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31話
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陽は既に落ち、学園都市《ノア・クロス》の宵闇が濃く染まりはじめた頃、学園の外縁にある立入禁止区域、かつて実験施設があった廃墟の広場に、ふたりの少女が向かい合っていた。
風紀委員長・黒崎美苑。
その目は静かに怒りを湛えていた。
「……あなたは、いったい、どこまで堕ちるつもりなのですか?」
声には怒りよりも、哀しみが混じっていた。
向かい合うのは、彼女の幼なじみであり、かつて隣に立っていた仲間――並柳春野。
その表情は、笑っていた。
あの日と同じように、皮肉げに。だけど、どこか壊れかけたように。
「……ふふ、アンタらしい言葉だね。正義だの、風紀だの。そんなもん、私にはもうとうに意味がない」
「だったら、なぜ風紀委員を……」
「“中から壊す”には都合がよかった。それだけのこと」
春野の声は平坦だった。
彼女の背には既に〈アークブレイカー=ルシフェラ〉の赤黒い機影が現れている。装甲の割れ目から覗く光と肌が、狂気のように脈動していた。
「……アンタに聞きたい。ねえ、美苑」
春野が一歩、踏み出す。
「父親に殴られて、蹴られて、毎晩母親の泣き声が聞こえて……その母親が殺されたとき、警察は“家庭内の不幸な事故”で済ませた。誰も、守ってなんかくれなかった」
「……」
「男ってそういう生き物だよ。弱いくせに力だけは持ってて、自分より弱いものを踏みにじる。優しさなんか、虚構。そんな連中をアンタは守るっていうの?」
美苑の表情が強張る。
「……わたくしは、“守られるべき人”が誰であれ、その命を軽んじる行為は、決して許しません」
「だったら、やっぱりアンタとは分かり合えないね。正義とか理想とか、それは“幸せな世界にいた奴”が語る贅沢なんだよ」
次の瞬間、春野が叫ぶ。
「……行くよ。アンタのその“綺麗な正義”、この手でぶち壊してやる!」
稲妻型のブレードフィンが展開され、黒と紅の悪魔が疾走する。
美苑も応じるように光学粒子を舞わせ、〈フェイド=ヴァニッシャ〉が滑るように宙を舞う。
「――いいえ、あなたを止めてみせます。たとえこの手が……どれほど汚れようとも!」
ふたりの機体が、宵闇の空間で激突した。
剥き出しの拳と閃光のステップ。
信念と過去、祈りと憎しみ――交わるはずのなかった二つの生き様が、今この瞬間、ぶつかり合い、火花を散らしはじめていた。
風紀委員長・黒崎美苑。かつての親友・並柳春野。
その眼差しに、もはや和解の色はなかった。
それぞれの信念が、相手の存在そのものを拒絶していた。
「わたくしは、貴女を許せませんわ……春野さん。もう、止まらないのですね」
美苑の声音には、怒りでも憎しみでもない、ただ静かな覚悟が込められていた。
春野はゆっくりと首を傾げた。
「……ふふ。ああ、そうだね。許されることなんて、最初から期待してないよ。アンタにだけは」
その瞳の奥には、決して癒えない憎悪の闇が渦巻いていた。
それでも、かつては同じ制服で肩を並べ、同じ風紀を守っていた二人。
だが今、彼女たちは正反対の“正義”を掲げ、交差しようとしている。
次の瞬間、空気が裂けた。
美苑の光学迷彩が揺らめき、透明な剣閃が春野に迫る。
だが春野は読んでいたように、鋭く跳躍し、漆黒の蹴撃で反撃。地面が抉れる。
高速の打撃と斬撃が幾度となく交差する。
露出度の高いルシフェラの機体が、筋肉と閃光を躍動させながら拳を叩き込み、ヴァニッシャの透明剣が、皮膚に近い距離を撫でるように斬り裂く。
