追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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約束の継承者

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王都の議事堂。
 朝霧を透かして差し込む光が、重厚な石造りの廊下を金に染めていた。
 今日の評議会の議題は――“香り学院”の設立。

 クラリッサ・ヴァレンティーヌは扇子を胸に抱き、ゆっくりと扉を押し開けた。
 背筋を伸ばし、微笑みを浮かべたその姿に、ざわめきが広がる。
 “辺境の令嬢”から“香師顧問”へ――
 誰もが、その変化を恐れと尊敬の入り混じった目で見ていた。

 議長が立ち上がる。
 「本日の提案者、クラリッサ・ヴァレンティーヌ卿。――発言を許可する。」

 クラリッサは壇上に立ち、ゆっくりと扇子を開いた。
 「わたくしが提案いたしますのは、王都に“香りの学院”を設立することですわ。
  この学院では、貴族も庶民も関係なく、香りを学び、癒し、創造できるようになりますの。」

 議場にざわめきが走る。

 「香りを庶民に?」「技術の流出ではないのか?」「王都の秩序が崩れる!」

 クラリッサはそれらの声を静かに受け止め、微笑んだ。
 「秩序とは、支配で保つものではありませんの。
  “理解”によって生まれるものですわ。」

 その瞬間、ひときわ低く響く声が議場の奥から届いた。

 「――その理想は、あまりに危うい。」

 振り向けば、ユージン・アシュフォードが立っていた。
 彼の制服の襟には、王国顧問議員の紋章が光っている。

 「クラリッサ、君の言葉は美しい。
  だが、美しさだけで国は回らない。
  香りは人の感情を操る。それを無秩序に広めれば、また“香りの戦乱”が起きる。」

 クラリッサは彼の視線を受け止めた。
 「それでも、わたくしは信じますの。
  香りは人を操るためではなく、人が自らを見つめるための鏡。
  その鏡を、誰もが持てるようにしたいのですわ。」

 沈黙。
 その静けさを破ったのは、ラザール卿の声だった。
 「……提案を可視化してみるとしよう。クラリッサ卿、実例は?」

 クラリッサは頷き、机に置いていた小瓶を開いた。
 「――これは、“記憶を癒す香り”。
  先日の戦で孤児となった子どもたちに試したところ、
  彼らは夜泣きをしなくなりましたの。」

 瓶から漂う香りが広がる。
 穏やかで、懐かしい。
 母の手の温もりを思い出させるような香りだった。

 議員のひとりが呟く。
 「……この香り、懐かしい。子どもの頃、母が淹れた茶の香りだ……」
 クラリッサは微笑んだ。
 「そうですわ。それが“記憶を継ぐ香り”。
  学院では、これを誰もが学び、共有できるようにしますの。」

 ユージンは腕を組み、静かに目を閉じた。
 「……君は、やはり変わらないな。
  危ういほどに真っ直ぐだ。」

 クラリッサは真っ直ぐに言葉を返す。
 「あなたも、変わらないではありませんの。
  不安を“秩序”で封じようとするところが。」

 「それが俺の役目だ。」
 「そして、わたくしの役目は――“希望”を開くことですの。」

 議長が立ち上がる。
 「――採決に入る!」

 票を取る鐘の音が鳴り響く。
 次々と上がる賛成の札。
 やがて、議長が静かに宣言した。

 「可決。――“香り学院”の設立を認める!」

 拍手が広がる中、ユージンは小さく笑った。
 「……君の勝ちだな。」
 クラリッサは首を振る。
 「勝ち負けではありませんわ。
  これは――誓いの継承ですの。」

 ユージンの瞳に、かすかな感情が揺れた。
 「……あの夜、君を断罪した俺に、その言葉を言う資格はあるか?」
 「資格ではなく、記憶ですわ。あなたもまた、風に誓った人。
  だから、今ここにいるのでしょう?」

 沈黙。
 やがて、ユージンは目を伏せ、静かに頷いた。

 夜。
 王都の屋上で、クラリッサはひとり、扇子を開く。
 春の風が髪を撫で、香りが広がる。

 「お父様、わたくしはもう迷いません。
  この国に“学ぶ香り”を――
  人々に、選ぶ自由を与える香りを、残しますわ。」

 風が応えるように、初恋草の香りが流れた。
 その夜、ヴァレンティーヌの誓いは未来へと引き継がれた。
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