らす中、それに乗じて奴の背後を取ろうと移動するが……。
「遅い、遅すぎる!」
神父の纏った手甲がオレの頭に振り下ろされ、ソレをなんとかナイフで受け止める。
左右、両手足から放たれる高速の打撃。
ソレの鋭さは間違いなくオレの斬撃を上回ってあまりあり、一瞬の交錯にも関わらず3発も被弾する。
「はぁっ……はぁっ……」
汗が伝い落ち、体の至る所にはすでに打撃による衝撃で、感覚が麻痺していた。
――なんとか致命的な攻撃は避けているが、それもいつまでもつか……。
しかも、神父の方は汗一つかいた様子がない。
「セ……ン、にげ……ろ」
背後から、ジェイのそんな声が聞こえたが、オレはソレを無視する。
誰が、兄貴分をここまでやられて黙っていられるだろうか。
誰が、人の大切なものを平気で傷つける連中を見て引き下がれるだろうか。
誰が――好いた女の涙の原因を、許せるだろうか?
「来いよエセ神父、テメェはぜってえ許さねえ」
「おい、こんな所にいていいのか?」
見張りの任についている先輩の団員から尋ねられて、オレは誤魔化す。
「ちょっと、今日は胸騒ぎがして……」
「何だそりゃ。まぁ、俺としちゃあ暇な見張りの任務で話し相手が居んのはありがてぇけどよ、その年から夜更かししてるとデカくなれねぇぞ」
「ははは……」
軽く先輩の言葉を流しながら見るのは、教会のある方角。
まさか、今日何かがあるとは思えなかったけれど、ジェイに迷惑をかけてる手前、自分だけ安穏と眠っているのも座りが悪かった。
「はぁ。まぁ眠れねえってんなら、晩酌……じゃなくて、なんか飲み物でも持ってきてやろうか?」
「いや、良いっすよ……ってアレ?」
視界の先が何やら靄がかかっている様に見えて、咄嗟に目を擦るが見間違えではない。
「おい、どうかしたかセン?」
しかも煙はだんだんと濃くなっている気がして……チラッと赤い火種の様なものが見えた瞬間、俺は物見台から飛び降りていた。
「おい、セン!」
アレは……教会が燃えてる?
その考えが頭をよぎった瞬間には、全魔力を足に総動員して走り始めていた。
背後から先輩の声が聞こえた気がしたが、そんなことを気にするよりもオレは、胸騒ぎに突き動かされるまま街を全力疾走する。
誰も居ない街並みは不気味で、殆ど明かりも無かったが、だからこそ誰かにぶつかる心配もせず全力で駆け抜ける。
――ユフィ、ジェイ、シスター、無事でいてくれ!
ジェイに護衛の依頼をしてしまった後悔と、幾度となく見てきた未来のユフィの亡骸に心が埋め尽くされそうになりながら、タイルを踏み抜く勢いで前へと進む。
「どうか、無事で!!」
街を抜け、丘の麓に差し掛かったところで、上から降りてくる人影が見え――。
「ユフィ!?」
声をあげながら、猛烈なスピードで進んでた体を、地面を削りながら急停止させる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……セ……ン?」
所々汚れたローブの先はほつれ、美しい銀の髪を振り乱していたものの、そこに居たのは紛れもなくユフィだった。
しかも彼女はどこかで靴を無くしたのだろう、両足とも裸足で石や木々を踏んで走ったせいか血を流していた。
「何が……いや、ジェイとシスターは無事なのか?」
そう尋ねると、今にも崩れ落ちそうなユフィが、これまでに見たことが無い――涙をその美しい瞳に溜めながら、オレを見てきた。
「お、ばあさ、まを……クロ、フォードさんを、助けて!」
そう言われた瞬間、全身の血が沸騰したのを感じる。
胸の内の心臓が脈動し、猛烈な勢いで振動するのを感じる。
「……わかった。ユフィは騎士団のところへ」
左胸を握りしめて、怒りとも後悔とも知れない感情を抑えながら諭すように言う。
「センは?」
「オレは2人を助けたら、ユフィのもとに……みんなの所へ戻るよ」
――オレが、ジェイにあんな事を言わなければっ……。
そんな考えが脳裏を過るが、血が滲むほど唇を噛み締めて押し留める。
すると、ユフィはオレの事を月夜に照らされた金色の瞳で見てきて――一瞬言葉を失う。
着衣は汚れ、髪は乱れていたけれども、星々に照らされた彼女が余りにも美しくて、神秘的で……。
「……絶対に、戻ってきて」
ユフィはそれだけ言うと、そっとオレの胸に手を当てた。
同時に、ユフィの手を中心に活力が漲り――力強く頷いた。
「任せて。絶対に戻るから」
それだけ言うとオレは、ユフィの下って来た丘を全力で駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
木々の間を抜け最短、最速で教会への道を走る。
同時、引き伸ばされた感覚は鼻の奥に異臭と血の匂いを、耳には大気が焼け弾ける音を届けてくるが、それすらも振り払うように前へと足を運ぶ。
――はやく、速く、夙《はや》く、疾《はや》くっ!
