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第13話 第三皇子
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プレーゴ宮の周囲には小規模ながら森が広がっている。このあたりには質の良い霊脈が流れており、その影響で皇宮の敷地内でも特に自然が豊かな場所であった。
シオンは意識を集中させるため、目を閉じる。懐中時計にかけられた追跡呪文は失せ物探しにも使える便利なもので、呪文をかけた術師の目には道しるべのように魔力の流れが視えた。シオンが目を開くと、地面に近いところをニフラーが通った跡が続いていた。
「あっちか」
「その方角には騎士たちの修練場があります」
ニフラーは森を抜けていったようで、馬車を使うには道が狭く荒れていた。馬に乗るという手もあったが、ニフラーが驚いてさらに逃げてしまうと考え、二人は徒歩で森を進むことにした。
しばらく歩くと、フィリックスの言っていた通り、森の向こうに修練場の屋根が見えた。ただ、見えただけで距離はかなりある。
そういえば第三皇子は騎士を目指しているんだっけ、と以前ハンナが言っていたことを思い出す。
「ねえ、フィリックス。ロシエル殿下ってどんな人?」
何となくシオンは訊いてみた。シオンの護衛騎士に選任される前は近衛騎士団の一員だった彼なら、第三皇子の人となりを知っているのではないかと思ったのである。
訊ねられたフィリックスは、そうですねと目を伏せたかと思いきや、すぐに顔をあげて答えた。
「とても誠実な方だと思います。幼い頃から剣術に優れ、見識も広い。向こうから何かやってくるのを待っているよりは、自ら行動するタイプといったところでしょうか」
「そう、なんだ……」
ハンナからも聞いていたが、やはり立派な人物なのだと改めて思う。
「僭越ながら、オラシオン様は、ロシエル殿下がご自分のことを善く思ってはいないのではないかと考えているのではありませんか?」
「よく判ったね」
顔に出てただろうか、とシオンは頬を掻く。
「皇女殿下は、まだご自分の立場に自信が持てていないように感じたので」
「自信か……。確かにそうかも」
フィリックスに騎士としての誇りを問うておきながら、その主である自分に迷いがあっては面目ないとシオンは反省する。
「お母上のことは存じております。オラシオン様が懸念しているように、善くない噂は今でもあります。しかし、お母上のことをよく知る者たちの多くが無実を信じているのも事実です。皇帝陛下はもちろん、プレーゴ宮の者たちは皆、オラシオン様の味方です」
「うん、ありがとう」
自らの手で皇女としての立場を確立してみせたシオンだが、フィリックスの言う通り自信が持てないでいた。けれども、そんな彼女をプレーゴ宮の使用人たちは気にかけてくれていた。
「ロシエル殿下のことですから、後宮の呪いについて自らお調べになっているはずです。きっと、公正な目でオラシオン様のことも見ていると思いますよ」
「そうだと、いいな」
そう返事をしながら、シオンは追跡呪文の跡に目をやる。
「あれ?」
立ち止まり、周囲を見渡す。呪文は確かに、このあたりまで続いていた。しかし、ぱたりと痕跡が途絶えてしまっているのだ。
「呪文が消えた? いた、そんなはず……」
ぶつぶつと呟きながら、シオンは呪文の痕跡が残る範囲を歩く。芝生や木の幹の穴に潜んでいないかと身を屈めたりして探してみる。リスや小鳥、虫は見つかったが、魔法動物の気配はない。
そんな彼女の様子を、フィリックスは見守っていた。
「呪文はここまで続いているのですよね?」
「そう。仕組み自体は簡単だけど、性能は確かだよ」
はあ、と溜め息を吐いて天を仰いだ。
「あっ!」
そして気づいた。木の枝に、ちょこんと黒い毛玉が乗っかっていることに。
道しるべは途絶えているのではなく、上に向かっていたのだ。ニフラーは地面を駆けるものだと思い込んで、下ばかりを探していた。
「思い込みって嫌だね」
貧民街にいた頃なら、もっと早くに気づくことができたはずである。けれども、皇宮に来てから、まるでぬるま湯に浸かっているようだった。緊張感がないといった感じだろうか。平和と言ってしまえばそれまでだが、以前の自分なら、あの毒殺未遂にもお茶に口を付ける前に気づくことができたかもしれない。
