5 / 34
5
しおりを挟む
結局、わたしは何もせずに数日間を過ごした。
自殺をためらっているうちに、残酷に時間だけが過ぎていく。
今日は終業式。7月の21日、金曜日。もう余裕なんてなくなっている。
ここ何日も、生きているような心地はしなかった。精神が毎日削られ、わたしの心はおかしくなっていた。
だから、わたしは放課後、海斗くんを屋上へと呼び出した。
「なんだよ、こんなところに。まさか告白でもするのか」
海斗くんがおかしそうに言う。
わたしはその顔をまともに見ることができなかった。
これからすることを考えると、愛想笑いすら浮かべることができない。
極端に口数が減り、表情もずっと暗いことくらい、鏡を確認しなくたってわかる。クラスの友達からも心配されるほどだった。
「告白。ある意味ではそうかもしれない。わたしは海斗くんに言わないといけないことがあるの」
もちろん、その異変は海斗くんにも伝わっている。だってわたしたちは恋人同士。毎日近い距離で顔を合わせている。
「……なあ、莉子。お前ここ最近、おかしいよな。なにかあったのか」
「あったよ。ううん、これからある、と言ったほうが正しいのかな」
「どういうことだ?」
海斗くんが眉を寄せる。
ここで言っても、別に構わないのかもしれない。どうせ最後なんだから。
「ねえ、海斗くん。わたしのこと好き?」
わたしは屋上の端に立ち、手すりに触れながら言った。
海斗くんはわたしの横、左側に立った。
「いまさらだな。なにかおれ、誤解されるようなことしたかな」
「そうじゃないけど」
「なら、どうしてそんなことをいまさら確認するんだ?理由、あるんだろ」
やっぱり言えない。口が裂けても。
だって、あのことについても触れないといけなくなるから。
「好きだよ。あのときから気持ちは変わっていない。莉子は違うのか?」
「……」
わたしは、よくわからない、というのが本当のところなのかもしれない。
海斗くんのことは嫌いじゃない。幼い頃から家族のように接してきた。
でも、それが本当に恋愛感情なのかどうか、わたしは疑う時がある。
罪悪感、それだけがわたしの中にある海斗くんへの感情なのかもしれないと思うことがある。
「わたしは、最初に謝るべきだったのかもしれない」
「謝る?なにに対してだ?」
「海斗くんの未来を奪ったことを」
海斗くんはしばらく沈黙した。
「……あれは別に、おまえの責任というわけじゃないだろ」
そうじゃないよ、海斗くん。わたしのせいなんだよ。海斗くんはそれを知らないだけなんだよ。
「わたしの心にはずっと、あのときのことが引っ掛かってるの。海斗くんがどう思うかは重要じゃない」
「もしかして、そのことなのか。おれを屋上に呼んだ理由は」
「うん。でも、それを説明するには、とても長い時間がいる。いまのわたしには、そこまでの気力はないの」
「じゃあ、なんのために、こんなところまで連れてきたんだよ」
「……わたし、自殺を考えてるの」
「え、自殺?」
「うん」
海斗くんから困惑した様子が伝わってくる。無理もないと思う。せっかく夏休みに突入するというときにこんな話をされて、平然としているほうがおかしい。
「ここ数日、ずっとそのことばかり考えていた。でも、なかなか実行できなくて、その理由を考えたら、海斗くんへの謝罪がまだだって気づいたの」
「莉子、何を言ってるんだ?」
「わたしのせいなんだよ、海斗くんが不幸になったのは」
わたしはそう言うと、屋上を取り囲む手すりを乗り越えた。
ギリギリのところに立って、三階ぶんの高さから下を見下ろす。たくさんの生徒たちが校門の方へと向かっている。
こちらに気づいている人は誰もいない。
「おい、莉子、さっさと戻れよ。危ないだろ!」
「ごめんなさい。そう何度も謝りたかった。わたしは謝りたかったの!」
「いいから、まずはそこから離れるんだ!」
海斗くんがこちらへと腕を伸ばしてくる。
「来ないで!わたしに触れようとしたら、すぐに飛ぶから」
海斗くんは動きを止めた。どちらにしてもわたしは飛ぶ。それを海斗くんもわかっているかもしれない。
「ごめんね、海斗くん。本当はもっとちゃんと謝りたかった。すべてを話して、許してもらいたかった」
わたしの大声に気づいて、ひとりの生徒がこちらを見上げた。波紋が広がるように周囲の生徒も次々と顔を上げてこちらへと視線を送ってくる。
「莉子、わかったよ、わかったからこっちに戻ってきてくれ!」
「ずっと黙ってて、とても苦しかった。海斗くんに心の中で謝っていて、でもそれを口にすることはできなかった!」
「別に、おれは怒ってない!お前が悪い訳じゃないことも知ってるって言ってるだろ」
「ありがとう、海斗くんがそう言ってくれるだけでわたしは救われる。あなたの優しさに、わたしは何度も救われたよ」
「莉子」
「これでもう思い残すことはない。全てを終わらせることができる。さよなら、海斗くん」
怖かった。脚がガクガクと震えていた。何度も死んだから自殺くらい平気だと軽く考えていたけど、自殺というのはまた別の恐怖がある。涙があふれでてきて、わたしは手で目元を拭った。
その勢いで手すりから両手を離し、空中へと身を投げた。
「莉子!」
滞空時間がやけに長く感じた。こちらを見上げる生徒の顔がひとりひとり、確認できそうな余裕を感じた。
それでもわたしは海斗くんのほうを見なかった。これから激突する地面を眺めたまま、わたしはあの日のことを思い浮かべていた。
