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第9話 図太さこそ、貴族の証
しおりを挟む夜明け前、村を襲った嵐はすさまじいものでした。
屋根は飛び、畑は泥に沈み、川は氾濫。
わたくしの小屋も一部の壁が崩れ、床が泥だらけに。
「まぁ……“自然のリフォーム”というわけですわね」
皮肉を言いながらも、心の中では息を呑んでいました。
村人たちの顔には疲労と絶望が浮かんでいる。
それでも――
「泣いていてもお腹は膨れませんわ。
ならば、わたくしが動きますの」
王都では“守られる”だけだった令嬢が、
この日、“守る”側に立つ決意をしたのです。
「皆さま、まずは安全を確保いたしましょう!」
「嬢ちゃん、畑が流されたんじゃ。どうにもならん!」
「だからこそですわ。今こそ“図太く”生きるのですの!」
わたくしはスカートをたくし上げ、泥の中に飛び込みました。
倒れた木をどかし、傷ついた家の屋根を布で覆う。
泥まみれになりながら、声を張り上げます。
「マリオ、井戸の水を確かめて! 飲み水が汚れていたら煮沸ですわ!」
「了解! 嬢ちゃん、こっちは男手が足りねぇ!」
「では、そこのおじさま、こちらを持って! 力仕事は頼みますわ!」
村人たちは最初こそ戸惑っていたものの、
気づけば、自然と動き出していました。
「嬢ちゃんの言う通りだ!」
「この人、ほんとに貴族か?」
「貴族っちゅうより……なんか将軍みてぇだな」
「将軍令嬢――悪くありませんわね」
風が強く吹く中でも、声はよく通りました。
“気品”は、決して静かに座っているためのものではない。
――立ち上がるために、必要なもの。
夕方、救出作業が一段落したころ。
泥だらけのわたくしの顔を見て、子どもたちが笑いました。
「変な令嬢、顔が真っ黒ー!」
「おほほ、これぞ“戦化粧”ですわ!」
どっと笑いが起きる。
その笑い声に、張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
アデラおばあちゃんが息をつきながら呟いた。
「嬢ちゃん、ほんに……あんたは図太いのう」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「図太さは生きる力じゃ。泣くより動け、嘆くより笑え。
それがこの村の教えじゃ」
「奇遇ですわね。貴族の教えも似たようなものですの。
“立っている限り、敗北ではない”――」
その言葉に、村の人々が静かに頷いた。
笑いながらも、互いの心の奥に灯がともる。
夜。
村に残されたランプの灯りがぽつぽつとともる。
人々の笑い声と、焚き火の音。
わたくしは手に持ったカップの香りを吸い込みました。
「嵐の夜でも、香りは消えませんわね……」
そのとき、遠くの丘の上にひとつの影が見えました。
黒髪の青年――レオン。
彼は腕を組み、じっと村を見下ろしている。
その瞳には、ほんの一瞬、懐かしさのような光が宿った。
「……あの令嬢、ただ者じゃないな」
そう呟き、彼は闇に溶けるように姿を消した。
わたくしはその視線に気づかぬまま、焚き火の炎を見つめていた。
――炎はまるで、“図太く生きる心”そのもののように、
暗闇の中で、しなやかに揺れていました。
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