あなたと過ごす最後の七日間

パプリカ

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海斗くんは直接は何も言ってこなかったけれど、携帯にはいくつかメッセージが寄せられた。 もう一度会ってちゃんと話をしてみたいとか、そんな感じのやつ。

これはよくない兆候。まだわたしへの未練が残っている。早めに断ち切っておかないとバッドエンドを迎えるかもしれない。

わたしにはひとつの作戦があった。これをやればきっと海斗くんを思い通りに動かすことができる。

でも、ある程度待たないといけない。すぐに行動を起こしてしまっては、失敗してしまう可能性があるから。

わたしは夏休みの初日である土曜日に来栖先輩とデートに行くことになっている。その前日がちょうどいいかも。リスクのある行為だから、すっきりと終わらせてからデートに臨むべき。

そういうわけでわたしはこの日、夜中に家を出た。

7月21日の金曜日。時刻は7時を回って、辺りもようやく薄暗くなってきた頃、わたしは海斗くんの家の前に立っていた。

二階にある海斗くんの部屋には、明かりはついていない。いまは食事中。家族三人で、楽しくご飯を食べている時間。

わたしは周囲を見回した。幸い、誰もいない。この辺りは近くにバス停もなく、電車の駅からも遠い。この時間帯だと車のほうに注意を向けておけばたぶん大丈夫。

子供の頃、わたしが海斗くんの部屋で遊んでいたとき、何かのオモチャを投げて窓ガラスを壊したことがあった。
そんなときでも海斗くんの両親は怒らず、むしろ泣きじゃくるわたしのことを必死になだめようとしてくれた。

わたしは頭を振った。そんな過去にこだわっていたらなにもできない。

わたしはバックから手頃な石をひとつ、取り出した。ここ数日、ちょうどいい感じの石を集めていた。肩の弱いわたしでも二階まで届けられるくらいで、しかもそれなりに重さのあるもの。

思い切り腕を降って石を投げたとき、わたしは成功を確信した。すぐにその瞬間のイメージが浮かんできて、ガシャンと高い音が聞こえたときにはもうそこから立ち去る準備は出来ていた。

海斗くんの家から駆け足で離れ、わたしは公園の手前で立ち止まった。ここも海斗くんと幼い頃一緒に遊んだところ。
わたしと海斗くんの家とのちょうど中間くらいにある。住宅街の中に作られた児童公園ではあるけれど、それなりに広くて遊具も揃っている。もちろん、この時間に遊んでいる子供なんて一人もいないけれど。

わたしは公園のベンチに座った。しばらくそのままでいると、向こうから誰かがやってくるのがわかった。

「莉子」

海斗くんだった。予想通りではあった。自分の部屋の窓ガラスが何者かによって破壊された。そうなったら普通は警察を呼ぶだろうけど、海斗くんはわたしの仕業だと気づくから、きっと追いかけてくるだろうと思っていた。

「おまえ、なのか。おれの部屋の窓を石で割ったのは」
「そうだけど」

わたしは立ち上がって言った。ごまかす気なんて最初からなかった。残った石はまだバッグに残っているし、放り投げた石にもべったりと指紋がついている。

「なんのためにあんなことをしたのか、教えてくれないか」

その声音には怒りというよりも、戸惑いのほうが多く滲んでいるようだった。
両親にはどう説明したのだろう。そんなことをぼんやりと考える。わたしのせいだとは言えなかったはず。なら、どうやって警察に通報しないように説得したのか、その苦労を考えると胸がずきりとした痛みを発した。

「警察には行かないの?わたしのことを捕まえたら?」
「なにか理由があるんだろ」
「わかってるんじゃないの?あれはもう、わたしには近づかないでっていう警告。携帯にも一切連絡は寄越さないで」

海斗くんは困ったような顔になった。

「そこまで怒らせること、おれが何かしたか?」
「しつこいからだよ。嫌いだって言ってるのに、いまだにわたしにつきまとっている」
「おれはただ、突然気持ちが変わった理由を知りたいだけなんだ」
「もう忘れたの?言ったよね、海斗くんのことはとくに好きじゃないことに気づいたって」
「それはわかってる。わかってるけど、なんか引っ掛かるんだよ」

それも当然かもしれない。わたしのなかにもいろいろ迷いがあるし、本当の気持ちというものもよくわからない。海斗くんへの恋心がどの程度なのか、罪悪感の影響がどのくらいあるのか、いまのわたしにはわからない。

「それがうざいって言ってるの。嫌いな人からしつこくされたらどう思うか、少しは相手の気持ちを考えて行動してよ」
「何か隠していることがあるんじゃないか。誰にも言えないような悩みを抱えているんじゃないか。もしそうなら、ひとりで抱え込まないで、おれに相談をしてほしい」

わたしは大きなため息をついて見せた。

「何様のつもりなの?知ってるでしょ。わたしにはもう、新しい彼氏がいるんだよ。悩みがあるなら、彼に相談するよ」
「……」
「海斗くん、まだわたしに対するなにかの気持ちが残っているなら、これ以上は迷惑をかけないで。海斗くんが近づいてくると、来栖先輩との関係だってダメになるんだよ」
「本当にあの先輩のことが好きなのか」
「もちろんだよ。海斗くんと違って優しくて真面目なの。来栖先輩は官僚を目指してるんだって。この国を変えたいって強い意思を持ってるの。わたしはそういう志に引かれたんだ」
「……」
「ねぇ、海斗くん。ここで約束してよ。もう二度とわたしには話しかけない。連絡も寄越さない。はっきりとそう言って」

海斗くんはまだ何かを言いたそうにしていた。わたしの態度に違和感を感じているのかもしれない。
いつまでもこんな状態は続けられない。
結局、言葉だけで説得するのは難しいのかもしれない。
これは使いたくなかったけれど、もっと過激なやり方に頼るしかないのかも。
「もし、海斗くんがこれでもまだ付きまとうというなら、わたしにも考えがあるから」
わたしはポケットに潜ませていたカッターを取りだし、自分の首もとに当てた。
「わたし、死ぬよ。海斗くんにストーカーされて自殺するよ」
「お、おい、莉子、何やってるんだよ」

海斗くんは動揺している。石でガラスを割った人が今度はナイフを取り出して自殺しようとしている。こんな状況、平静でいられるわけがない。

何度も死んでいるわたしにとってはこの程度なんでもないから、迫真の演技をすることができる。カッターの刃を首にめり込ませることくらいなんでもない。もしかしたらもう血が出ているかもしれないけど、そんなの全然気にならない。

「なにって、誰かがストーカーするから、わたしは追い込まれてるの。このままなら、自殺をしたほうが楽かなって思い始めてるんだよ」
「……」
「わたしには、もう新しい恋人がいる。いつまでも過去には縛られたくないの。わかるでしょ。もうやめて、お願いだから、二度と近づかないでちょうだい」

ちょっと演技が過剰かもしれないとは思った。次の恋に執着しているのに死にたいというのも、ちょっと矛盾しているかもしれないとも。

でも、短期間で結果を出すには、これくらいのことをやったほうがいいに決まっている。

海斗くんはまだそこから動こうとしない。ただ、さきほどとはちょっと表情が変わっているような気がした。なんていうか、顔から覇気のようなものがなくなっているような、そんな感じだった。

「……そうか、わかったよ。これ以上はなにも言わない。辛い思いをさせてごめんな」 

海斗くんはそう言ってわたしに背中を向け、歩き出した。
わたしはその背中を見つめた。
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