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壊劫の波間
49.
しおりを挟む制札の事件が、終結を経た翌朝。
「嬢ちゃんおはよう~」
秋の朝の気持ちの良い空気を堪能しながら井戸場へとやってきた冬乃を、原田のげっそりした顔が出迎えた。
あれから何度も制札は立て直しては抜かれ、ついに新選組は夜通し見張ることとなり。
昨夜は原田ら率いる見張りの隊が、犯人の出現を待ちくたびれて酒まで飲みだした頃に、彼らは現れたのだった。
そのまま戦闘になって敵方には死傷者も出る結果となった。
「・・おはようございます原田様」
眠そうに目をこすっている原田に、冬乃はおもわず眉尻を下げて挨拶を返す。
明らかに疲れが取れていなそうだ。
「おうサノ。昨夜はお疲れ」
幹部棟を出て向かってきた永倉が声をあげる。
「冬乃さんもおはよう」
「おはようございます」
「なあ新八っちゃん、聞いたかよ?犯人ども、またも土佐っぽだぜえ。やってらんねえよ」
(そうなんだよね・・)
原田の悲鳴まじりの溜息を耳に、冬乃は井戸の前へ立ち、釣瓶を引き上げる。
土佐は、今こそ水戸ほど悲惨な政情ではないものの、家中で思想が真っ二つに割れている藩のひとつで。
藩主や上級武家の後藤象二郎などは親幕派なのだが、下級武家の中には長州寄りの者や、坂本龍馬や中岡慎太郎などの国抜けまでして志士活動をしている者も多かった。
尤も龍馬の思想は追々、親幕派(佐幕派)とも、のちの討幕派とも、一括りにはし難いものとなり。そのせいで双方の激派から敵とみなされることになっていってしまう。
(伊東様も・・もしかしたら、この後の龍馬と同じ境遇だったんじゃ・・)
冬乃はずっと伊東の言動を観察しているが、未だ全くといって分からなかった。
只あれこれ考えれば考えるほど冬乃は、伊東がある時点から、近藤達に“誤解” されていったのではないかと、疑い始めている。
(大丈夫、まだあと少し時間はあるから。もっとよく観察して)
冬乃は自身に言い聞かせながら、桶に汲んだ水を手に掬った。顔を洗いだす冬乃の後ろでは、原田達が話を続けている。
「しっかし、土佐は上下で割れてるとばかし思ってたけどよ、昨夜ひっ捕らえた宮川って奴は上士だとよ。どうなってんでえ」
原田の更なる溜息も続く。
宮川は土佐の上級武家出身にしては珍しく、長州寄りの活動家だ。
「ああ、俺も聞いたよそれ。近藤さんなんざ、あれだよ、器がでかすぎるから、奴が切腹させろと堂々言い出した態度見て、すっかり“武士の情け” の気分になったらしい。土方さんがぼやいてた」
永倉の、心情複雑そうな声が追った。
(ぼやいてた・・)
土方もじつは温情において近藤並みに、いやもしくは近藤以上に慈悲深いのだが、
隊を統率する立場として、沖田も揶揄するほどの“鬼” の一面を貫いている。そんな彼だから、近藤が宮川の処分を穏便にと言い出したことに、色々とまた困った気分なのだろう。
「ま、もう奴の治療は終わったんだろ。これから早々に御奉行へ引き渡してくるさ」
「ああ、俺らはとっ捕まえるまでが仕事だしな」
原田がそう締めくくって肩を竦めると。
ぐわあと盛大な欠伸をした。
「やっぱ俺もういっかい寝よ・・」
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