自殺をためらっているうちに、残酷に時間だけが過ぎていく。
今日は終業式。7月の21日、金曜日。もう余裕なんてなくなっている。
ここ何日も、生きているような心地はしなかった。精神が毎日削られ、わたしの心はおかしくなっていた。
だから、わたしは放課後、海斗くんを屋上へと呼び出した。
「なんだよ、こんなところに。まさか告白でもするのか」
海斗くんがおかしそうに言う。
わたしはその顔をまともに見ることができなかった。
これからすることを考えると、愛想笑いすら浮かべることができない。
極端に口数が減り、表情もずっと暗いことくらい、鏡を確認しなくたってわかる。クラスの友達からも心配されるほどだった。
「告白。ある意味ではそうかもしれない。わたしは海斗くんに言わないといけないことがあるの」
もちろん、その異変は海斗くんにも伝わっている。だってわたしたちは恋人同士。毎日近い距離で顔を合わせている。
「……なあ、莉子。お前ここ最近、おかしいよな。なにかあったのか」
「あったよ。ううん、これからある、と言ったほうが正しいのかな」
「どういうことだ?」
海斗くんが眉を寄せる。
ここで言っても、別に構わないのかもしれない。どうせ最後なんだから。
「ねえ、海斗くん。わたしのこと好き?」
わたしは屋上の端に立ち、手すりに触れながら言った。
海斗くんはわたしの横、左側に立った。
「いまさらだな。なにかおれ、誤解されるようなことしたかな」
「そうじゃないけど」
「なら、どうしてそんなことをいまさら確認するんだ?理由、あるんだろ」
やっぱり言えない。口が裂けても。
だって、あのことについても触れないといけなくなるから。
「好きだよ。あのときから気持ちは変わっていない。莉子は違うのか?」
「……」
わたしは、よくわからない、というのが本当のところなのかもしれない。
海斗くんのことは嫌いじゃない。幼い頃から家族のように接してきた。
でも、それが本当に恋愛感情なのかどうか、わたしは疑う時がある。
罪悪感、それだけがわたしの中にある海斗くんへの感情なのかもしれないと思うことがある。
「わたしは、最初に謝るべきだったのかもしれない」
「謝る?なにに対してだ?」
「海斗くんの未来を奪ったことを」
海斗くんはしばらく沈黙した。
「……あれは別に、おまえの責任というわけじゃないだろ」
そうじゃないよ、海斗くん。わたしのせいなんだよ。海斗くんはそれを知らないだけなんだよ。
「わたしの心にはずっと、あのときのことが引っ掛かってるの。海斗くんがどう思うかは重要じゃない」
「もしかして、そのことなのか。おれを屋上に呼んだ理由は」
「うん。でも、それを説明するには、とても長い時間がいる。いまのわたしには、そこまでの気力はないの」
「じゃあ、なんのために、こんなところまで連れてきたんだよ」
「……わたし、自殺を考えてるの」
「え、自殺?」
「うん」
海斗くんから困惑した様子が伝わってくる。無理もないと思う。せっかく夏休みに突入するというときにこんな話をされて、平然としているほうがおかしい。
「ここ数日、ずっとそのことばかり考えていた。でも、なかなか実行できなくて、その理由を考えたら、海斗くんへの謝罪がまだだって気づいたの」
「莉子、何を言ってるんだ?」
「わたしのせいなんだよ、海斗くんが不幸になったのは」
わたしはそう言うと、屋上を取り囲む手すりを乗り越えた。
ギリギリのところに立って、三階ぶんの高さから下を見下ろす。たくさんの生徒たちが校門の方へと向かっている。
こちらに気づいている人は誰もいない。
「おい、莉子、さっさと戻れよ。危ないだろ!」
「ごめんなさい。そう何度も謝りたかった。わたしは謝りたかったの!」
「いいから、まずはそこから離れるんだ!」
海斗くんがこちらへと腕を伸ばしてくる。
「来ないで!わたしに触れようとしたら、すぐに飛ぶから」
海斗くんは動きを止めた。どちらにしてもわたしは飛ぶ。それを海斗くんもわかっているかもしれない。
「ごめんね、海斗くん。本当はもっとちゃんと謝りたかった。すべてを話して、許してもらいたかった」
わたしの大声に気づいて、ひとりの生徒がこちらを見上げた。波紋が広がるように周囲の生徒も次々と顔を上げてこちらへと視線を送ってくる。
「莉子、わかったよ、わかったからこっちに戻ってきてくれ!」
「ずっと黙ってて、とても苦しかった。海斗くんに心の中で謝っていて、でもそれを口にすることはできなかった!」
「別に、おれは怒ってない!お前が悪い訳じゃないことも知ってるって言ってるだろ」
「ありがとう、海斗くんがそう言ってくれるだけでわたしは救われる。あなたの優しさに、わたしは何度も救われたよ」
「莉子」
「これでもう思い残すことはない。全てを終わらせることができる。さよなら、海斗くん」
怖かった。脚がガクガクと震えていた。何度も死んだから自殺くらい平気だと軽く考えていたけど、自殺というのはまた別の恐怖がある。涙があふれでてきて、わたしは手で目元を拭った。
その勢いで手すりから両手を離し、空中へと身を投げた。
「莉子!」
滞空時間がやけに長く感じた。こちらを見上げる生徒の顔がひとりひとり、確認できそうな余裕を感じた。
それでもわたしは海斗くんのほうを見なかった。これから激突する地面を眺めたまま、わたしはあの日のことを思い浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる