月の見える街で

空須モトハル

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1章 月下に舞う

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翌日、エミは夕刻に出勤すべく自宅アパートを出た。鍵を閉め、階段を降り目の前の道を歩いていた。正直、この時のエミはかなり警戒心が薄くなっていたのである。携帯電話で客とのメッセージとのやり取りをしながら歩いていたため後ろからそろそろと迫りくる黒塗りのバンに気づかなかったのである。
バンがエミの横についたとき、ガラリと勢いよく車のドアが開き中から伸びた腕がエミを羽交い絞めにしてあっという間に車内へ引きずり込んだのである。油断していたエミは容易く引き込まれ後部座席に転がされる。
「なっ…」
エミが体を起こそうとするのを鋭い眼光がぎらりととらえてエミは反射的に身を竦ませる。覆面を外すとそれは常連客のトカゲ男だった。
「よおエミ、今日はオレに付き合ってもらうぜ。今日だけに留まらずこれからずっとになるかもしれないけどな」
ニタリと粘性の高い視線を向けるトカゲ男にエミは背中に冷たいものが走るのを感じた。
「出せ」
トカゲ男が運転席の同じく覆面を被った男に指示を出すと、運転手は頷いてアクセルを踏んだ。見たところ、トカゲ男を含め覆面を被った人物が助手席にも一人、後部座席のエミの隣に一人の計三人いるようだ。こんな状況で何をされるかなどいやでも悪い想像が思いつく。
そんなエミの心を見透かしたかのようにトカゲ男は嫌な笑いを浮かべる。
「大人しくしてな、まだ何もしないからよ」
バンは不穏を乗せていずこかへ走り去った。

ピピピ、と葉月の尻ポケットに入っていた携帯音が鳴る。画面をタップするとエミからのメッセージの通知であり開くとそこには猿轡をされ喉元にナイフをあてられたエミの画像が添付されたメッセージが来ていた。
『指定する時間に指定する場所に一人で来い。道中はオレの仲間が見張ってるから仲間を連れてきたのがわかった時点でエミを殺す』
安っぽいクライムドラマのような文面に、本当にこんなメッセージを送ってくるやつがいるのだなと葉月はため息をついた。
「だる」
「仕事ですか?」
ぴょこりとカウンター内から美月の長いウサギの耳が覗く。葉月は今美月の店の開店前の掃除を手伝っていた。
「仕事…といえば仕事なんですかね。めんどくさいことになりまして」
「あらあら、それは大変」
そういう美月の声からは大して心配していないような雰囲気が見て取れる。美月は葉月の些細な雰囲気から大したことではないと判断したのだった。
「ちょっと行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
美月の見送りを受けて、葉月は店を出て行った。

夜、町はずれの廃倉庫内にはトカゲ男の仲間たちが集結していた。その中心にエミはトカゲ男の傍らに手足を拘束され猿轡をされた状態で座らされていた。涙も枯れはて抵抗する気力も失い、憔悴しきった様子で俯いている。
「へー!いい女っすね!胸でかいし顔も良くてソープに売り飛ばしたら稼げそうじゃないですか」
「馬鹿、こいつはオレだけのもんだ。あとでわからせてやるから待ってな。お前らにしっかりと見せつけてやるからよ」
頭上で飛び交う下卑た会話にエミは自分の運命を嘆いた。話の内容から察するに自分はこの大勢の前で犯される。
「こいつの彼氏の前で犯してやるんだ。あいつは自分の女がヤられているのを見ながらボコされて死んでいくんだぜ。最高じゃねえか」
「ハハッ最悪っすね」
ゲラゲラ笑う男たちは単独で来るであろう葉月のことを思って猿轡を嚙み締めた。そんな惨めな目に遭わせるくらいなら来なくていい。どうせ来なくてもあいつは彼を笑って私も犯すのだから。
そこにトカゲ男の携帯電話の着信音が鳴り響く。どうやら偵察中の仲間からの報告らしい。
「そうか、本当に一人で来たか!ハハッ馬鹿真面目はこれだから」
エミは静かに目を閉じた。なぜ一人で来てしまうのか。彼が強いとしてもこの人数相手には手も足も出ないだろう。ざっと30人はいる仲間たちを見回してエミは眉を顰めた。
 その瞬間である。カランカラン、と何か缶のようなものが転がる音が聞こえたかと思うとシュワッと白い煙が噴き出してあっという間にトカゲ男たちを包み込んだ。
「なんだこれ!?毒ガスか?クソッ」
ゲホゲホと咽るトカゲ男だったが、このガスは毒ガスではなく催涙ガスであった。
「グアッ」
どこからか、うめき声と殴打する音が聞こえる。
「何だ!どうした!」
涙が止まらない目をこすりながらトカゲ男は首をあちらこちらに向けて状況を確認しようとするが視界が白煙に遮られて全くわからない。
その間にも方々からうめき声が絶えず上がりトカゲ男は不気味さにナイフを構えてエミの首元にあてがおうとしたが目が開けられずエミを捕まえられない。
「エミ!エミどこ行きやがった!」
エミは喚くトカゲ男の傍に倒れていた。同じく涙で目が開けられず何が起きたのかわからず頭は混乱していた。
「卑怯者!」
「お前が言うなよ」
トカゲ男はハッとしたがナイフを構えるまでもなく床に叩き伏せられていた。トカゲ男が薄目で声の方向を見ると納刀したままの刀を携え、ガスマスクをつけた男が煙の間から姿を現わせた。
ガスマスクの男はトカゲ男に近づくと、その足でトカゲ男を踏みつけて見下ろしなら吐き捨てた。
「探す手間を省いてくれて助かった」
「なっ」
そのあとのことは、再び白煙に遮られてしまいエミには何が起きたかはわからない。ただトカゲ男の汚い悲鳴と殴打音だけが鳴り響きエミはそれらをなるべく聞かないように身を縮こまらせていた。
そうこうしているうちに、エミは気を失ってしまっていたのだった。
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