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6話
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演習場の隣に設けられたバイオギア専用の控え室は、装着後のクールダウンや整備のための個室仕様となっている。
白基調の内装に、換気とアロマの循環装置。
汗を拭きとるためのミストシャワーと、冷却ソファが並ぶ。
そこに――文哉は、ドアをノックもせずに入ってきた。
「梨羽、大丈夫だった?」
「えっ、ちょっ……ま、待って! いま脱ぎかけ――!!」
慌ててスーツの上半身を引き寄せて隠す梨羽。
真っ赤になった顔で振り返るが、文哉は全く気にした様子もなく、彼女の隣へすっと歩み寄る。
「ご、ごめん……でも無事か心配でさ。ちょっと危ない場面あったから」
「……も、もう……! びっくりするじゃん、ほんとに……」
梨羽はスーツのファスナーを慌てて閉め、汗ばんだ額を袖でぬぐう。
しかし文哉は、真剣なまなざしのまま、梨羽の手をふいに取った。
「……あの時、かっこよかったよ」
「……っ!」
手のひらに伝わる文哉の体温。
戦闘後の火照った身体に、それはあまりにも刺激的だった。
「ドキドキした。ほんとに、惚れ直すくらい」
「な、なっ、なっ……!!!」
梨羽は顔を両手で覆い、椅子に背を預けるようにのけぞる。
「そ、そういうことサラッと言わないのぉ~~~!」
「え? でも本音なんだけど……」
文哉は小首を傾げ、悪気などまるでない声で言う。
その無自覚さが、かえって梨羽の心臓をえぐってくる。
この世界では――女性が男性に触れるだけでも風紀違反とされる。
だからこそ、こうして逆に文哉から自然に手を取られることは、彼女にとっては“ほぼキス級”の破壊力だった。
(だ、だめ……! こんなん、ドキドキしないわけないじゃん……!!)
顔を真っ赤にしたまま、梨羽はそっと文哉の手を握り返した。
ぎゅっとではなく、そっと。
それでも、その想いはたしかに伝わる。
「……ほんと、ちょっとずるいんだから、文哉くん」
「え、俺なんかしたっけ?」
「してるよ! もう! ……無自覚でイケメンムーブするの禁止!!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
言い返そうとした文哉だったが、その表情に浮かんだ微笑みは、どこか照れたようで。
そして――ふたりの手は、そのまましばらく離れなかった。
バイオギアの装甲が冷却されるように。
さっきまで熱を帯びていた心も、少しずつ静まっていく。
でも、ひとつだけ。
胸の奥で、梨羽の“ドキドキ”だけは、ずっと燃え続けていた。
✿✿✿✿
放課後の美術室は、誰もいなかった。
夕焼けがカーテンの隙間から差し込み、木製の机と画材にやわらかな影を落としている。
その奥――窓際の机に、真帆は静かに座っていた。
彼女の手元には、1枚のスケッチブック。
そこに描かれていたのは、重厚なフォルムのバイオギアだった。
「……これが、真帆のバイオギア?」
「……うん。〈ファム=ヘヴィリオン〉っていうの」
文哉がそっと覗き込むと、真帆は少しだけ頬を染めながら、ページをめくる。
描かれていたのは、重火器を背負った女性型ギア。
露出の激しい装甲と、透けるような腹部フレームライン。
そして――なにより印象的だったのは、笑顔を模した“仮面フェイス”。
「……すごく、かっこいい。けど……ちょっと、怖くもあるね」
「……そっか……やっぱり、そう見えるよね……」
真帆は目を伏せ、スケッチブックを抱きしめた。
「……このギア、私の“内面”を映してるって言われたの」
「内面……?」
「うん……言いたいことがあっても、うまく言えなくて。
大事な人ができても……その人の前に立つと、言葉より先に……守りたくなっちゃうの」
彼女の声は、震えるように小さかった。
けれど、真っ直ぐで、逃げていなかった。
文哉は、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「……真帆、怖くなんかないよ。むしろ、すごく優しいって思った」
「……え?」
「重たい武装とか、大きなキャノンとか……全部、“誰かを守りたい”って気持ちの表れでしょ?