足が千切れる様な錯覚に陥りながらも駆け抜けた時――目の前にあったのは、オレが知るものから変わり果てた風景だった。
存在したはずの教会は半ば以上焼け落ち、周囲には人々や狼の様な獣が倒れていた。
――キンッ。
教会の裏手から金属同士がぶつかり合うような音と、鼻に突き刺さるような血の匂いを感じて、そちらへ回り込み……全身の血が引いた。
「まったく、そんな状態でも貴方はまだ粘るんですか?」
耳障りな音が聞こえてくる。
「……がはっ。わりぃな、嬢ちゃんと……弟ぶんに約束、しちまったんだわ」
血反吐と共に、最近耳慣れた軽薄な声が聞こえてくるが……ソレは普段とは違い、ひどく喋りづらそうで。
「ジェイ……?」
目の前――所々返り血を浴びているシスターの前に立つ人影……体の至る所に武器が突き刺さったその姿に声をかけると、掠れた声が返ってくる。
「っはぁ。ばか、なに来てんだ。さっさと逃げろ」
普段とは違う弱々しい声をあげるジェイだが、その顔は青白かったもののいつもの軽薄な笑みを浮かべていて……。
「……っ、すいません。私を庇ってこんな事に」
そう言ったシスターも所々、切り傷を負ったのか怪我をしている。
「はぁ、もう増援が来たのですか……部下も全員やられてしまいましたし、そこのガキだけ殺したら帰るとしますか」
「……やらせる、か」
「死に損ないは黙っていて下さい」
黒い槍が神父姿の男の手の中で形成され――ジェイへ向けて打ち出される。
「あああああああああっ」
腰に差したナイフを引き抜くと、甲高い音ともに槍を弾き返す。
「お前は……絶対に、許さない」
ナイフを持った右手を引き、左手を突き出した構えを取り、半身の状態で腰を下ろすと――右足が爆発する勢いで地面を蹴り抜く。
相手の股下を通るほどの低い姿勢からの、全力の斬撃は間違いなくガラ空きの胴体を穿つはずだったが……硬い感触に阻まれた。
「バカですか? キサマ程度の攻撃が届くとでも思ったのか?」
その言葉とともに、視界の端で足が動き、シスターの悲鳴が耳に届く。
「センさん!」
直後、オレは燃えさかり崩壊する教会に叩きつけられていた。
「がっ……」
背中を強烈に打ちつけたせいで、肺から空気が漏れていき、全身に痛みが広がっていく……だが口元を拭いながらすぐに立つと、構えを取る。
「立ち上がった所で」
そんな神父の耳障りな声と共に、魔法陣が展開されていき、オレへと照準が定められる。
ソレを見て、こちらも魔法陣を展開していく。
「穿ちなさい、鉄槍!」
「疾れ、雷槍!」
暗闇の中魔法の槍が交錯し、火花を散らす。
激しい光が闇夜を照らす中、それに乗じて奴の背後を取ろうと移動するが……。
「遅い、遅すぎる!」
神父の纏った手甲がオレの頭に振り下ろされ、ソレをなんとかナイフで受け止める。
左右、両手足から放たれる高速の打撃。
ソレの鋭さは間違いなくオレの斬撃を上回ってあまりあり、一瞬の交錯にも関わらず3発も被弾する。
「はぁっ……はぁっ……」
汗が伝い落ち、体の至る所にはすでに打撃による衝撃で、感覚が麻痺していた。
――なんとか致命的な攻撃は避けているが、それもいつまでもつか……。
しかも、神父の方は汗一つかいた様子がない。
「セ……ン、にげ……ろ」
背後から、ジェイのそんな声が聞こえたが、オレはソレを無視する。
誰が、兄貴分をここまでやられて黙っていられるだろうか。
誰が、人の大切なものを平気で傷つける連中を見て引き下がれるだろうか。
誰が――好いた女の涙の原因を、許せるだろうか?
「来いよエセ神父、テメェはぜってえ許さねえ」
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