美苑は冷静に動く。だが、春野の憎悪はそれを上回っていた。
「……遅いよ、美苑」
その言葉とともに、稲妻型ブレードフィンが展開され、強烈な推進力で一気に距離を詰める。
美苑は咄嗟にホログラフィック・ウィングを展開し回避。
だが、爪状の拳がヴァニッシャの胸部装甲を貫いた。
「くっ……ぅああああっ!」
衝撃で吹き飛ばされる美苑。だが、その顔に涙はなかった。
(この子を止めるのは……わたくししかいない)
立ち上がり、装甲がひび割れた両腕を再び構える。
その瞬間だった。
ヴァニッシャの半透明の粒子が限界を迎え、フェードアウトするように霧散。
同時に、ルシフェラもビームパルスが不安定に揺れ、肩の装甲が崩れ落ちた。
二人のバイオギアが、同時に限界を迎えたのだ。
重く、沈黙の一瞬。
だが、終わりではなかった。
「……これが最後だね」
春野が歩み寄りながら、己のバイオギアの“赤い爪”を手に握る。
美苑もまた、抜き取ったヴァニッシャの“透明剣”を構える。
夕陽の中、バイオギアを脱いだ素肌のまま――二人の少女は、最後の一撃に全てを込めた。
疾風が吹き抜ける。
一瞬だけ世界が止まり、光と影が交差した。
両者の武器が互いの胸元を貫いた、その瞬間――
美苑の腕が震えた。
春野の口元が血に染まり、ふっと笑った。
「……やっぱり、優しいんだね……アンタ……」
刹那、二人の身体が倒れ合うように崩れ落ちる。まるで抱擁するように。
しばしの静寂の後。
かすかに、美苑の胸が上下した。かろうじて、生きている。
だが、春野は――その胸に、微かな鼓動はもうなかった。
透き通るような肌に血が滲み、笑ったままの表情だけが、最後に残されていた。
美苑は、その冷たい体を抱きしめる。
「……どうして、ここまで……」
返事は、なかった。ただ、吹き抜ける風が、二人を包み込む。
遠くで、学園の鐘が鳴っていた。まるで鎮魂の音のように。
風紀委員長・黒崎美苑。
その目は静かに怒りを湛えていた。
「……あなたは、いったい、どこまで堕ちるつもりなのですか?」
声には怒りよりも、哀しみが混じっていた。
向かい合うのは、彼女の幼なじみであり、かつて隣に立っていた仲間――並柳春野。
その表情は、笑っていた。
あの日と同じように、皮肉げに。だけど、どこか壊れかけたように。
「……ふふ、アンタらしい言葉だね。正義だの、風紀だの。そんなもん、私にはもうとうに意味がない」
「だったら、なぜ風紀委員を……」
「“中から壊す”には都合がよかった。それだけのこと」
春野の声は平坦だった。
彼女の背には既に〈アークブレイカー=ルシフェラ〉の赤黒い機影が現れている。装甲の割れ目から覗く光と肌が、狂気のように脈動していた。
「……アンタに聞きたい。ねえ、美苑」
春野が一歩、踏み出す。
「父親に殴られて、蹴られて、毎晩母親の泣き声が聞こえて……その母親が殺されたとき、警察は“家庭内の不幸な事故”で済ませた。誰も、守ってなんかくれなかった」
「……」
「男ってそういう生き物だよ。弱いくせに力だけは持ってて、自分より弱いものを踏みにじる。優しさなんか、虚構。そんな連中をアンタは守るっていうの?」
美苑の表情が強張る。
「……わたくしは、“守られるべき人”が誰であれ、その命を軽んじる行為は、決して許しません」
「だったら、やっぱりアンタとは分かり合えないね。正義とか理想とか、それは“幸せな世界にいた奴”が語る贅沢なんだよ」
次の瞬間、春野が叫ぶ。
「……行くよ。アンタのその“綺麗な正義”、この手でぶち壊してやる!」
