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27話
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深夜の校舎、外灯の光すら届かぬ裏手の搬入口――。
そこに響くのは、ただ風の音。そして、細かく起動音を鳴らしながら迫り来る、無人の影。
美苑は肩越しに振り返り、気配を読む。
――数は、およそ十数体。全てバイオギア反応あり。だが、いずれも操縦者の気配がない。
「遠隔操作型、ですの……?」
瞬間、虚空に金の光が咲いた。風が走る。
花弁のように煌めく粒子の中に現れたのは、まるで“女騎士”を思わせる高潔な装甲。装いは白と金、そして聖なる緑に輝く神聖の意匠――。
「……貴女が、美苑ね?」
鈴のような声が降る。だがその響きに宿るのは、優しさではない。高慢と――明確な、侮蔑。
「名乗ってあげる。私はスパ。コアーが造りし者――ホムンクルスよ」
その言葉に、美苑はすぐに構える。背後ではすでに〈フェイド=ヴァニッシャ〉が半透明の機構を起動、音もなく装着が完了していた。
「コアー……やはり、貴様らが学園を狙って――」
スパは小さく笑う。だが、その笑みにはどこか、壊れた信仰のようなものが滲んでいた。
「学園? あんな“男”を神のように祀る、腐った箱庭……そんな場所、生かしておく価値があると思う?」
――“男”。その一言に、美苑の瞳が鋭く揺れる。
スパが右手を掲げた。瞬間、無人バイオギア群が一斉に走り出す。
「女が仕えるなんて、滑稽よ。貴女もそう思わない? “男”のために戦うなんて、自尊の放棄じゃない」
「……違いますわ。わたくしは――」
美苑は走る。白と金の刃に、透明の風が交差した。
「――彼を“想う”ということが、何よりも誇らしいのです!」
無人機の拳が地面を砕き、煙が舞う。
その中から飛び出した影が、右へ、左へと疾走し、粒子の尾を残して一体ずつ無力化していく。
だが。
数が、違った。
一体を破壊する間に、二体が接近し、三体目が動きを止める。
「ぐっ……!」
美苑の肩をかすめるようにして、光弾が放たれた。装甲がきしみ、片膝をつく。
「どう? この程度? ……なんだ、貴女もただの雌なのね」
スパが軽蔑の眼差しで見下ろす中、その背後――。
「だから言っただろ? 一人で突っ走りすぎなんだって!」
稲妻が落ちる。地を割って滑り込んできた漆黒と紅の衝撃が、無人機を蹴散らす。
「遅くなって、ごめん、美苑!」
春野が叫ぶと、〈アークブレイカー=ルシフェラ〉のブレードフィンが展開され、無数の稲光を撒き散らす。
「……春野。来てくれたのね」
「当たり前でしょ。あんた一人で逝かせるわけ、ないじゃん」
二人の呼吸が、戦場で重なる。
美苑の透明な残像が敵陣に溶け込み、春野の稲妻が追撃する。
全身を駆け抜ける鋭い痛み。それでも、美苑は倒れない。
脇腹に焼けるような熱が走る。さっきの一撃で装甲が深く抉られ、体内の粒子制御バランスも大きく乱れていた。にもかかわらず、目は決して伏せられなかった。倒れた春野を庇うように前に立ち、ぐっと歯を食いしばる。
向かい風の中に立つような、圧倒的な重圧。視界の先に立つ“白き騎士”は、剣を収めようともせず、悠然とその場に佇んでいた。
「……もう動けないの?」
冷ややかに、まるで“興味を失った”と言わんばかりの声だった。
「つまらない。あなたたちの限界なんて……やはりこの程度」
スパの背後で、花弁のような粒子が舞い続ける。それは祝福ではなく、静かに降り積もる処刑の幕。
春野がかろうじて立ち上がった。ふらつく足を美苑が支える。
「……このままじゃ……!」
「まだ、終わってませんわ……!」
必死に叫ぶように、だが美苑の声はかすれていた。
逃げなければ。
このままでは、ふたりとも“抹消”される。
だが、どうやって……?