俺、そういうの……すごく、いいなって思うよ」
そう言って、文哉は自然と――彼女の手に触れた。
「っ……!」
真帆の身体が、びくりと跳ねる。
けれど、文哉はそのまま、指先で彼女の手の甲をなぞるように、優しく撫でた。
「……やっぱ、あったかいね。真帆の手」
「そ……そんな……!」
耳まで真っ赤になった真帆が、手を引こうとする……が、すぐに止まった。
逆に――そっと、握り返す。
その小さな勇気が、文哉の胸に刺さった。
「……真帆。俺、真帆が描いたこのギア、すごく好きだよ」
「……じゃあ……」
真帆が、小さく口を開いた。
「……今度の演習、見に来てくれる……?」
目をそらしながらも、必死に伝えようとするその姿に、文哉は微笑む。
「もちろん。絶対に、見に行く」
「……そっか。じゃあ……もうちょっとだけ、頑張ってみる……」
そのとき、夕日が差し込んで、真帆の髪が柔らかく輝いた。
繊細で、言葉にならない気持ちが、確かにそこにあった。
そしてそれは――「誰かのために戦うこと」こそが、彼女の優しさである証だった。
ふたりの指先は、離れぬまま。
重火器の仮面ギアのデザインの横で、淡く、淡く、恋が芽吹いていた。
白基調の内装に、換気とアロマの循環装置。
汗を拭きとるためのミストシャワーと、冷却ソファが並ぶ。
そこに――文哉は、ドアをノックもせずに入ってきた。
「梨羽、大丈夫だった?」
「えっ、ちょっ……ま、待って! いま脱ぎかけ――!!」
慌ててスーツの上半身を引き寄せて隠す梨羽。
真っ赤になった顔で振り返るが、文哉は全く気にした様子もなく、彼女の隣へすっと歩み寄る。
「ご、ごめん……でも無事か心配でさ。ちょっと危ない場面あったから」
「……も、もう……! びっくりするじゃん、ほんとに……」
梨羽はスーツのファスナーを慌てて閉め、汗ばんだ額を袖でぬぐう。
しかし文哉は、真剣なまなざしのまま、梨羽の手をふいに取った。
「……あの時、かっこよかったよ」
「……っ!」
手のひらに伝わる文哉の体温。
戦闘後の火照った身体に、それはあまりにも刺激的だった。
「ドキドキした。ほんとに、惚れ直すくらい」
「な、なっ、なっ……!!!」
梨羽は顔を両手で覆い、椅子に背を預けるようにのけぞる。
「そ、そういうことサラッと言わないのぉ~~~!」
「え? でも本音なんだけど……」
文哉は小首を傾げ、悪気などまるでない声で言う。
その無自覚さが、かえって梨羽の心臓をえぐってくる。
この世界では――女性が男性に触れるだけでも風紀違反とされる。
だからこそ、こうして逆に文哉から自然に手を取られることは、彼女にとっては“ほぼキス級”の破壊力だった。
(だ、だめ……! こんなん、ドキドキしないわけないじゃん……!!)
顔を真っ赤にしたまま、梨羽はそっと文哉の手を握り返した。
ぎゅっとではなく、そっと。
それでも、その想いはたしかに伝わる。
「……ほんと、ちょっとずるいんだから、文哉くん」
「え、俺なんかしたっけ?」
「してるよ! もう! ……無自覚でイケメンムーブするの禁止!!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
言い返そうとした文哉だったが、その表情に浮かんだ微笑みは、どこか照れたようで。
そして――ふたりの手は、そのまましばらく離れなかった。
バイオギアの装甲が冷却されるように。
さっきまで熱を帯びていた心も、少しずつ静まっていく。
でも、ひとつだけ。
胸の奥で、梨羽の“ドキドキ”だけは、ずっと燃え続けていた。
✿✿✿✿
放課後の美術室は、誰もいなかった。
夕焼けがカーテンの隙間から差し込み、木製の机と画材にやわらかな影を落としている。
その奥――窓際の机に、真帆は静かに座っていた。
彼女の手元には、1枚のスケッチブック。
そこに描かれていたのは、重厚なフォルムのバイオギアだった。
「……これが、真帆のバイオギア?」
「……うん。〈ファム=ヘヴィリオン〉っていうの」
文哉がそっと覗き込むと、真帆は少しだけ頬を染めながら、ページをめくる。
描かれていたのは、重火器を背負った女性型ギア。
露出の激しい装甲と、透けるような腹部フレームライン。
そして――なにより印象的だったのは、笑顔を模した“仮面フェイス”。
「……すごく、かっこいい。けど……ちょっと、怖くもあるね」
「……そっか……やっぱり、そう見えるよね……」
真帆は目を伏せ、スケッチブックを抱きしめた。
「……このギア、私の“内面”を映してるって言われたの」
「内面……?」
「うん……言いたいことがあっても、うまく言えなくて。
大事な人ができても……その人の前に立つと、言葉より先に……守りたくなっちゃうの」
彼女の声は、震えるように小さかった。
けれど、真っ直ぐで、逃げていなかった。
文哉は、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「……真帆、怖くなんかないよ。むしろ、すごく優しいって思った」
「……え?」
「重たい武装とか、大きなキャノンとか……全部、“誰かを守りたい”って気持ちの表れでしょ?
俺、そういうの……すごく、いいなって思うよ」
そう言って、文哉は自然と――彼女の手に触れた。
「っ……!」
真帆の身体が、びくりと跳ねる。
けれど、文哉はそのまま、指先で彼女の手の甲をなぞるように、優しく撫でた。
「……やっぱ、あったかいね。真帆の手」
「そ……そんな……!」
耳まで真っ赤になった真帆が、手を引こうとする……が、すぐに止まった。
逆に――そっと、握り返す。
その小さな勇気が、文哉の胸に刺さった。
「……真帆。俺、真帆が描いたこのギア、すごく好きだよ」
「……じゃあ……」
真帆が、小さく口を開いた。
「……今度の演習、見に来てくれる……?」
目をそらしながらも、必死に伝えようとするその姿に、文哉は微笑む。
「もちろん。絶対に、見に行く」
「……そっか。じゃあ……もうちょっとだけ、頑張ってみる……」
そのとき、夕日が差し込んで、真帆の髪が柔らかく輝いた。
繊細で、言葉にならない気持ちが、確かにそこにあった。
そしてそれは――「誰かのために戦うこと」こそが、彼女の優しさである証だった。
ふたりの指先は、離れぬまま。
重火器の仮面ギアのデザインの横で、淡く、淡く、恋が芽吹いていた。
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