稲妻型のブレードフィンが展開され、黒と紅の悪魔が疾走する。
美苑も応じるように光学粒子を舞わせ、〈フェイド=ヴァニッシャ〉が滑るように宙を舞う。
「――いいえ、あなたを止めてみせます。たとえこの手が……どれほど汚れようとも!」
ふたりの機体が、宵闇の空間で激突した。
剥き出しの拳と閃光のステップ。
信念と過去、祈りと憎しみ――交わるはずのなかった二つの生き様が、今この瞬間、ぶつかり合い、火花を散らしはじめていた。
風紀委員長・黒崎美苑。かつての親友・並柳春野。
その眼差しに、もはや和解の色はなかった。
それぞれの信念が、相手の存在そのものを拒絶していた。
「わたくしは、貴女を許せませんわ……春野さん。もう、止まらないのですね」
美苑の声音には、怒りでも憎しみでもない、ただ静かな覚悟が込められていた。
春野はゆっくりと首を傾げた。
「……ふふ。ああ、そうだね。許されることなんて、最初から期待してないよ。アンタにだけは」
その瞳の奥には、決して癒えない憎悪の闇が渦巻いていた。
それでも、かつては同じ制服で肩を並べ、同じ風紀を守っていた二人。
だが今、彼女たちは正反対の“正義”を掲げ、交差しようとしている。
次の瞬間、空気が裂けた。
美苑の光学迷彩が揺らめき、透明な剣閃が春野に迫る。
だが春野は読んでいたように、鋭く跳躍し、漆黒の蹴撃で反撃。地面が抉れる。
高速の打撃と斬撃が幾度となく交差する。
露出度の高いルシフェラの機体が、筋肉と閃光を躍動させながら拳を叩き込み、ヴァニッシャの透明剣が、皮膚に近い距離を撫でるように斬り裂く。
美苑は冷静に動く。だが、春野の憎悪はそれを上回っていた。
「……遅いよ、美苑」
その言葉とともに、稲妻型ブレードフィンが展開され、強烈な推進力で一気に距離を詰める。
美苑は咄嗟にホログラフィック・ウィングを展開し回避。
だが、爪状の拳がヴァニッシャの胸部装甲を貫いた。
「くっ……ぅああああっ!」
衝撃で吹き飛ばされる美苑。だが、その顔に涙はなかった。
(この子を止めるのは……わたくししかいない)
立ち上がり、装甲がひび割れた両腕を再び構える。
その瞬間だった。
ヴァニッシャの半透明の粒子が限界を迎え、フェードアウトするように霧散。
同時に、ルシフェラもビームパルスが不安定に揺れ、肩の装甲が崩れ落ちた。
二人のバイオギアが、同時に限界を迎えたのだ。
重く、沈黙の一瞬。
だが、終わりではなかった。
「……これが最後だね」
春野が歩み寄りながら、己のバイオギアの“赤い爪”を手に握る。
美苑もまた、抜き取ったヴァニッシャの“透明剣”を構える。
夕陽の中、バイオギアを脱いだ素肌のまま――二人の少女は、最後の一撃に全てを込めた。
疾風が吹き抜ける。
一瞬だけ世界が止まり、光と影が交差した。
両者の武器が互いの胸元を貫いた、その瞬間――
美苑の腕が震えた。
春野の口元が血に染まり、ふっと笑った。
「……やっぱり、優しいんだね……アンタ……」
刹那、二人の身体が倒れ合うように崩れ落ちる。まるで抱擁するように。
しばしの静寂の後。
かすかに、美苑の胸が上下した。かろうじて、生きている。
だが、春野は――その胸に、微かな鼓動はもうなかった。
透き通るような肌に血が滲み、笑ったままの表情だけが、最後に残されていた。
美苑は、その冷たい体を抱きしめる。
「……どうして、ここまで……」
返事は、なかった。ただ、吹き抜ける風が、二人を包み込む。
遠くで、学園の鐘が鳴っていた。まるで鎮魂の音のように。
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