あなたと過ごす最後の七日間

パプリカ

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翌日になってもやはり、警察はやってこなかった。

あの窓ガラスは今ごろどうなっているのだろう。修理を頼んだ業者の人に、海斗くんやその両親はどんな説明をしたのだろう。窓は明らかに外から破られているから、普通は事件を想像するはずだけれど。

わたしは頭を振った。そんなことを考えても意味がない。

「もしかして、つまらないかな?」

隣に座る来栖先輩が小声で聞いてくる。

「いえ、そんなことないです」

わたしも小さな声で答える。
わたしたちは映画館にいた。座席に座り、巨大なクリーンを眺めている。

来栖先輩は大の映画好きで、最初のデートは映画を観たいと言ったから。
わたしは行きたいところなんてとくになく、あくまでもデートすること自体が目的だったからどこでも構わないとすぐに了承した。

上演されているのは海外の青春もの。海外の映画賞でいくつも入選した話題作で、実際に館内は満員状態だった。

わたしは内容は理解できてるし、それなりに面白いとも思ったけれど、完全に入り込むことはできていなかった。
どうしても海斗くんへの罪悪感が消えない。いまどんな気持ちでいるのか、ついそんなふうに考えてしまう。

映画が終わると、ちょうど昼食の時間帯になる。映画館では軽い飲み物だけだったので、わたしたちは近くのファミレスにより、ご飯を食べることにした。

来栖先輩は痩せぎみだったけれど、その見た目のわりに食欲は旺盛だった。パスタに炒飯にハンバーグ。

なぜか映画を観るとお腹がすく習慣があるらしい。物語に入り込んで体力を消耗するからかもしれない、と来栖先輩は言った。

わたしはあまり食欲がなかった。映画館でジュースを飲んだので、まだそれが残っている感じだった。とりあえずサラダを頼み、軽くつまむような感じで食事をしていた。

「あのエンディングには納得いかないかな。もっとはっきりとした感情が主人公にないと、成立しないように思うんだけど」

来栖先輩は映画の感想を語っている。わたしは適当な相づちを打ちながら、耳を傾けていた。

「芹沢さんはどうだった?あまり入り込めてはいなかったようだけど」
「わたしは、まあまあかなという感じです。普段、あまり映画を観ないので、どの程度の面白さなのかということ自体がよくわからなくて」
「確かに、映画には映画の面白さがあるからね。同じ物語でも、ドラマばかり見ている人が映画の良さを理解できないことはたまにあるんだ」
「単にジャンルが合わなかったのかもしれないです。文学的というか、大きな変化があまり起きないような映画だったので、もっとこっちから近づいていったほうがよかったのかも」
「やっぱり女子は恋愛もののほうが好きだよね。自分の趣味を押し付けるのって、まずかったかなと反省してる」
「いえ、いいんです。面白いかどうかなんて、結局見ないとわかりませんから」
「今度は別のタイプのを紹介するよ。今年は映画のあたり年とも言われていて、とくに海外の話題作が目白押しなんだ」

来栖先輩と話していて、わたしは意外にも心が弾むのを感じていた。来栖先輩のことを愛しているというわけじゃない。これはあくまでも仕事のひとつだと割り切っている。

ただ、なんていうか、これが普通の男女の会話なんだなと実感するところがあった。

海斗くんとも何度もデートをしたことはあるけれど、過去のことがあっていつも心を制御していた気がする。わたしみたいな女にデートを楽しむような権利はない、そんな鍵を知らないうちにかけていたのだと思う。

「これから、どうする?芹沢さんが行きたいところがあれば行くけど」
「えっと、とくにはないです」
「そう?遠慮なんてしなくていいけど」
「その辺を散歩するだけでもいいですよ。お金をかけることがすべてではないですから」

わたしは自分に言い聞かせる。デートを楽しもうとしてはだめ。わたしはもうすぐ死ぬ。このデートはあくまでも演出の一部に過ぎない。
気持ちを引き締めないと。

そんなわたしの気持ちが伝わったのか、来栖先輩は少し困ったような感じで、

「もしかして、どこか体調が悪いとか?お昼も全然食べてないし」
「いえ、そんなことないです」
「なら、ぼくがなにか変なことをしたとか?こうして女性とデートするなんてはじめてのことだから、気づかないうちに失礼なこととかしてたかも」

わたしはなるべく自然な感じの笑みを浮かべた。

「気にしないでください。もともとこんな感じなんです」
「そう?」
「それより、来栖先輩って官僚を目指していると言いましたよね。叶えたい具体的な政策とかあるとも言ってましたけど、それってなんなんですか?」

無理矢理話題を変えると、来栖先輩は真剣な顔つきになった。

「ぼくがやりたいのは、魔法使いの待遇改善かな」
「え」

魔法使いは、能力者の別の呼び方。つまりわたしのことでもあるんだけど……。

「知ってる?魔法使いは人権が制限されているんだ。国家にとって重要な存在だからね、その力を認められた場合、本人の意思には関係なく国の管理下に置かれてしまう」

もちろん、知っている。多額の報酬があるぶん、住まいや交遊関係などはすべて国の意見を聞かなければならないということも。魔法使いーー能力者にはプライベートやプライバシーといったものがなく、国内旅行すら自由にはできない。