──ちょっと鈍ってきてるなぁ。
本格的に鍛え直さないとな、とシオンは思った。そのためには、宮廷魔術師のリュミエルに教えを乞う必要がある。
そうと決まれば、早く懐中時計を取り返さなければ。
「どうしますか? 梯子を持ってきましょうか」
フィリックスは木を見上げながら言う。
「いや、これくらいなら登れる」
「登っ……え?」
フィリックスは素っ頓狂な声を上げるや否や、シオンはスカートの裾に気をつけながら木をよじ登り始めた。
「オラシオン様!」
「さーて、光る物が好きなのは知ってるけど、君が持っていったのはあたしの大切なものなんだ。返してくれるかい?」
太い幹に腰を下ろすと、ニフラーは枝分かれする先のほうへ後ずさる。
「そんなに下がると危ないよ」
刺激しないようにシオンは近づく。ニフラーはぶわっと毛を逆立てて、警戒している。
「大丈夫。あたしは君を傷つけない」
そっと手を差し伸べる。しかし、ニフラーは後ろに下がった。
頭上から、ギャアという鳴き声がした。カラスが上部の枝に止まっていた。興奮した様子で、カラスは泣き叫ぶ。
それに驚いたニフラーが、足を滑らせた。
「あっ!」
シオンは身体を乗り出して、手を差し伸べた。
地上でフィリックスがハラハラしながら、シオンのことを見上げている。
心地よい毛並みが指の間から溢れる。ニフラーはすっぽりと彼女の手に収まっている。小さな目を丸くして、ニフラーはシオンを見る。シオンはホッとして、頬を緩めた。
「そこで何をしている」
突然、下から声がした。
目を向けると、黒髪に水晶のような澄んだ瞳の騎士が地上に立っていた。青年と言うにはまだ幼く、輪郭にあどけなさが残っている。齢はシオンと変わらないくらいだろうか。
「あ、えっと……」
シオンは木の幹にしがみついたまま、動けなかった。
「これは、ロシエル殿下」
「ベイン卿か」
フィリックスが彼に頭を下げる。シオンは目を見開く。
──彼が第三皇子のロシエル殿下?!
会うことを最も怖れていた相手が目の前に現れて、シオンは動揺する。
彼の母親である第二皇妃が亡くなったのをきっかけに、シオンの母親であるグラデシアは皇宮を去ることになった。状況だけで考えると、グラデシアはロシエルにとって仇であり、シオンはその娘ということになる。フィリックスは彼が公正な目で見てくれると言ったが、異母兄妹であるとはいえ、敵対関係になってもおかしくはない。
ロシエルの目が、シオンを捉える。
「あっ、時計!」
ニフラーを支える指の隙間から、するりと何かが零れ落ちる。
それは探していた懐中時計だった。ニフラーの腹部の袋から出てきてしまったらしい。受け止めようにもできなかった。
──壊れる!
そう思った矢先、少年騎士がそれを受け止めた。
シオンはホッとして、フィリックスが差し伸べた手を掴みながら木から降りる。
「これは君のものかな?」
「はい。ありがとうございます。それから、勝手に木に登ってしまい申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げると、彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「木に登っていたのはかまわない。ただ、危ないから。──ところで、この時計、壊れてるみたいだけど」
「はい。母の持ち物だったのですが、どうしても直らなくて」
時計が示しているのは、シオンの母親が亡くなったと思われる時刻だった。彼女が亡くなったときに身に着けていて、倒れた拍子に壊れてしまったのだろう。しかし、修理に出してもなぜか時計は動かなかった。そのため、シオンはお守り代わりに懐中時計を持ち歩いていた。
彼の手から時計を受け取る。シオンは意を決して彼の目を見た。
「あの……お初にお目にかかります、ロシエル殿下。オラシオンと申します」
スカートに付いた汚れを払い、ニフラーを抱えたまま頭を深く下げる。まさか、こんな風に顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。
