シンクの卵

名前も知らない兵士

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第一夜

4. 王国銀貨と父親の暗号②

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 その日の夜、桜井家の電話が鳴った。
 珍しいこともあるもんだと、その目をランランと輝かせて母親が言った。

「お電話でございます」

「え? 僕? 誰から?」

「女子からですねえ。春さんいらっしゃいますか? ハキハキして明るそうな子ねえ」

 それ以上言わずに、母親の口元がニヤニヤしている。「一体誰だ? ハキハキしてる女子って?」と思いながら、それまで寝そべっていたソファから離れて、母親から受話器を受け取った。

「もしもし……」

「黒井です! 春くん? 夜分にごめんね」

「キ……⁉︎」

 正直、混乱してしまった。「キキかよっ⁉︎」と秘密のアダ名を叫びそうだった。
 声の主はキキだった。電話越しならば本来の声で話せるのだろう。

「どっ、どうしたの?」

「わかったの!」

「え?」

「暗号がわかったよ!」

「ほんと? すごいじゃん! なに? 何だったの?」

「場所! 場所を示してたの!」

 そう、あの数字は場所を示していた。

 パルコはピンときて、受話器を持ったまま、母親のニヤついた顔を横目に、二階へと上がった。
 自室に入ると見せかけて、静かに父親の書斎に入り、ノートパソコンの電源を入れた。それから地図のアプリを立ち上げて、キキに言われるまま、すぐさま検索欄にカーソルを移動させた。

「カードの横の暗号が北緯で、縦の暗号が東経を表してるの。お昼に解いた数字の暗号を入れてみて。先に横の暗号を入れて、カンマで区切って縦の暗号を入れるの」

 パルコは言われたとおりに数字を打ち込んで検索した。すると、地図は一つの場所を示したのだった。

「数字の暗号は、地図の座標だったんだ!」

「そうなの! 北緯と東経の座標だったの! お昼に、こういう数字の並び、どこかで見たことあるなって思ったんだよ。パソコンで地図見てると、こういう数字のら列が出てくることに気づいたんだ」

「すごいよキキ!」

 そう言ってパルコの目は画面に釘づけだった。エヘヘとキキの照れる声が聞こえる。

 その座標を指し示すピンは、山寄りの白い建物らしき場所に置かれていた。




「ここに行けってことなんだと思う」

 干からびた丸池の縁に座りながら、パルコは皆んなに計画のことを話した。

 学校の裏庭にある丸池には、もともと金色の鯉がいたが、ある日鯉が死んでしまってから、どういうわけか池の水が干上がってしまった逸話がある。以来、生徒はこの水のない丸池に寄りつかなくなったという。

 今朝からパルコは大忙しだった。自分がやろうとしていることが、とても大それたことで「誰にもバレないこと必須(マスト)」だからだ。

「オレ、この場所知ってる。市境の廃工場だよ。サイクリングロードを通れば、そんなに遠くない」

 パルコの計画を後押しするように閣下が言った。
 そう、パルコは暗号が指し示す廃工場に忍び込む計画を立てたのだ。
 次にアンテナが念を押した。

「ほんとに今夜なの?」

「うん、今夜しかないよ。アンテナの塾も遅い時間に終わるし、閣下の親も夜勤でいないし、キキのとこは義両親が旅行でいないし、僕んところも母さんが気持ちよくお酒におぼれる日だから都合が良いんだ」

「パルコが言うんだ、潔くあきらめろアンテナ。交換日記でパルコが皆んなの予定を調整した結果なんだ。四人が集まれるのは今夜しかない。お前がオレんちの外泊を許されてるのは、塾の帰りが遅くなる日しかないんだし」

「そりゃそうだけど……昨日の今日でしょ? 心の準備ってのが必要でしょ? 懐中電灯の電池あったかなあ」

「オレのをやるから。これでこの前みたいに寝過ごすことはないだろ」

「じゃあ、この前買ったゲーム持ってくね」

「緊張感のないやつだなあ。まずは教育ママから今夜の外泊許可をとってくれよ」

 アンテナの母親は教育ママだ。それゆえ、全国小学生模試トップレベルの成績を誇る閣下の家なら、塾の帰りが遅くなる日だけ外泊を許されている。
 閣下の親が夜勤だろうと、そこらへんは閣下がうまくやってくれるとパルコは確信している。

 四人は交換日記をいつも回している。
 それはイラストや謎なぞが書いてあったり、放課後の遊ぶ約束だったり、とりとめのない内容ばかりであるが、実は大切なことはブラックライトでしか見えない文字で書かれている。
 その文字が書ける小さなペンと小さなブラックライトがキーホルダーとして売られているが、それが「スパイペン」なのだ。(去年神社の祭りの屋台で四人とも買った)

 授業の合間にスパイペンでメッセージを書き、放課の間に次に回すメンバーの下駄箱に交換日記を入れておく。万が一、先生や生徒に見つかっても、その内容はくだらないことや落書きだ。今朝の授業中にパルコは今夜の計画を書いて、メンバーの予定を聞いていたのだった。

「よし、じゃあ今夜十時半にタコ公園に集合だ。キキはオレらが窓を叩くまで、自宅でちゃんと待ってろよ。それから四人そろってサイクリングロードで向かおう」

「了解!」

 パルコとアンテナは声をそろえ、キキは額に手を構えて敬礼の姿勢をとった。

 そして、数字の暗号を解読したキキの功績を称えて、皆んなでお金を出しあって、キキに特製バッジを贈ることが決まった。

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