追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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誇りの継承

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沈黙の王冠”が崩壊してから、王都にはようやく春が訪れた。
 だがその春の風の中に、クラリッサは奇妙な香りを感じていた。
 ――それは懐かしくも、痛みを伴う香り。

 ヴァレンティーヌ公爵家の屋敷跡。
 瓦礫と蔦に覆われたその場所は、今では鳥の巣と化していた。
 クラリッサは一人、扇子を閉じて静かに歩みを進めた。

 「……お父様、わたくしは、まだ“あなた”に追いつけていませんのね」

 その声に応えるように、風が一筋吹き抜けた。
 ハーブの香りとともに、何かが足元に転がる。
 それは、古びた銀の鍵。
 “ヴァレンティーヌの紋章”が刻まれていた。

 夜。
 クラリッサは王宮の地下文書庫へと向かった。
 鍵が示すのは、封印指定された棚――「香りの原典」と呼ばれる一冊の書だった。

 ページを開くと、古い筆跡が現れる。
 《香りは、神ではなく、人が生む。
  香りは、記憶ではなく、意思である。
  ゆえにヴァレンティーヌは、権力の香を拒む。》

 震える指先で、その文字をなぞる。
 そこには、亡き父の署名――
 《ルシアン・ヴァレンティーヌ》 の名が記されていた。

 その瞬間、書物から淡い香りが立ちのぼる。
 幼い日の記憶が蘇る。

 ――陽だまりの庭。
 父が優しく笑いながら、娘に語りかける。

 > 「クラリッサ。香りはね、人を飾るものじゃない。
 >  人の心に“帰る道”を作るものなんだよ。」

 > 「じゃあ、“誇り”ってなんですの?」

 > 「誇りとは、自分の香りを恐れないことさ。」

 幼いクラリッサの笑い声と共に、記憶の風が静かに閉じていく。

 翌朝。
 クラリッサは書物と香水瓶を胸に抱き、王宮の中庭に立っていた。
 空には春の光、花々が香りを放ち、風が舞う。

 「お父様……わたくし、理解しましたわ。
  誇りとは“香りを継ぐこと”。
  そして、誰かの心を護ることですのね。」

 手の中の香水瓶が淡く光る。
 その中から広がったのは――あの懐かしい香り。
 柔らかく、深く、そしてどこか切ない。

 クラリッサは扇子を開き、香りを風に乗せた。
 王都の空気が揺れ、過去と現在が溶け合う。
 それは、ヴァレンティーヌ家の“誇りの香”。

 「この風を、未来へ届けますわ」

 その夜、ラザール卿がクラリッサの執務室を訪れた。
 「その香り……まるでルシアンが戻ってきたようだ」
 「お父様の想いが、ようやく届いたのですわ」
 「そうか……彼の夢は“学院”だった。香りを学ぶ場所を作ること。
  だが、実現する前に命を落とした」

 クラリッサは静かに頷いた。
 「ならば――その夢、わたくしが継ぎますわ。
  香りを“支配”ではなく“学び”に変える学院を」

 ラザールは微笑む。
 「やはり君はルシアンの娘だ。誇りを継ぐ者だよ」

 クラリッサは夜風に扇子を掲げた。
 「ヴァレンティーヌの名は、今も風と共にありますの。
  それが――わたくしの誇りですわ」
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