そのときだった。背後の崩れた構造物の下から、微かな粒子信号が走った。美苑は反射的にセンサーを展開し、逃走経路を検索する。
「春野、あの奥の搬送路……! 裏道に通じてるわ!」
「行けるのか……?」
「行くしかないのよ!」
スパが再び剣を構えた瞬間、美苑は粒子スモークを展開。視界が一気に白濁し、空気が揺れる。
「時間稼ぎなんて無意味よ!」
鋭い突きが霧を裂く。すぐ近くをかすめた刃が、地面を抉り、火花を散らす。だがその隙に、美苑と春野は瓦礫の隙間を滑り込み、狭い通路へと転がり込んだ。
「逃がさない……!」
追おうとしたスパの足が、ふと止まった。
通信が入ったのだ。
『――追跡は不要。あなたの使命は、存在の証明。無用な感情は不要です』
その声は、冷徹で、無機質な指示を告げるものだった。
スパの目が一瞬だけ細められる。
彼女の中で、何かがざわめいた。
(……どうして、私……)
白く燃える剣を手にしながら、スパはかすかに唇を噛んだ。
ふたりの逃げる気配はすでに遠く、探知にも引っかからない。
だが、その後の静寂の中で、スパは低く呟く。
「……私は、“男は人間ではない”と教えられた。だから、それを壊すのが正しいと……」
その言葉に答える者はいなかった。
ただ、舞い散る金の花弁が、彼女の沈黙を祝福するように、ゆっくりと落ちていく――。
そこに響くのは、ただ風の音。そして、細かく起動音を鳴らしながら迫り来る、無人の影。
美苑は肩越しに振り返り、気配を読む。
――数は、およそ十数体。全てバイオギア反応あり。だが、いずれも操縦者の気配がない。
「遠隔操作型、ですの……?」
瞬間、虚空に金の光が咲いた。風が走る。
花弁のように煌めく粒子の中に現れたのは、まるで“女騎士”を思わせる高潔な装甲。装いは白と金、そして聖なる緑に輝く神聖の意匠――。
「……貴女が、美苑ね?」
鈴のような声が降る。だがその響きに宿るのは、優しさではない。高慢と――明確な、侮蔑。
「名乗ってあげる。私はスパ。コアーが造りし者――ホムンクルスよ」
その言葉に、美苑はすぐに構える。背後ではすでに〈フェイド=ヴァニッシャ〉が半透明の機構を起動、音もなく装着が完了していた。
「コアー……やはり、貴様らが学園を狙って――」
スパは小さく笑う。だが、その笑みにはどこか、壊れた信仰のようなものが滲んでいた。
「学園? あんな“男”を神のように祀る、腐った箱庭……そんな場所、生かしておく価値があると思う?」
――“男”。その一言に、美苑の瞳が鋭く揺れる。
スパが右手を掲げた。瞬間、無人バイオギア群が一斉に走り出す。
「女が仕えるなんて、滑稽よ。貴女もそう思わない? “男”のために戦うなんて、自尊の放棄じゃない」
「……違いますわ。わたくしは――」
美苑は走る。白と金の刃に、透明の風が交差した。
「――彼を“想う”ということが、何よりも誇らしいのです!」
無人機の拳が地面を砕き、煙が舞う。
その中から飛び出した影が、右へ、左へと疾走し、粒子の尾を残して一体ずつ無力化していく。
だが。
数が、違った。
一体を破壊する間に、二体が接近し、三体目が動きを止める。
「ぐっ……!」
美苑の肩をかすめるようにして、光弾が放たれた。装甲がきしみ、片膝をつく。
「どう? この程度? ……なんだ、貴女もただの雌なのね」
スパが軽蔑の眼差しで見下ろす中、その背後――。
「だから言っただろ? 一人で突っ走りすぎなんだって!」
稲妻が落ちる。地を割って滑り込んできた漆黒と紅の衝撃が、無人機を蹴散らす。
「遅くなって、ごめん、美苑!」
春野が叫ぶと、〈アークブレイカー=ルシフェラ〉のブレードフィンが展開され、無数の稲光を撒き散らす。
「……春野。来てくれたのね」
「当たり前でしょ。あんた一人で逝かせるわけ、ないじゃん」
二人の呼吸が、戦場で重なる。
美苑の透明な残像が敵陣に溶け込み、春野の稲妻が追撃する。
全身を駆け抜ける鋭い痛み。それでも、美苑は倒れない。
脇腹に焼けるような熱が走る。さっきの一撃で装甲が深く抉られ、体内の粒子制御バランスも大きく乱れていた。にもかかわらず、目は決して伏せられなかった。倒れた春野を庇うように前に立ち、ぐっと歯を食いしばる。
向かい風の中に立つような、圧倒的な重圧。視界の先に立つ“白き騎士”は、剣を収めようともせず、悠然とその場に佇んでいた。
「……もう動けないの?」
冷ややかに、まるで“興味を失った”と言わんばかりの声だった。
「つまらない。あなたたちの限界なんて……やはりこの程度」
スパの背後で、花弁のような粒子が舞い続ける。それは祝福ではなく、静かに降り積もる処刑の幕。
春野がかろうじて立ち上がった。ふらつく足を美苑が支える。
「……このままじゃ……!」
「まだ、終わってませんわ……!」
必死に叫ぶように、だが美苑の声はかすれていた。
逃げなければ。
このままでは、ふたりとも“抹消”される。
だが、どうやって……?
そのときだった。背後の崩れた構造物の下から、微かな粒子信号が走った。美苑は反射的にセンサーを展開し、逃走経路を検索する。
「春野、あの奥の搬送路……! 裏道に通じてるわ!」
「行けるのか……?」
「行くしかないのよ!」
スパが再び剣を構えた瞬間、美苑は粒子スモークを展開。視界が一気に白濁し、空気が揺れる。
「時間稼ぎなんて無意味よ!」
鋭い突きが霧を裂く。すぐ近くをかすめた刃が、地面を抉り、火花を散らす。だがその隙に、美苑と春野は瓦礫の隙間を滑り込み、狭い通路へと転がり込んだ。
「逃がさない……!」
追おうとしたスパの足が、ふと止まった。
通信が入ったのだ。
『――追跡は不要。あなたの使命は、存在の証明。無用な感情は不要です』
その声は、冷徹で、無機質な指示を告げるものだった。
スパの目が一瞬だけ細められる。
彼女の中で、何かがざわめいた。
(……どうして、私……)
白く燃える剣を手にしながら、スパはかすかに唇を噛んだ。
ふたりの逃げる気配はすでに遠く、探知にも引っかからない。
だが、その後の静寂の中で、スパは低く呟く。
「……私は、“男は人間ではない”と教えられた。だから、それを壊すのが正しいと……」
その言葉に答える者はいなかった。
ただ、舞い散る金の花弁が、彼女の沈黙を祝福するように、ゆっくりと落ちていく――。
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