未完成な僕たちの鼓動の色

水飴さらさ

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第一章

夕焼け

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 史織から学校の駐車場に着いたと連絡が入り、由人は久場に背負われ駐車場まで行く。
 史織は、家でも学校行事でも早恵子とは何度か会っているが、久場とはもちろん初めてだ。
 いきなり現れた高身長のイケメンに弟が背負われていて史織は驚いた。
「はじめまして……弟が大変お世話になったみたいで、ありがとうございます」
「いいえ、応急処置はしたんですけど、明日病院で診てもらった方がいいと思います、伊勢川くんは後部座席に乗せますか?」
「はい、そうですね、ありがとうございます」
 そんなやり取りがあって、久場は由人を一旦地面に降ろし、軽々と横抱きに抱いた。
 由人と同じ制服の高校生でありながら、あまりにも飄々とプレイボーイな行動をする久場に史織は「Wow……」と感嘆の声をあげながら、後部座席のスライドドアを開ける。
「降ろすぞ、伊勢川……今日はよく頑張ったな、気をつけて帰れよ、明日ちゃんと病院行けよ」
 過保護な事を言いながら久場はシートベルトまで閉めて、髪を撫でてくる。
 指で前髪を触り、由人の瞳を見て人懐っこく笑う。
 由人は真っ赤な顔をして頷くしか出来なかった。
 早恵子は冷めた表情でそれを見ながら鞄と靴を車に置く。
 「じゃあな」と、言ってからスライドドアを閉めた久場を、史織は見上げた。
「背が高いんですね」
「はい……」久場が少しだけ微笑み、スポーツ男子の機敏な動きで一歩下がり姿勢を正すと史織に一礼をする。
「史織さん、それじゃ、気をつけて~」
 その隣で早恵子がにこにこと笑って手を振った。
「そうね、2人とも今日は本当にありがとう、助かりました」史織も一礼をして車に乗り込んだ。

 発進した車を見送りながら早恵子と久場はしばらく手を振る。
「さっきのお姫様抱っこは何なのかしら、久場くんは由くんを女の子と間違えてないかしら?」手を振り終えて早恵子が久場を見据える。
「そんなつもりはない、ああした方が伊勢川を負担なく乗せられるからだよ」
「……まあ、いいわ……はっきり聞くけど、久場くんは由くんと友達になりたいの?」
「そうだよ」
「……弟みたいだから?」
「そうだね、弟みたいってのもあるけど伊勢川はいつも一生懸命だよな、すごくいい奴だ、正直仲良くなりたいし、可愛がりたい」
「私、自慢じゃないけど由くんの一番の友達なの」
「うん、そうだね」
「だからと言ってあなたと由くんを邪魔するつもりはないわ、それは由くんが決めることだし……でも、分かってると思うけど、あなたのだらしがない面を放っておくつもりもないの」
「なるほどな」
「もし、由くんを騙したり傷付けたりしたら、私あなたを許さないから」
「そんなつもりないよ、ただ学校で……内川さん達みたいに伊勢川と話をしたり仲良くしてもいいかな?」
「……由くんもあなたのこと友達だと思っているわ、でもやっぱり心配……あなた二面性があるもの」
「そうかな?」
「……あるでしょう」
「内川さんは俺の何を知っているのかな?」
「噂程度にしか知らないわ、でも生憎だけど、あなたに興味は無いの、由くんを守りたいだけだから」
「頼もしいな……内川さんは好きなの? 伊勢川のこと」
「いいえ、その辺はあなたと似てるわ、可愛いくて純粋で、あんなにいい子で健気な子ほっとけない」
「めちゃくちゃ同意」
「……図に乗らないでくれる、言いたいことは言ったし、帰るわ」
 早恵子は地面に置いていた鞄を持ちすたすたと歩いて行く。
「……面白いな、内川さん……サッカーばっかしてて色んな人と話してなかったんだな、俺」
 久場も鞄と体操袋を持ち直し駐車場を抜けて自転車置き場へと向かう。
 途中、春でまだ冷たい水のプールに入れずに、第二グラウンドで基礎トレーニングをしている水泳部の前を通る。
「久場」
 水泳部のキャプテン、時田に声をかけられ立ち止まる。
「今、帰り? 大久保と丸太は?」
「先に帰らせたよ、時田頑張ってんな」
「六月に最後の公式戦があるからな……お前は、引退したんだったか」
「ああ」
「俺も最後だからな、頑張るよ……あれ、お前、塾行くようにしたって言ってなかったか? 何でまだ学校いんの?」
「今日はな、ちょっと図書館に用事があったんだ」
 久場はしばらく時田と話をして、学校の自転車置き場に行く。
 クロスバイクを長い足で跨いで、空に広がる薄い雲と校舎を染めていく夕焼けを見る。
 そのオレンジ色の光景に、切なさと寂しさを感じる。
 いつも一緒にいる大久保と丸太がいないからだろうか。
 いや、そんな事で寂しさなんて感じた事はないし、今まで部活帰りに、美しい夕焼けは何度も見てきたが、こんな風に足を止めて見入ったことはなかった。
 感じたことのない切なさを、久場は不思議に思いながら、その微かに胸を締めつける物寂しさが、心地よかった。
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