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第8話 小屋に灯る光
しおりを挟むその夜、風がひどく冷たかった。
小屋の外では木々が鳴り、月も雲に隠れている。
わたくしは暖炉の火を見つめながら、今日の“初恋ティー”の改良案をノートに書き留めていた。
――カモミール比率を減らす、次はレモンバームを試す。
そんな静寂の中、外から「うわあっ!」という声が響いた。
「……!? 今の、悲鳴ですの?」
外へ飛び出すと、道の脇で倒れている影がひとつ。
「まさか……!」
駆け寄ると、そこにいたのはマリオ。
額に血が滲み、足を押さえている。
「マリオ! どうなさったの!?」
「……崖の近くで転んで……足が……」
夜の闇に血の匂いが混じる。
わたくしは迷うことなく彼を抱え上げた。
「大丈夫、すぐ治して差し上げますわ」
――かつて“社交界”でしか役に立たなかったこの腕が、
今は泥と血を支えるためにある。
小屋に戻り、暖炉の火を強める。
震えるマリオの手を握りながら、わたくしは棚を探った。
そこには、ハーブティーの試作用に残していた乾燥草たち。
「……たしか、アデラおばあさまが言っていたわね。
“この葉は腫れと痛みに効く”って」
わたくしはすぐにお湯を沸かし、葉をすり潰して布に包んだ。
即席の湿布を作り、マリオの足にあてる。
「冷たっ……でも、気持ちいい」
「効果が出るまでじっとしていなさい。
――これは、わたくしの“治療式ティータイム”ですわ」
「……なにそれ」
「病気も怪我も、気分から癒すのですのよ」
そう言って、もうひとつの鍋でハーブティーを煮出した。
香りが小屋中に広がる。
苦しさの中にも、温もりを混ぜたような香り――。
「ほら、飲みなさい。
これが“辺境の薬湯”ですの」
マリオはおそるおそる口にした。
「……甘い。草の味しかしないと思ってたのに」
「それは“人のために煮出した”香りだからですわ」
そのとき、外で風が一層強くなり、扉がきしんだ。
ろうそくの火が消えかけ、闇が広がる。
「待っていなさい、灯りを……」
火打石を探し、何度も擦る。
なかなか火がつかない。指先が冷え、焦りが募る。
「お願い……」
パチッ――と音がして、ようやく灯がともった。
小さな明かり。それでも温かい。
その光が、マリオの顔を照らした。
彼の頬は汗で濡れながらも、穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう……クラ。
お前、ほんとに……変な貴族だけど、優しいな」
「変な、は不要ですわよ」
そう言いながらも、笑いが零れた。
小屋の壁に揺らめく炎の影が、まるで“心の灯り”のように踊っている。
「マリオ。
この光、あなたのおかげでともりましたの」
「オレの……?」
「ええ。わたくしの心に、ですわ」
夜が明けるころ、雨は止み、東の空がうっすらと染まり始めた。
マリオの足は包帯でしっかり固定され、顔にも血の気が戻っている。
「なぁクラ、オレ……ありがとうな。
オレ、あんな風に助けてもらったの初めてで……」
「礼など不要ですわ。
人を助けるのは、“気品”の一部ですの」
「気品って、もっと偉そうなもんかと思ってた」
「わたくしもそう思っておりましたわ。
でもね――誇りとは、人を支える力のこと。
他人を照らす心こそ、本当の“気品”ですの」
朝日が差し込み、小屋の中の灯りと重なる。
暖炉の火と陽の光が溶け合って、まるで祝福のように温かかった。
「……この小屋、なんか前より明るくなったな」
「ええ、わたくしにも見えますわ。
光は――きっと、優しさの形をしているのですの」
クラリッサはハーブティーをもう一杯煎れた。
その香りが、初めて“小屋の外”まで届いていく。
辺境の朝に、小さな香りの光が広がっていった。
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