「それだけ国の安全保障に重要だから、ですよね」

能力は人それぞれだけれど、個人で軍隊にも匹敵するような力を持っている人もいる。
そういう人たちを野放しにしておくと国の存続にも関わる、という主張は納得できたから、わたしはたいして疑問にも思わなかったのだけれど、来栖先輩は違うようだった。

「でも、それっておかしいんだよね。彼らだって好きでそう生まれた訳じゃない。なのに生まれながらにして犯罪者だと決めつけられてしまっているようなものなんだ。しかも世間はそれをすんなりと受け入れてしまっている。これって、どう考えてもおかしいんだ。ぼくはこういう社会を変えないといけないと思っている」

ついわたしもそのひとりなんです、と言いそうになった。来栖先輩のような人なら、わたしのこともしっかりと受け止めてくれるような気がした。

わたしが中学時代の友達を除いて誰にも自分の素性を明かさなかったのは、差別が怖かったというのが一番。すぐに施設へと隔離されるとはいえ、周囲にそういう目で見られる瞬間も間違いなくある。

能力者には悪い人もたくさんいる。国にはなにも言わずに、自分の力を使って犯罪を行う人が。だから能力者に対する国民感情は必ずしもいいとは言えない。

わたしに攻撃するような力がなくても、能力者という事実だけで、悪い人だと決めつけられることもある。

「来栖先輩のような考えを持つ人は珍しいですよね」
「そうだね。この国の人間は嫌なことから目をそらす傾向があるからね」
「なにかきっかけとかあったんですか?」
「やっぱり、これも映画の影響かな。魔法使いのドキュメンタリーってここ数年はやってるんだよね。かなり深く切り込んでいるのもあって、魔法使いがどんな扱いを受けているのか、詳しく知ることができるんだ」

表には出ないような制限もたくさんあって、そのなかには明かな人権侵害も認められたという。それで結構な社会問題になっているらしいけれど、わたしは当事者なのに全然知らなかった。

「すごいですね。自分にはなんの関係もないことに、そこまで熱心になれるなんて」
「昔から海外のヒーローものの映画が好きだったんだ。こっちではなかなかないけど、海外では魔法使いの映画ってよく作られているんだ」

ヒーロー。能力者が。国が違うと、そこまで立場も変わるんだ。

「それで、自分もヒーローを救いたいと思ったんですか?」
「うん、なんだか恥ずかしさもあるけど、それがいまのぼくの夢なんだ」


そう言いながら、来栖先輩は外のほうを眺めた。わたしたちは窓際の席に座っていて、ここからは歩道が間近に見える。

「……あれ、楠本じゃないかな」
「え?」

その視線を追うようにして目を向けると、そこには確かに麗がいた。お母さんらしい女性と一緒に歩いている。大きな袋をぶら下げているので、買い物の帰りかもしれない。二人はこちらに気づくこともなく、歩き去った。

「来栖先輩、麗のことを知ってるんですか?」

麗の姿が見えなくなると、わたしはそう聞いた。生徒会とはいえ、全校生徒の名前を知っているとは思えなかったので、不思議に思った。

「楠本とは同じ中学だったんだよ。ほら、彼女の家ってすごいお金持ちだから、自然と顔と名前も覚えたんだ」
「わたしも知り合いなんです。彼女もサッカー部のマネージャーだったので」
「うん、知ってる。挨拶とかしなくてもよかったの?」
「買い物の邪魔をするのもあれなので」
「買い物、か。そう考えると、妙だよね」
「妙、ですか?」
「だって彼女の家、ここから結構離れてるはずなんだ。なのに徒歩で親と買い物してるって、なんか違和感あるんだよね」

そうかな?
確かに高級住宅街とはここは距離はあるけれど、近くに車をとめている可能性だってある。
そう指摘すると、

「なんていうかな、近所を散歩している雰囲気だったんだよね。それに、あの家ってお手伝いさんとかが買い物をするって聞いたことがあるけど」
「自分で好きなものを買いたいときもありますよ。お母さんと一緒だったなら、どちらかへのプレゼントだったかもそれませんよ」
「でも、あの噂もあるし」
「噂、ですか」
「楠本の両親、離婚したかもしれないって言われてるんだよ」
「え、離婚?」
「後輩から聞いただけだけどね。まあ、芸能人じゃないから本人に確認するしかないんだろうけど」

麗からはそんな話、一度も聞いたことがない。仮にそうだとしても、なかなか打ち明けることはできないのかも。周囲からはお金持ちの娘だって見られているから……。

「あっ」

わたしは声を上げて立ち上がった。

「どうかしたの?」

それは、まずい。まずすぎる。わたしの計画が全部崩れてしまう。
いや、待って。まだそうだと決まったわけじゃない。あぐでも来栖先輩の想像。麗の両親が離婚したと決まったわけじゃない。

「す、すいません、ちょっと麗に会ってきます」

本人に聞いてみないと。わたしはそのままファミレスを出て、麗が立ち去った方へと走った。
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