月の見える街で

空須モトハル

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1章 月下に舞う

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エミが目を開いたとき、その目に最初に映ったのは暗く見知らぬ天井だった。ゆっくりと体を起こすとそれが誰かの家のベッドの上だと気付き、咄嗟に着衣を確認したが乱れはなくエミは安堵の息を漏らした。
「目覚めた?」
声のほうに顔を向けると、葉月が水の入った五百ミリリットルのペットボトルを持って立っていた。間接照明がぼんやりと灯る程度の薄暗い部屋だったので一瞬誰かわからず身構えたエミだったが葉月だとわかると警戒をといて差し出されたペットボトルを受け取った。
「…ありがとう助けてくれて。怪我はない?」
エミはおずおずと葉月のほうに顔を向けて聞く。葉月はスラックスのポケットに両手を突っ込みながら突っ立っていたが小さく頷いて「無傷」と一言呟いた。それを聞いたエミは目を丸くして驚きの表情を浮かべた。
「あれだけの人数を相手にして無傷だなんて、あなた強いのね」
「相手が弱すぎたんだよ」
淡々と言う葉月に、エミはおそるおそる尋ねてみる。
「…殺したの?」
「いや、殺してはいない。あの程度の連中は殺さない程度に痛めつけろって上から言われてるから」
「そう」
エミ複雑な表情を浮かべながら沈黙した。
「ダンサー、どうする気」
葉月がぽそり、とエミに問いかけるとエミはどこか悲しそうな悲しいような苦しいような表情になり声を絞り出すように口を開いた。
「そうね、どうしようかしら。何があっても続けてやるって思ってたけど…今は自信がないわ」
二人の間に重苦しい空気が降りてくる。エミはペットボトルを包んでいた手にぐっと力を込めた。ペットボトルの軋む音がした。
「考えさせて…」

それから少しして落ち着きを取り戻したらしいエミは自宅に帰ると言って葉月と共に部屋を出た。そして彼女の自宅まで送っていき立ち去ろうとしたとき、玄関の扉を少しだけ開いて顔を出したエミはどこか寂しげな笑みを浮かべながら葉月に向かって手を振った。
「ありがとね」
それが彼女を見た最後だった。最後と言っても亡くなったわけではない。この日以降エミはアメジストを辞めてしまいその後の消息がわからないだけだ。まだ街にいて夢に向かって頑張っているのか、それとも夢破れて街を出たか。
組織の力で調べれば分かるのだろうが葉月は彼女のその後を調べようとはしなかった。
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