上 下
12 / 472
壬生

12.

しおりを挟む


 「・・何も持ってませんでしたよ」

 (─────畳のにおい)

 その独特な香に、冬乃は、すん、と小鼻を動かした。

 (ここは・・)

 「と、気がついたようですよ」

 ゆっくりと目を開けた冬乃を驚くほど間近で、色黒の顔がのぞきこんでいる。

 (きれいな瞳・・・)

 冬乃は幻でも見るようにぼんやりと眺めながら、
 ふと彼の服装に目がいった。

 自分と同じく稽古着らしき服を着ているところをみると、会場内の付属部屋がどこか・・。

 そういえばもう痛みも、変な霧もない。
 ふらり、と身を起した冬乃は。だが開け放たれた障子の向こうを、思わず凝視した。

 そこには会場前の大路はなく、限りない一面の田畑が青々と広がっている。

 「こ、ここはどこ?」

 「・・壬生、ですが」
 
 目の前の彼の低い穏やかな声が、冬乃を瞠目させた。

 (いま、壬生、って言った?)

 聞き間違いだよね?

 冬乃は恐る恐る自分の身の回りを見渡す。
 
 特に何もない四畳半程の部屋に、先程から冬乃を興味深そうに覗き込んでいる色黒の男と、綺麗な顔をした色白の男が並んで自分の傍に座っている。

 (刀・・なんだけど・・・)

 目に入った、稽古着を着ていない色白の男のほうの腰に差される脇差と、横の大刀に、冬乃はあんぐりと見入った。

 「おい、女」

 刀を凝視した冬乃を不審気たっぷりに、色白の男が睨みつけてくる。

 (あれ?)
 この顔、どこかで・・

 「土方さん、この人、頭打って記憶なくしているんじゃないですかね」

 え?今、

 「土方さんって言いました?!」

 「は?」

 ・・て、たしかに似てる、土方様の写真に!

 「おめえ、何者だ?」

 ここが本当に壬生で。

 時代劇みたいな格好で、

 土方と名乗る、平成に遺る“土方歳三”の写真に似てる人がいて。

 だとしたら、

 この色黒の人は・・・


 まさか。



 「沖田総司様・・ですか?」



 「そうですが。如何してそれを」



 答えるよりも先に冬乃の目には涙が溢れて。

 男達はそれからしばらく返答を待たなければならなかった。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

子供を産めない妻はいらないようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,513pt お気に入り:270

【完結】暴君アルファの恋人役に運命はいらない

BL / 完結 24h.ポイント:3,125pt お気に入り:1,843

悪役令嬢が死んだ後

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,031pt お気に入り:6,140

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:32,567pt お気に入り:11,556

悩む獣の恋乞い綺譚

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:69

巻き添えで異世界召喚されたおれは、最強騎士団に拾われる

BL / 連載中 24h.ポイント:3,720pt お気に入り:8,537

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:760

処理中です...