「なぜ、殿下と呼ぶ?」
彼はきょとんとした様子で言った。
「君は、僕の妹なのだろう? あ、シオンって呼んでいいかい? 父上から話を聞いているよ。そんなに畏まらなくていいじゃないか」
「えっと……」
一応、様々なパターンを想定していたつもりだが、予想外の反応に困ってしまった。
「……じゃあ、ロシエル兄様?」
「うん。なんだい、シオン?」
ロシエルは嬉しそうだった。
武勇に優れていて、騎士を志していると聞いていたものだから、もっとがたいの良い逞しい男だと思っていた。しかし、実際はしなやかな身体つきの優男だった。
「シオンは、こんなところで何をしているんだい?」
「実は、この子がプレーゴ宮に迷い込んで、あたしの時計や装飾品を隠してしまったんです」
なるほどね、とロシエルはシオンの腕の中を覗き込むと、ニフラーは隠れるように丸くなった。
「ニフラーだよね。でも、生息地は北のほうじゃなかったかな?」
「そのことなのですが──」
護衛騎士が畏れ多くも口を挟む。
「確か、殿下の率いる騎士団が戻ってきたのは三日前の夜中でしたよね。プレーゴ宮の料理長が異変に気づいたのは次の日の夜です」
それを聞いて、シオンは一つの可能性を思いつく。
「そういえば、殿下……じゃなくて、お兄様は魔物退治のために北方へ赴いていたのですよね?」
「なるほど。騎士団の馬車に紛れ込んでいたのだね。食べ物か金品を見つけて、そのまま皇宮まで運ばれてしまったということか」
ロシエルも、頭にシオンと同じ考えが浮かぶ。
三人はニフラーに視線を向ける。つぶらな瞳のその子は、きょとんとした表情で彼らを見返した。討伐に赴いていた騎士団の馬車に紛れて皇宮までやって来たニフラーは、森を放浪しているうちにプレーゴ宮にたどり着き、あの壁から中に入ったのだろう。そして、換気口を通り抜けて食料を漁り、装飾品を集めたというわけである。
「それで、そのニフラーはどうするつもりだい?」
「どうって……」
生まれ育った場所を離れて、見知らぬ場所で迷子になってしまったこの子をどうするべきか。放り出すわけにはいかない。だけど──
「そうだ。報告のために、ちょうど父上のところに行こうと思っていたところなんだ。よかったら、シオンも一緒に行こう」
「えっ!」
ロシエルの提案にシオンが驚いているうちに、彼はフィリックスに馬車の手配を指示して、それに従ってフィリックスは馬車を探しに行く。
宮殿の紛失事件を内々で治めるつもりで調べていたはずなのに、とシオンは額に手を当てた。
シオンは意識を集中させるため、目を閉じる。懐中時計にかけられた追跡呪文は失せ物探しにも使える便利なもので、呪文をかけた術師の目には道しるべのように魔力の流れが視えた。シオンが目を開くと、地面に近いところをニフラーが通った跡が続いていた。
「あっちか」
「その方角には騎士たちの修練場があります」
ニフラーは森を抜けていったようで、馬車を使うには道が狭く荒れていた。馬に乗るという手もあったが、ニフラーが驚いてさらに逃げてしまうと考え、二人は徒歩で森を進むことにした。
しばらく歩くと、フィリックスの言っていた通り、森の向こうに修練場の屋根が見えた。ただ、見えただけで距離はかなりある。
そういえば第三皇子は騎士を目指しているんだっけ、と以前ハンナが言っていたことを思い出す。
「ねえ、フィリックス。ロシエル殿下ってどんな人?」
何となくシオンは訊いてみた。シオンの護衛騎士に選任される前は近衛騎士団の一員だった彼なら、第三皇子の人となりを知っているのではないかと思ったのである。
訊ねられたフィリックスは、そうですねと目を伏せたかと思いきや、すぐに顔をあげて答えた。
「とても誠実な方だと思います。幼い頃から剣術に優れ、見識も広い。向こうから何かやってくるのを待っているよりは、自ら行動するタイプといったところでしょうか」
「そう、なんだ……」
ハンナからも聞いていたが、やはり立派な人物なのだと改めて思う。
「僭越ながら、オラシオン様は、ロシエル殿下がご自分のことを善く思ってはいないのではないかと考えているのではありませんか?」
「よく判ったね」
顔に出てただろうか、とシオンは頬を掻く。
「皇女殿下は、まだご自分の立場に自信が持てていないように感じたので」
「自信か……。確かにそうかも」
フィリックスに騎士としての誇りを問うておきながら、その主である自分に迷いがあっては面目ないとシオンは反省する。
「お母上のことは存じております。オラシオン様が懸念しているように、善くない噂は今でもあります。しかし、お母上のことをよく知る者たちの多くが無実を信じているのも事実です。皇帝陛下はもちろん、プレーゴ宮の者たちは皆、オラシオン様の味方です」
「うん、ありがとう」
自らの手で皇女としての立場を確立してみせたシオンだが、フィリックスの言う通り自信が持てないでいた。けれども、そんな彼女をプレーゴ宮の使用人たちは気にかけてくれていた。
「ロシエル殿下のことですから、後宮の呪いについて自らお調べになっているはずです。きっと、公正な目でオラシオン様のことも見ていると思いますよ」
「そうだと、いいな」
そう返事をしながら、シオンは追跡呪文の跡に目をやる。
「あれ?」
立ち止まり、周囲を見渡す。呪文は確かに、このあたりまで続いていた。しかし、ぱたりと痕跡が途絶えてしまっているのだ。
「呪文が消えた? いた、そんなはず……」
ぶつぶつと呟きながら、シオンは呪文の痕跡が残る範囲を歩く。芝生や木の幹の穴に潜んでいないかと身を屈めたりして探してみる。リスや小鳥、虫は見つかったが、魔法動物の気配はない。
そんな彼女の様子を、フィリックスは見守っていた。
「呪文はここまで続いているのですよね?」
「そう。仕組み自体は簡単だけど、性能は確かだよ」
はあ、と溜め息を吐いて天を仰いだ。
「あっ!」
そして気づいた。木の枝に、ちょこんと黒い毛玉が乗っかっていることに。
道しるべは途絶えているのではなく、上に向かっていたのだ。ニフラーは地面を駆けるものだと思い込んで、下ばかりを探していた。
「思い込みって嫌だね」
貧民街にいた頃なら、もっと早くに気づくことができたはずである。けれども、皇宮に来てから、まるでぬるま湯に浸かっているようだった。緊張感がないといった感じだろうか。平和と言ってしまえばそれまでだが、以前の自分なら、あの毒殺未遂にもお茶に口を付ける前に気づくことができたかもしれない。
──ちょっと鈍ってきてるなぁ。
本格的に鍛え直さないとな、とシオンは思った。そのためには、宮廷魔術師のリュミエルに教えを乞う必要がある。
そうと決まれば、早く懐中時計を取り返さなければ。
「どうしますか? 梯子を持ってきましょうか」
フィリックスは木を見上げながら言う。
「いや、これくらいなら登れる」
「登っ……え?」
フィリックスは素っ頓狂な声を上げるや否や、シオンはスカートの裾に気をつけながら木をよじ登り始めた。
「オラシオン様!」
「さーて、光る物が好きなのは知ってるけど、君が持っていったのはあたしの大切なものなんだ。返してくれるかい?」
太い幹に腰を下ろすと、ニフラーは枝分かれする先のほうへ後ずさる。
「そんなに下がると危ないよ」
刺激しないようにシオンは近づく。ニフラーはぶわっと毛を逆立てて、警戒している。
「大丈夫。あたしは君を傷つけない」
そっと手を差し伸べる。しかし、ニフラーは後ろに下がった。
頭上から、ギャアという鳴き声がした。カラスが上部の枝に止まっていた。興奮した様子で、カラスは泣き叫ぶ。
それに驚いたニフラーが、足を滑らせた。
「あっ!」
シオンは身体を乗り出して、手を差し伸べた。
地上でフィリックスがハラハラしながら、シオンのことを見上げている。
心地よい毛並みが指の間から溢れる。ニフラーはすっぽりと彼女の手に収まっている。小さな目を丸くして、ニフラーはシオンを見る。シオンはホッとして、頬を緩めた。
「そこで何をしている」
突然、下から声がした。
目を向けると、黒髪に水晶のような澄んだ瞳の騎士が地上に立っていた。青年と言うにはまだ幼く、輪郭にあどけなさが残っている。齢はシオンと変わらないくらいだろうか。
「あ、えっと……」
シオンは木の幹にしがみついたまま、動けなかった。
「これは、ロシエル殿下」
「ベイン卿か」
フィリックスが彼に頭を下げる。シオンは目を見開く。
──彼が第三皇子のロシエル殿下?!
会うことを最も怖れていた相手が目の前に現れて、シオンは動揺する。
彼の母親である第二皇妃が亡くなったのをきっかけに、シオンの母親であるグラデシアは皇宮を去ることになった。状況だけで考えると、グラデシアはロシエルにとって仇であり、シオンはその娘ということになる。フィリックスは彼が公正な目で見てくれると言ったが、異母兄妹であるとはいえ、敵対関係になってもおかしくはない。
ロシエルの目が、シオンを捉える。
「あっ、時計!」
ニフラーを支える指の隙間から、するりと何かが零れ落ちる。
それは探していた懐中時計だった。ニフラーの腹部の袋から出てきてしまったらしい。受け止めようにもできなかった。
──壊れる!
そう思った矢先、少年騎士がそれを受け止めた。
シオンはホッとして、フィリックスが差し伸べた手を掴みながら木から降りる。
「これは君のものかな?」
「はい。ありがとうございます。それから、勝手に木に登ってしまい申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げると、彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「木に登っていたのはかまわない。ただ、危ないから。──ところで、この時計、壊れてるみたいだけど」
「はい。母の持ち物だったのですが、どうしても直らなくて」
時計が示しているのは、シオンの母親が亡くなったと思われる時刻だった。彼女が亡くなったときに身に着けていて、倒れた拍子に壊れてしまったのだろう。しかし、修理に出してもなぜか時計は動かなかった。そのため、シオンはお守り代わりに懐中時計を持ち歩いていた。
彼の手から時計を受け取る。シオンは意を決して彼の目を見た。
「あの……お初にお目にかかります、ロシエル殿下。オラシオンと申します」
スカートに付いた汚れを払い、ニフラーを抱えたまま頭を深く下げる。まさか、こんな風に顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。
「なぜ、殿下と呼ぶ?」
彼はきょとんとした様子で言った。
「君は、僕の妹なのだろう? あ、シオンって呼んでいいかい? 父上から話を聞いているよ。そんなに畏まらなくていいじゃないか」
「えっと……」
一応、様々なパターンを想定していたつもりだが、予想外の反応に困ってしまった。
「……じゃあ、ロシエル兄様?」
「うん。なんだい、シオン?」
ロシエルは嬉しそうだった。
武勇に優れていて、騎士を志していると聞いていたものだから、もっとがたいの良い逞しい男だと思っていた。しかし、実際はしなやかな身体つきの優男だった。
「シオンは、こんなところで何をしているんだい?」
「実は、この子がプレーゴ宮に迷い込んで、あたしの時計や装飾品を隠してしまったんです」
なるほどね、とロシエルはシオンの腕の中を覗き込むと、ニフラーは隠れるように丸くなった。
「ニフラーだよね。でも、生息地は北のほうじゃなかったかな?」
「そのことなのですが──」
護衛騎士が畏れ多くも口を挟む。
「確か、殿下の率いる騎士団が戻ってきたのは三日前の夜中でしたよね。プレーゴ宮の料理長が異変に気づいたのは次の日の夜です」
それを聞いて、シオンは一つの可能性を思いつく。
「そういえば、殿下……じゃなくて、お兄様は魔物退治のために北方へ赴いていたのですよね?」
「なるほど。騎士団の馬車に紛れ込んでいたのだね。食べ物か金品を見つけて、そのまま皇宮まで運ばれてしまったということか」
ロシエルも、頭にシオンと同じ考えが浮かぶ。
三人はニフラーに視線を向ける。つぶらな瞳のその子は、きょとんとした表情で彼らを見返した。討伐に赴いていた騎士団の馬車に紛れて皇宮までやって来たニフラーは、森を放浪しているうちにプレーゴ宮にたどり着き、あの壁から中に入ったのだろう。そして、換気口を通り抜けて食料を漁り、装飾品を集めたというわけである。
「それで、そのニフラーはどうするつもりだい?」
「どうって……」
生まれ育った場所を離れて、見知らぬ場所で迷子になってしまったこの子をどうするべきか。放り出すわけにはいかない。だけど──
「そうだ。報告のために、ちょうど父上のところに行こうと思っていたところなんだ。よかったら、シオンも一緒に行こう」
「えっ!」
ロシエルの提案にシオンが驚いているうちに、彼はフィリックスに馬車の手配を指示して、それに従ってフィリックスは馬車を探しに行く。
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